機体が収容され各接続のシャットダウン、熱放出などの処理を待ちながらコックピットの中で目を閉じて細く長い息を吐く。重力負荷を気にせずに振り回した体が基地内の気圧に慣れず頭が痛む。この箱が開くときには眩暈も収まってくれるようにと体を落ち着かせながら、左手首のトリコロール色の小さな3つの石が埋め込まれたブレスレットを指で撫ぜた。
「……ただいま」
呟く声は通信を切断した誰にも拾われないままに冷たい金属が手首を冷やすが、かえってそれによりたしかに存在を感じられて、今はもうその冷たささえなくては落ち着かないものになっていた。
「先生、よう帰ったな!けがはしとらんか?」
「ただいま、大丈夫だ。……涼は?」
機体から降りるなり走り寄ってきた大吾の安堵した顔を見て自然とこちらも頬がほころぶ。今日もちゃんと、守れた。もう一人のチームメンバーの様子を気にして涼の機体を見上げると、大吾が安心させるよう明るい声で告げる。
「まだ機体のクールダウン中じゃ。もうじき終わりそうじゃが、一部システム切断が起こっとるみたいでな。涼の機体は繊細で苦労が多いな」
考え込むように笑みを消して機体を見つめる大吾に気付かないふりをして機体に背を向けると、出撃ゲートの出入り口へと向かう。アルミの階段をならすカンカンという足音で気付いた大吾が追いかけてきて隣で首を傾げた。
「先生、どこ行くんじゃ?」
「喉が渇いたんだ、ちょっと休んでくる。大吾は涼を待っていてやってくれ」
大吾がうなずくのを横日にゲートを出ると短いため息をついた。背後でゲートが閉まる音がするが大吾がついてきている気配はなく、涼のところに戻ったようで安心した。大吾に言った通り怪我はないが、結局収まらなかった頭痛がだんだんとひどくなっているし、胃の中が渦巻いていて気持ち悪い。
足早に少し離れたトイレへ向かうと誰もいないことを確認して個室に入り、きっちりと鍵を閉めた。口を開けるだけで容易く逆流した胃液と血の混じったまだらな赤が便器に渦巻く。口の中に広がる鉄と酸の味に辟易として、便器に体重を預けるようにもたれかかった。
ここのところ、機体を降りるたびに吐いている。頭は地上にいる間中ずっと軋んで痛むようになってしまったし、なによりすごく寒かった。冷え性だからというだけでは説明がつかないくらいに冷えた腕を掻き抱くと、より冷たいブレスレットが頬に触れて閉じていた目をそっと開ける。
自分が乗らないと、涼も大吾も護れない。戦いたくないんだとこばした涼の声も、白い背中で赤黒く爛れた火傷も覚えている。大吾と交わした涼を守るという約束も、パイロットを降ろされながらも絶やさない、息が詰まる笑顔も知っていながら、自分じゃない誰かが戦えばいいとは到底思えなかった。パイロットは替えが利いても、今二人のために乗れるパイロットは自分だけなのだから。
まだやれるさ。呟いた声は誰もいない冷えた空気に消えていった。