シーシャ屋店員中在家さん視界が白く煙る。そのまま煙が流れて消えていく。
「失礼します、炭を換えますね」
「お願いします」
やってきた中在家さんが手を伸ばしたので、私のマウスピースを外してシーシャのホースを渡し、お茶を飲む。
シーシャの独特の香りが漂う店内はまだ明るく、ソファも柔らかい。
クッションに身体を預けて、店員の中在家さんが炭を換えていく手元をぼんやり眺める。
「美味しいですね、このフレーバー」
「ありがとうございます、甘いのがお好きなんですね」
よく燃えた新しい炭を入れ終わると、中在家さんはホースを吸いこんで煙の具合を確かめる。ぶわりと白い煙が口から、鼻からも吐き出され、甘い香りが漂う。
「いい感じですね、どうぞ」
「はい、どうも」
今日のフレーバーはパンラズナ、要は白檀のような香りのものにキャラメル、アールグレイティーを加えて貰っている。ミントも入っているのか甘いがスッキリともしているが。
「パンラズナを好まれる方は珍しいです」
「結構このお香っぽい香りが好きなんですよ」
「なるほど」
一口吸えばやはり美味しい。
「中在家さん、あれ見たいんですけど」
「あれ、ですか、大したものではないですが」
そう言って口を開け見せてくれたのは、綺麗な舌ピアス。銀色の光が滑らかな舌に乗り、チラリと輝くのはやはり。
「やっぱり綺麗ですね、いいな」
「いい皮膚科を紹介しましょうか」
「そういうことじゃないんですよ」
自分のじゃ眺められないじゃないか。
「お店あいてるならここどうぞ」
今日はお客さんも少ないようで、私ともう一人くらいしかいないようだ。空き時間には中在家さんは近くのソファで座ってパソコンを弄っている。なので私の空いている隣を勧めてみた。話し相手がいる方がシーシャは楽しいのだ。
「・・・では、失礼しますね」
一応周りを見る仕草はするが、二つ返事でパソコンを持ってきて私の隣へ座る中在家さん。
「吸います?」
「いえいえ、そこまでは」
それに、と入口に目を向けると丁度扉が開いて、誰か来た。
「あ、中在家さん!」
「不破くん、今日は迷わず来れたな」
「いやー、遅刻するだろうから早く出るか出ないか迷ってたらアラームが鳴ったので、迷わずに来られました」
迷い癖のある店員の不破さんが出勤したため、中在家さんもちょっとゆっくりできそうだ。
「中在家さん、休憩ですか?」
「まあ、そんなところだ」
「じゃあ僕後で炭換えに行きますね〜」
「ありがとう」
中在家さんは不破さんに礼を言って、パソコンに目を戻した。
「パソコンで何を?」
「売上の報告を、少々。溜まってしまっていて」
「なるほど」
じゃあ邪魔をしては悪いな、と私もシーシャを吸いながらスマホを弄りはじめる。
「中在家さんのお友達なんですか?」
いつの間に炭を換える時間になったらしく、不破さんが炭を持ってこちらへ来ていた。
「いや、ただの常連ですよ」
「へえ、中在家さんが隣に座ってるから珍しいと思って!」
言われてみればただの客の隣に座るってのは、促されたとはいえなかなかないだろうな。中在家さんは何も言わずにパソコンを触っている。
「じゃ、これでまた煙強くなると思うんで、なんかあったら言ってくださいね」
「どうも」
また静かな時間がやってきた。
吸って、煙が漂って、消えて、スマホを見つつ吸って。確かによく燃えた炭に換えたから、さっきまでよりいっぱい煙が出る。
「・・・なりますか」
「え?」
中在家さんの声がしたのでその方向を見ると、彼と目が合う。無表情のまま中在家さんはこちらを見つめて、ポツリと言った。
「お友達に、なりますか」
「・・・ああ」
さっきの不破さんとのやりとりか。
「ぜ、是非」
戸惑いつつそう返すと、中在家さんは不意に目を細めた。
「宣言して友達になるって、大人になってからはないものですね」
「確かに」
「なったからといって何がある訳では、ないですけど」
そう言うと彼はまたパソコンへ目を戻した。
「あ、いや、私言いますよ!」
「え、」
「お友達ですか、って聞かれたら、はいそうです!って」
「・・・私も、そう言いましょう」
へへ、と笑うが中在家さんは無表情のまま、少し目を細めるだけ。古傷のある頬は緩まない。
でも、そんな中在家さんだから、何だか友達になれて、とても嬉しい。だから。
「友達になって何もなくても、いいですけど、どうせなら何か」
「はい?」
「どこかご飯でも食べに行きませんか?」
私にしてはちょっと思い切った。突然だから、嫌な気持ちにさせていないだろうか。そう思いつつ彼の目を見つめると、少し間が空いた。
「あ、すみません、やっぱり」
「いえ、行きます」
彼もしっかり目を見つめ返してくれた。
「行きましょう、どこか、美味しいもの食べに」
「ご迷惑ではないですか」
「いえ、全く。・・・行きたかったので」
「え」
「では、私も仕事に戻りますので、連絡先こちらです」
見せられた画面を、私のスマホで促されるままに読み取ると、中在家さんはそのまま席を立つ。
「それでは、また」
席を立つと同時に彼はペロリと舌を出す。ピアスが照明で光り、そのまましまわれる。
「そういうとこ、あるよなあ」
一人になって呟くと、スマホが丁度振動する。丁度中在家さんから、可愛い猫のスタンプが送られてきていた。
「お店、なんかあったかな」
改めてスマホを開き、行きたいお店をリストアップしつつシーシャをまたひと吸い。
煙る、晴れて吸ってまた煙る。