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    @Asaru_Ki

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    ドルパロ。お互いがお互いの「ファン」で「推し」の頃のあさるい🌅🎈が初めて会う話
    (画像で上がっているものと同じ内容です)

     がりがりと奥歯でミント味の飴に歯を立てる。誰もいない楽屋の中だといつも、鏡の前だとしてもどこか表情が抜け落ちてしまうのは不可抗力だろう。
    「崇拝か……」
     アイドルとはよく言ったもんだ。熱狂的なまでにひとりの人間に強い感情を持って、その人の一挙一動に自分の全てを捧げているにも関わらず相手の目には映らない。金を落とすという有償の愛をいくら示したところで所詮は有象無象の中の一匹というのがファンであり、そんな信者とも呼べる人達の視線を一身に受けて舞台に上がり歌い踊るその人をアイドルと呼ぶ。
     なら、その両側面を持つ俺はどちらになるのだろう。そんな疑問を抱えたところで、まぁ、意味はないんだけど。

     ため息ひとつをこぼし、俺は発作のように鞄から手帳を取り出した。背表紙の裏、一枚の写真に写る青年を目に映してまた息を吐いた。ビビットな紫色の髪にアクセントの水色のメッシュ、冷たく細められた目は月を想わせる。カメラ目線であるはずなのにその目はどの角度から見たとしても決してこちらなど見ていない。そんな、アイドルらしからぬ愛嬌のかけらもない表情を浮かべる俺の推しはまだまだ世間には見つけられていない。
     それが嬉しいような、腹が立つような一人のファンとしての葛藤を覚えることになるなんて、彼を知る前の俺は微塵も思わなかっただろう。
     ぴこん、とスマートフォンから通知音がする。画面に映し出されたのはマネージャーからのメッセージで、もうすぐ本番前のリハが始まるからスタジオに来てくれといった内容だった。
    「……はぁ、顔つくれるかな」
     ひとりの立派な偶像ならいついかなる状況でも笑っているだろう。
    「もしかしたら、画面の先で見てくれてるかもしれないしな」
     地上波のゴールデンタイムに流れるレギュラー番組のメインキャストに抜擢されているほどだ。俺の名前をこの業界で知らない人はいない、筈。それだけの知名度がある自負がある。彼の目に映る自分はやはり完璧でなくてはいけない。
    「……ルイくん、行ってくるよ。……って、やばいな、なんか自分で言ってて鳥肌立ってきた」
     写真に話しかけるなんて末期か、と振り払うようにさっさと身支度を整えて俺は楽屋を後にした。

     呼ばれたスタジオはエレベーターを使って降っていく必要があるから、誰かと乗り合わせる可能性もあるだろう。で、あるならばにこやかでいなくては。廊下の突き当たりに見えた自動ドアが閉じかけていくのを俺は咄嗟に呼び止めた。
    「すみません! 下、行くやつですよね!?」
     黒い服を着た長身の男性の肩がドアの隙間から見えた。その人は無反応に見えたけれど、どうやら開くボタンを押してくれたようだった。
    「助かりました、ありがとう……ぉぁ」
    「間に合ったみたいで良かった。随分とお急ぎなんですね」
     耳によく馴染むテノールと柔らかそうな藤色のマッシュボブ、俺よりも少し背が高いのにその顔立ちは中性的で男女問わず目を奪われる。視線ひとつでこちらを惑わせて、狂わせて、そして――
    「あぁ、あなたほどの有名人なら、スケジュールは秒刻みでしょうね。……専属のエレベーターボーイになったら、もしかして今よりギャラ良くなったりするのかな?」
    「き、みも業界人なんだね」
    「ええ。……と言っても今日初めてのラジオ出演でしたから、ひよっこみたいなものですが」
     どきどきと心臓がうるさい。表情が繕えているのか、若干の不安を覚えるが隣にいる彼は特に気にした様子もなくじーっと電子盤を見ていた。俺が卑しくもそんな彼をチラリと盗み見て、その横顔の端正さに見惚れているとふと彼がこちらを振り返る。
    「ちょっと失礼します」
     そう言って彼は、一歩大股でこちらに近付くと俺の衣服に手をかけて真剣な面持ちでボタンを留めた。
    「……えっと、な、なにかな」
    「玄武旭の衣装のシャツのボタンは、二つまでしか開けちゃダメですよ」
    「よくそんな細かいこと気付いたね」
     ボタンを留め終え身体を離そうとした彼はきょとんと目を丸くした。至近距離でそんな可愛い顔しないでくれ、君は俺の推しなんだから、ドキドキしちゃうに決まってるだろ!――なんてことはまぁ言えないわけで。そーっと彼から視線を離そうとした瞬間、ふわふわの髪が胸元をくすぐった。
     胸元に、彼の頭がある。
     俺の大混乱をよそに、彼は一度すん、と鼻を鳴らした。
    「……イメージとは少し異なるお人柄みたいですね」
     舞台の上と同じ、冷めた目をした彼がそこにはいた。こちらの腹の中を探るようなその目の鋭さに息を呑む。何を言われても、今の俺なら二つ返事で『はい』と答えてしまいかねない。それだけひどく動揺していた。
    「プライベートのことまで明け透けに暴くのは気が引けますが……でも、僕はアイドルが好きなんです」
     彼はそう言いながら、自身の衣服のポケットを探って小さなアトマイザーを取り出すと俺の胸元に一回吹きかけた。重く香る、バニラの甘さが特徴的な匂いは目の前の彼と同じものだ。
    「玄武旭さん、僕はあなたが好きです。アイドルとしてのあなたが大好きだ。……なので、もし僕というひとりのファンを大切にしてくれるなら、適当に香水の趣味が変わったとでも言って、ちゃんと上手に嘘をついていてください」
     彼は俺の手を取ると、自分のアトマイザーをしっかりと俺に握り込ませて、放心している俺に対して満足そうに頷いた。
    「……それじゃあ、僕はこれで」
     目的の階にたどり着いたのか、彼はこちらを振り返ることもなくヒールブーツを鳴らしながら颯爽と去っていってしまった。ドアが閉じた後も俺は彼の香りに包まれていて、手のひらはじわりと汗ばんだまま、嵐のようなあの数分にも満たない時間をようやく頭が処理し始める。
     俺の推しのルイくんは実在していたということ。彼はアイドルの俺を認知していて、しかも相当細かなところまで見られていたということ。鼻がいいのか、俺の小さな秘密に気付いてしまった。それでも俺を好きだと言ったし、彼の使っている香水までプレゼントされた。
     いや、推しの過剰供給が凄まじくないか。冷静に他人事のような言葉が浮かぶが、きっと俺の顔にはでかでかと『大混乱』と描かれていることだろう。
    「こんなの、顔なんてつくれるわけないだろ……」
     ぐしゃぐしゃと、メイク担当のスタッフに整えてもらった髪を掻き乱す。

     あぁ、でも演じなきゃ。俺の大好きなルイくんが見ているんだから。
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    @Asaru_Ki

    DONEドルパロ。お互いがお互いの「ファン」で「推し」の頃のあさるい🌅🎈が初めて会う話
    (画像で上がっているものと同じ内容です)
     がりがりと奥歯でミント味の飴に歯を立てる。誰もいない楽屋の中だといつも、鏡の前だとしてもどこか表情が抜け落ちてしまうのは不可抗力だろう。
    「崇拝か……」
     アイドルとはよく言ったもんだ。熱狂的なまでにひとりの人間に強い感情を持って、その人の一挙一動に自分の全てを捧げているにも関わらず相手の目には映らない。金を落とすという有償の愛をいくら示したところで所詮は有象無象の中の一匹というのがファンであり、そんな信者とも呼べる人達の視線を一身に受けて舞台に上がり歌い踊るその人をアイドルと呼ぶ。
     なら、その両側面を持つ俺はどちらになるのだろう。そんな疑問を抱えたところで、まぁ、意味はないんだけど。

     ため息ひとつをこぼし、俺は発作のように鞄から手帳を取り出した。背表紙の裏、一枚の写真に写る青年を目に映してまた息を吐いた。ビビットな紫色の髪にアクセントの水色のメッシュ、冷たく細められた目は月を想わせる。カメラ目線であるはずなのにその目はどの角度から見たとしても決してこちらなど見ていない。そんな、アイドルらしからぬ愛嬌のかけらもない表情を浮かべる俺の推しはまだまだ世間には見つけられていない。
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