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    忸怩くん

    @Jikujito

    鋭百、春夏春、そらつくとか雑多

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    忸怩くん

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    【鋭百】「隠す」体調が悪いのを隠す百々人と眉見なりの気遣い方

     カメラが回っている間のかたくて重たい空気の中、手に持ったかき氷のシロップが指を伝うのを視界の端にとらえていた。海水浴場の様子や海の家の人気メニューについてレンズの先に向かってにこやかに紹介しながらも、隣に立つ天峰と眉見の声以外は耳に入ってこない。最後に長めに手を振って、OKの声がかかると同時に息をついた。失敗もなく、想定内の尺にまとめて必要な情報も伝えた。二人の足を引っ張ることはしていない。
     どれだけ外出が危険な気温だとニュースが警鐘を鳴らしても、番組で海水浴場をとりあげたいとなればスタッフもタレントも総出で猛暑の中でリハ、待機、本番だ。まだ腕時計は7時過ぎを示しているけれど、今日は湿度も高くすでに皆落ちてくる汗を拭ってうんざりした顔をしていた。
    「先輩、かき氷食べないんですか。この気温だしすぐ溶けますよ」
    「え……ああ、うん。冷たいのきもちよくて」
     ロケのためはやくから開けてくれた海の家のベンチから眩しい波を見ていると、それを上塗りするように天峰の青い髪が視界に入り顔を覗き込まれた。甘いものを口にする気に慣れなくてついぼうっとしてしまっていた。かぶりを振り、氷に差したままだったスプーンを持つと溶け始めた氷がぼとりと落ちてしまった。幸い服にはついていないが、テーブルに落ちた鮮やかな緑がみるみるうちに溶けて広がっていく。ついその滲みを目で追ってしまい、立ち上がるのが遅れた。
    「うわ、服は大丈夫ですか? 待っててください、俺拭くものもらってきますね」
    「え、あ、自分で行くから大丈夫……」
    「先輩は見張っててください!」
     1秒足らずで遅れてしまったことで、気遣いのできる後輩は自分のかき氷を置いてカウンターの方に走っていってしまった。すぐに溶けてしまうから早く食べたほうがいいと言ったのに。
    「見張ってて、って……」
     鮮やかな緑色は白いプラスチックのテーブルでぎりぎり垂れずに水溜まりを作っている。残された容器の中の氷もどんどん溶けて、下の方はもう液体が溜まっていた。
     日差しと日陰のコントラストが強い。朝早いロケなのに昨夜あまり眠れなかったからか、この暑さのせいか。目は開けているはずなのにスクリーンを見ているみたいに他人事でのようで視界が暗く、自分の呼吸音がやけに響く。唯一きらきらと白い泡が目を刺すほど瞬いていた波打ち際が、突然何かに遮られて真っ暗になった。
    「百々人。……大丈夫か」
    「……マユミくん」
     まばたきをいくつか繰り返し、深呼吸とともに戻ってきた視界で眉見がもの言いたげにじっとこちらを見ていた。視界を塞いだのは深くかぶせられた眉見のキャップだったようで、自分の手で上に持ち上げる。
    「秀はどうした」
    「これ拭くもの取りに行ってくれてる。僕が零しちゃって」
    「ああ。……食べられなさそうなら残しておけ。無理することはない」
    「うーん、せっかく僕たちのためにお店あけてつくってくれたんだし、食べるよ」
     天峰を待っているとはいえ全く手を付けるそぶりがないことを気にした眉見に指摘されるものの、百々人に残す選択肢はなかった。店やスタッフからの心象も変わるだろうし、なにより周りに不調を悟られたくない。こうして眉見に指摘されるのだって不服でそっけない態度をとってしまうくらいだ。
     眉見のやりやすいところは無理強いしてこないところだと思う。食べると言ったらすぐに手を引いてくれるのだから。それでも食べる気にならなくてじっと緑色を睨んでいる自分が頑固なだけかもしれないが。
    「味が違うと言っていただろう」
    「……ん? そうだね、原稿にあった。ちゃんと味変えてシロップ作ってるって」
    「交換しよう、百々人。そっちの味も気になる」
     言うが早いか、こちらの同意も得ずに眉見の赤色のかき氷が差し出されて百々人のものは眉見の手元に寄せられる。大きく口を開けてそのまま3口ほどかきこむと、冷たさで頭痛が起きたのかぎゅっと目を細めて頭を押さえる。それなのにまたスプーン一杯にすくって口に運ぶから、山もりだったかき氷はあっという間に減っていく。百々人の前にある赤い氷はあと少しを残してちいさな池をつくっていた。
    「布巾もらってきました、これ使ってくだ……あれ、ふたり交換したんですか?」
     濡れ布巾と紙ナプキンを両手に戻ってきた天峰が、そのままテーブルを拭こうとしてくれたのを制し受け取る。こぼれているのと色の違うかき氷を見て天峰が首を傾げた。口を開く前に、何食わぬ顔をした眉見がそれに答えた。
    「味が違うと聞いて気になっていたんだ」
    「たしかに、全部自家製って言ってましたもんね。いいな、俺ももらってもいいですか」
    「ああ。いいか、百々人」
    「うん、好きなだけ食べちゃって」
     緑色は眉見がかきこんだからかもう半分以下にまで減っていたから、天峰には百々人もしっかり食べたように見えるだろう。なんとなく、いけないことをしたみたいだ。真っ赤な氷を少しすくって口に入れると、いやな湿度も晴らすような冷たさが口の中に広がり気持ちがいい。甘ったるい中に少し酸味のあるそれは氷が解けても口の中に残っている。
     潮風が強く吹いて髪をさらった。眉見の臙脂の毛先がきらきらと光って見えるのは、背後にある海のせいか、寝不足の目がまぶしさに眩むせいか。
     たったひと口のシロップの甘さが、いつまでも貼りついて離れなかった。
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