ざあ、と遠く聞こえる雨に似た音で目が覚めた。まだ暗くしんとした部屋の中で隣にあったはずの体温はなく、彼がいたところのシーツは冷たくなっている。やけにぱちりと目が覚めてしまい、彼の行方が気になって耳を澄ます。音の出どころは廊下の先にある客人用シャワールームだろうか、壁越しにくぐもって届くそれはずいぶん強い勢いで出されているようだ。
あたたかな布団をめくると借りたスリッパに素足を潜り込ませ、音をたてないようにそっと扉を開けて廊下に出る。部屋よりも低い気温が足元を冷やすが、予想通りシャワー室の扉の隙間からわずかに明かりが漏れているのを見て静かに歩を進める。廊下のほのかな間接照明に照らされる扉一枚を隔てた向こう側、流しっぱなしの水の音だけが聞こえていてそこに眉見がいるかどうかはわからない。しばしどうすべきか立ち尽くしていたが、控えめにノックをすると、ガタン、と何かが落ちる音がした。
「マユミくん、いる?」
「ああ。百々人か」
「うん。……開けてもいい?」
「……ちょっと待ってくれ。すまない、起こしたか?」
聞きなれた声に安心するも了承は下りず、扉で隔たれたままだ。簡単に開けられてしまうようなこんな扉一枚すら踏み込むことの許されない自分を無力に思いつつも、扉越しに会話を繋げる。
「ううん、目が覚めちゃっただけ。シャワー浴びてたの?」
「……いや、顔を洗っていただけだ。少し、夢見が悪くて」
不自然な間の空く歯切れの悪い返事に気が付きつつも、そっか、と当たり障りない相槌を打つ。完璧な彼が時折人知れず不安定になるこんなとき、眉見も自分と同じで生きていくのに呼吸が苦しくなる日があるんだとその姿に親しみと愛しさを覚えるのだ。眉見のことなんてまるで考えていない自分勝手で醜い欲を、腹の底でひっそりと抱えていた。
眉見はそんな姿を百々人に晒す気は毛頭ないのだろう。何でもない風を装って扉一枚隔てていることでぎりぎり大丈夫の判定を言い聞かせているような、緊張をたたえた沈黙が降りている。
扉が開いて目に蛍光灯の眩しい明かりが刺さり、ぎゅっと目を細めた。逆光でうまく見えない眉見の顔は電気を消したことですぐに暗がりに溶けて消えて、いつも通りにきゅっと結ばれた口元しかわからなくなる。その唇が青く見えるのは、足元の青白く弱い明かりしか光源がないからだろうか。
まっくらな部屋に戻って熱を失った布団に二人して潜り込む。男性二人が入るには狭いベッドの中で、眉見の冷たいつま先がきゅうと丸められていた。手探りでとった指先も同様に冷え切っていて、百々人が触れるとぴくりと反応する。その手をあたためるように握って仰向けの眉見の肩に頭を寄せた。
「おやすみ、マユミくん」
「……おやすみ」
いつも通りのシャンプーの匂いの他に、ほのかに酸のにおいが混じっているのには気付かないふりをして目を閉じた。