おちてるむぎゅ。
なんか踏んだな、ねこのしっぽみたいなヤツ。
そう思って、両手に持っていたスペアリブの皿と、ポップコーンのカップを横にずらして覗き込むように下を見てみた。
あ、ルシファー落ちてる。
うう〜ん、ねこ落ちてる方が嬉しかった〜〜〜〜。
いや地獄にあの大変キュートで完璧な生命体ともいえるねこちゃんがいないことくらい知ってるので、なおさら残念でしかたない。
どうやらねこのしっぽと思ったものは、床に伸びた地獄の王さまのしっぽだったようで、アダムはそれを踏んづけていた足をそっとあげた。いや別に踏んで悪かったとか思った訳じゃねえから。料理をこぼしたくないだけだから!
踏まれた当人も微動だにしていないし、痛くないんじゃないか? なのでわたしは悪くない。しっぽの感覚なんて、生まれてこのかた体験したこともないから知らんけど。
踏みつけた位置から一歩下がって、コレどうしたものかと思った。が同時に、別に放っておいてもよくないかとも思う。どうせ鬱でくたばってるだけじゃね。
そんなことより、今から部屋に戻ってこの両手にあるお手製の料理を食べながらテレビを見ることのほうが超重要。みろ、人類の始祖は料理も完璧。まあこの時代、便利なモンもいっぱいだしな。ポップコーンも電子レンジで簡単に作れるからできたての熱々だし、スペアリブはわたしの十八番。いや〜圧力鍋様様、めっちゃ簡単に作れる最高か。
ってことで、せっかく作った料理が冷めるほうが嫌だな。じゃあなルシファー!
曲がりなりにも地獄の王が鬱に振り回されているなんて滑稽だな、ハハハ!と笑いながら廊下に落ちてたルシファーを通り過ぎて、アダムは部屋にすたすたと戻っていった。
・・・・・・
またルシファーが落ちてる廊下を通った。
いや、コーラ忘れてたことに気がついて、もう一度キッチンにいっただけだからな。様子見に来た訳じゃないし。コーラ取りにいくならどうせここ通るわけだし、ついでに観察してるだけだし。
といっても、ルシファーなんて観察するほど目新しい部分もなかったわ。
はい、黒のロングブーツ、白のスラックス、ピンクストライプのシャツで、髪は艶のあるブロンド…あ〜今日はぼさぼさかもな。お手入れは怠っているらしい。
とりあえず観察した限りは、さっきと同じ状態のルシファーなので、特に変化があったようには見えない。
片手にベンティサイズのコーラを持ったまま、身を屈めて耳を近づけてみると、なにやらボソボソとつぶやいているのが聞こえる。こりゃど底辺までおちてるときと一緒だな。
はあ〜〜と天を仰いでため息をつく。そもそもなぜわたしがよくいくキッチンから、わたしの部屋につながる廊下で寝るわけ? 絶対目につくんだが。通るたびにこれか? 勘弁してほしい。
仕方がないので、空いていた手で床に張り付いていたヤツをひょいと持ちあげ、小脇に抱えて部屋に持って帰った。片付けだこんなもの。
足でバン!と扉をあけ、テレビ前のテーブルにコーラをおく。さっき持ってきたスペアリブとポップコーンは新しい仲間を歓迎してくれるだろう。
小脇に抱えていたルシファーはベッドに適当に投げておいた。振り向くたびに視界に映られても困るんで、しっかりと毛布で隠してから、もう一度アダムは部屋から出た。
・・・・・・
ティーセットを準備し、それらをトレーに乗せて部屋に持って帰ったら、ルシファーが毛布にくるまってソファーに座っていた。
なんだ、動けたのかよ。起きたとしても、しばらく動かないだろうと思っていたんだが…ってよくみたらなんかしてるな…スペアリブくってねえかこいつ。それわたしのだが?
ゲエ〜と嫌そうな表情を隠しもせずにルシファーの隣に座る。テーブルにトレーをちょっと雑に置くと、食器は不満そうにかちゃかちゃ鳴ったし、隣人は身のない骨をがじがじと齧っていた。
「ひえてる」
「うっせ、勝手に食っておいて文句いうな」
いつまでかじってんだ!と行儀の悪さが目に余るので骨を取り上げる。
何?わたしもよくやっている?わたしはいいんだよ。
「これでものんどけ」
温めておいたティーカップへ紅茶をそそぎ、角砂糖を3つつまんで、ぽぽいとほうりこむ。ぽちゃぽちゃぽちゃ。湯気のたつ液体に沈んだ白い立方体はあっという間に溶けて消えた。スプーンで軽く混ぜて、ぼーっとするルシファーの前に置くと、案外素直に受け取ってひとくち。そしてひとこと。
「あますぎ…」
「文句多ッ!」
めんどくさ!と、自分用に用意していたティーカップを手に取って、ポットから紅茶をそそぐ。ルシファーの手からあま〜い紅茶を取り上げて、1つだけ角砂糖を入れた紅茶に差し替えると、やっと大人しくコクコクと飲み始めた。
ほんとに世話の焼けるやつ。そう思いつつ、アダムは自分もすっかりと冷えたスペアリブにかじりついて、カップの表面から水滴が滴るコーラをすすった。
あ〜、ちょっと炭酸抜けちまってら。