放課後、スタジオ待ちの時間つぶし。春名が希望してもしなくても、カフェに入るときは大抵ドーナツ屋だ。
中途半端にあいてしまった時間に一度家に帰るのも面倒で、春名は夏来と向かい合ってドーナツを食べていた。狭いテーブルに二人分のトレーが並ぶ。新曲の覚えこみのためにリズム隊二人でスタジオを取ったはいいのだが、予約が埋まっており遅い時間しか取れなかったのだ。
いつの間にこんなに日が落ちるのが早くなったのだろうか、学校を出たときにはまだ明るかったのに、とっくに町は夕焼けの色づきを失いつつあり夜にさしかかっている。会社帰りらしきサラリーマンが箱いっぱいのドーナツを買って行ったり、女性客がスマホ片手にドーナツと食事をのんびりととっていたり、二人が店に来た時とは客層も変わった。春名の前には終わらせまいとゆっくりゆっくり時間をかけて味わっているドーナツがまだ半分残っている(これでも二皿目だ)が、夏来の皿は来て早々に空になっていた。
「もう外、暗いね……まだこの時間なのに」
「日が暮れるの早くなったよなあ。店出てもいいけど、なんか暗いとあんまり散歩しようって気にもならないし」
「うん……ここでゆっくりで、いいんじゃない?」
とはいえもう1時間以上この席を陣取っている。夏来とは新曲について話して、課題を解く間は沈黙が落ちて、また思い出したようにたわいもない話をぽつぽつとするのを繰り返していた。ゆったりとした空気に時折あくびがこぼれ、伸びをする。店内は人が増えても空席は残っており、そのためにいつまでだってここに入り浸れているのだ。
翌日の課題は先ほど終わらせてしまい、わからなかった点もじっくりと教えてもらった。夏来は向かいで出演が決まったドラマの原作である漫画を静かにめくっている。スマホも見飽きてやることもなくなって夏来のことをぼんやりと眺めていると、伏せられていた長い睫毛が上がって銀の双眸がこちらを向いた。
「……なに?」
「いや、なんでもない。暇だなあーってだけ、邪魔してたらごめんな」
「ううん……じゃあ、なにか話す?」
折り込みのチラシを挟んで漫画を閉じた夏来が春名に向き合って首をかしげる。なにか、といきなり言われても難しい。話題を探そうとして夏来のトレーにあるからっぽの皿に目を留めた。
「ナツキ、ドーナツ足りた? 買ってくる?」
「おなかすいたら、帰って食べるし……大丈夫」
「そっか。いや、いつもゆっくり食べてるのに今日すぐ食べてたからさ、腹減ってんのかなーって」
「……ああ」
ただ浮かんだ疑問を口にしただけだったが、なにがおかしいのか夏来がくすりと笑う。春名の疑問を投げかける視線に気づいてからもう一度頬を緩めると、大したことじゃないよと前置きして話し出した。
「いつもは、スタジオの後に来ることが……多いよね」
「ん? うん」
「遅い時間だし、食べたら解散になるから……俺がゆっくり食べてるのは、そういうこと」
練習後にそのまま夏来をドーナツや食事に誘うことも多いのだが、特に深い意味なんてなくて春名がドーナツを食べたいだけや食べて帰りたい気分なだけの日が多い。時間が遅い日はゆっくりと食べる夏来を見ながら、空腹じゃないのか、帰ってからなにか食べるつもりだったのだろうかと考えていたが、春名の思い込みだったようだ。今日はゆっくり食べる理由がないから、自分のペースで早々に食べてしまったというだけのことらしい。
「でも、もう一つくらい食べようかな……ハルナ、今日のおすすめある?」
ドーナツの並ぶカウンターを遠く眺めながらそう問われるが、夏来の発言の意味を考えていた頭ではさっきまで夏来が食べていたドーナツとの組み合わせなんて考えられなくて、とっさにストロベリーホイップと答えた。夏来の薄い唇がゆるく笑みを作ると、買ってくると席を立つ。
一人になった間を埋めるように手元のドーナツを一口かじる。そういえば、夏来が最初に買っていたドーナツにもストロベリーがあったんじゃないか。今更気づいたところでどうにもできず、甘酸っぱいピンク色を口に運びながらレジに並ぶ銀の髪を見つめている。