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    084st

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    084st

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    GR ロンドンとスカイ

    第35話内、取調室を出てから宇宙船に向かうまでの間の妄想。さまざまな捏造を含みます。恒星になれない男の子たちのお話です。

    きみは惑星、ぼくらは矮星 ぱちん、ぱちんと、無機質な音が響く。取調室と同じくらい無機質な、吹きっさらしの公園で。彼のベルボトムの裾が靡く。ぱちん、ぱちんと音が鳴る。
     爪を切るという人間の行為は、ウィー達の目におもしろく映った。いつかアニメの中で見た、美容師という職業もそうだ。人間の爪や髪の毛は、勝手に根元から生えていき、先っぽの方は古くなって、それをみずから切り落とす。おもしろい。しかしおもしろいというのはすなわち新鮮だという意味で、不意のおどろきが遠ざかると、それらは正直、理解に苦しむものであった。ウィー達にはとても考えられない。自分を構成する物質の一部を、みずから切り落としてしまうなんて。
    「よし、キリシマちゃんは爪先までいつも完ペキ、ってね」
     ふぅ、と息を吹きかけて、彼はその手を天にかざした。町という名の宇宙船が地球という名の胎を出発して、太陽はそれまでよりも低い位置から刺すようにするどい光線を放っていた。
     切り離された爪をどうするのだろう、踵を返した彼を見遣ると、彼はプラスチックのカバーを外して、うすい破片をゴミ箱に散らした。あ、と声を上げる間もなく、三日月型はちらちらと光を纏って、アルミの円柱に吸い込まれていく。何だかそれは、分散したウィー達、スカイフィッシュが遊泳するのに少し似ていた。身体の一部分に従事するのではない、それぞれのの自由を謳歌して、のびのびと空間を泳ぎ回る個々。

     しかしながら、彼、この霧島ロンドンという男は、際立って強烈な輪郭を持っていた。頭のてっぺんから足の裏まで霧島ロンドンでしかなく、つい先程までその一部だったはずの爪の先っぽは、三日月のかたちに切り取られた瞬間、もうそれは霧島ロンドンではないのだった。離散し、浮遊し、自由な輪郭を取ることができるウィー達とはまったく違う生き物だ。仮にウィー達からこの爪28号を切り離しても、切り離されたそれは未だ爪28号にほかならず、ただ輪郭をあいまいにしたウィー達の一部でしかない。


    「情報屋くんはさ」
     不意に彼がこちらを向いた。作戦の実行を前にしているとは思えないほど、普段通りの飄々とした、それでいて強い瞳だ。
    「何デ・スカイ?」
    「情報屋以外の、他の存在に、憧れたことはある?」
    「……というと?」
     いさぎよい彼らしからぬ、的を射ない質問。彼の目はウィー達をじっと見て、それから、“僕”や、“僕”を、誠実に見た。
    「君たち……例えば、腕くんは脚に憧れたことはあるのかな。脚くんはお腹に憧れたことはあるのかな。耳くんは目に、鼻くんは舌に、服くんは身体に、憧れたことはある?」
    「どうしてそんなことを訊くんデ・スカイ?」
    「ン~、すぐに質問が出て来ちゃうのは、情報屋という職業の悲しい性かもしれないね」
     真意の見えない質問に反してかわそうとするのは見抜かれている、けれど気に障った様子はない。訊き返さずにはいられなかったのだ。どうして、急にそんなことを訊くのか。個を確立し切ったような彼が、なぜ、ウィー達一人ひとりに目を向けようとしているのか。

     彼は結局、ウィー達の質問返しに遭って、先に その意図を明かすことにしたらしい。底抜けに陽気で強かな態度を脱ぎ、いまばかりは凪いだ表情をたたえている。
    「キリシマちゃんは、テープに吹き込んだ通り、キリシマちゃんに……僕にしかできないことを探してた。 ニャンデスターに出会って、僕にしかできないことはこれだと思って、その手段にマネージャーや盗賊団の仕事をしてたワケだけど」
     風がどうと吹く。この船は太陽系の周回軌道から外れて、慣れない気候変動におっかなびっくりわなないていた。不安そうに揺れる花壇の花にも静かな目線を注ぎながら、彼は落ち着いた声で話し続ける。
    「だけど、マネージャーも盗賊団も、今から思い返せば僕にしかできないことだったと思う。ウン、ロヴィアンから離れようとしても結局戻ってきたわけだし、マニャちゃんも大事な存在だしね」

     その言葉に嘘は無いと、すぐに分かった。想い人を浮かべるように虚空を眺めていた彼の目はまた、“僕”や“僕”に、ウィー達を構成するひとつひとつの構造体に向けられる。
    「キミ達は、共生体の究極のような存在だ。みんながみんなのことを想って、情報屋くんという一人の生き物を形づくってる。キミたちにしかできないことだ。それで、思ったんだよ──もしかしたら僕らは、似た者同士なのかもしれない、ってね」


     ウィー達は、安立マニャという一人の女優を思い浮かべた。たとえ情報屋でなくても誰もが知っているであろう、天才子役の名にふさわしい存在だ。
     それから、霧島ロヴィアンという一人の人間のことを思い浮かべた。地下宇宙人居住区の秩序を作り上げた、静かなるカリスマ、天才的実力を秘めた存在。
     そんな、誰からもよく見える、燦々と輝く恒星たち。明るくきらびやかな恒星の、その周囲を巡る一つの惑星を思い浮かべた。恒星のおまけのように公転する惑星は、しかし、こんなにもうつくしい。自身も恒星になれただろう。そしてそれを望んでいたかもしれないのに、彼は、霧島ロンドンは、惑星にその身を殉じた。潔白につつましやかに、これから迎える凍結のときまで、限りなくうつくしい惑星であった。

     ウィー達はそんな彼に近づくと、その瞳を覗き込むようにした。イケメンを自称する彼は見られることに抵抗は無いようだけれど、深淵を覗き込むとき、深淵もまたこちらを覗いている。彼からも、“彼”が見えている。
    「ウィー達の、右目のなかを見てください」
    「う、ウン……?」
    「一部分が空白になっているのが、分かるんデ・スカイ?」
     彼はこちらを覗き込んで、その深淵に気付いたらしく、目を見開いたまま小さくうなずいた。
    「これから、ウィー達のある情報──秘密を、君にお話しするデ・スカイ」


     網膜3389号というのが、彼の名前だった。彼はいつからかウィー達とはぐれてしまって、それからウィー達は、右目にひとつの空白を持っている。
     ウィー達は何億という数のスカイフィッシュの集合体だ。霧島ロンドンの質問はあながち的外れでもなくて、一人はみんなのために、みんなは一人のために、憧れてというよりは寄り添い合って、フィッシャー・須海というひとりの生命体を形作っている。
     だから、たかが何億分の一であろうと、網膜3389号の喪失は、決して小さなものではなかった。人間が爪を切ったり、髪を切ったりするのとは違う。目は大切な感覚器官だからというわけでもない。輪郭のあいまいなウィー達は、だからこそ、その一つひとつが想い合ってできている。惑星が恒星を想うように。フィッシャー・須海の一つひとつは、さながら暗い矮星に過ぎないけれど。

    「……時々、ウィー達には見えるんデ・スカイ。南国の景色に真っ白な氷河、四つ足の生物や銃弾の街……きっと、網膜3389号に映る世界デ・スカイ。キミの爪は切り離されたらお終いですが、ウィー達はそうじゃない。でも、誰かを支えたいと思う気質は、似通っているんじゃないデ・スカイ?」

     彼の質問に答えられているかどうかは分からない。けれどもロンドンは、ニッコリ笑ってうなずいた。
    「うんうん、よぉく分かったよ。やっぱり、君に協力を頼んだ僕の目は、間違っていなかったみたいだね」

     彼は爪切りをポケットに仕舞うと、その手に“僕”を携えた。フィッシャー・須海の掌の部分だ。握る彼の短い爪はもう、新たな輪郭の役目をしっかりと果たしている。
    「行こう、みんな。一緒に、恒星たちのために戦おうね」
    「……もちろんデ・スカイ」


     取調室から出てほんの少しの間に、また気温がぐっと下がったような気がする。
     ウィー達はフィッシャー・須海の形態を解くと、ロンドンの胸元に潜り込んだ。何億の矮星を纏った惑星ならば、もしかしたら、ひとつの恒星くらいの輝きは、発することができるかもしれない。



    きみは惑星 ぼくらは矮星 完
     
     
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