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    忸怩くん

    @Jikujito

    鋭百、春夏春、そらつくとか雑多

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    忸怩くん

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    【春夏】

    移り変わる 衣替えをしたばかりのこの時期、昼休みの部室はよく入る陽の光によって少し暑い。それでも遠くに教室の喧騒を聞きつつ停滞した空気と白い光のなかでぼんやりと過ごす安寧が気に入っていて、春名は時々用もないのに部室を訪れていた。
     食後のドーナツを食べたり譜面を見たりまどろんだり、20分ほどの短い時間がやけにゆったりと流れるように思えて、そういうところが気に入っている。
     教室を離れ渡り廊下を挟んだ旧校舎の廊下の先、滑りが悪い部室の扉を開けて思わずそのままあげそうになった声を飲み込んだ。空気さえ揺れずにとどまっている部屋の中、机にうつ伏せで枕にした腕に銀糸みたいにきらきらと光る髪がかかっている。呼吸に合わせてゆっくりと上下する背中に思わず詰めていた息をそっと吐いて、うるさく脈打つ心臓に困りながら時間をかけて静かに扉を閉めた。
     春名も部室に来るのはたまにだが、誰かと鉢合わせる時は曲の相談をする年人と旬だったり、小テスト対策をしている旬と四季だったりと賑やかで、部屋に入る前にわかってしまう。今日みたいにこうして夏来がひとりでいるところに遭遇したのは初めてで、あまりの静かさにまさか人がいるとは思わず驚いてしまったのだ。
     春名が入ってきたことにも気付かず寝息は落ち着いてゆったりと繰り返される。
     伏せた顔はよく見えないが、髪の隙間から覗いた唇は薄くて形がよく、淡いピンク色をしており白い肌によく馴染んでいた。くせっ毛の春名とはちがうまっすぐでやわらかな髪の隙間からのぞいたうなじが白くて、あまり見てはいけないもののような気がして慌てて日をそらす。同じ男だとわかっているのに、芸術品じみた綺麗さをもつ夏来はただで見ることに後ろめたささえ感じてしまう。
     開けた窓から入り込んだ風がレースのカーテンを揺らす。朝にコンビニで買ったドーナツを袋の音を気にしながら口に運んで、膝を指で叩いて練習中の曲の譜面を辿る。少し複雑になるサビ前のリズムを外したくなくてつい夏来に視線を投げたが、いつもそういう時に目が合うはいいろは、今はそれに気が付くことなく閉じられていた。
     大きく息を吸うとプールの塩素のにおいが鼻をつく。夏来のクラスはもうプール開きをしたのだろうか。まだプールを楽しむには肌寒い気温に思えるが、暑がりな夏来は気持ちいいと喜ぶかもしれない。真っ白な肌が日の下に晒される様子を思い、すぐに頭を振って思考を止めた。
    「……あ」
     間延びした音でチャイムが鳴る。授業開始の5分前を知らせる予鈴に身じろいだ夏来が緩慢に体を起こすが、まだ眠いままなのか日を閉じたまま抗うように眉間にしわが寄る。そのままもう一度寝てしまいそうで、「ナツキ?」とちいさく声をかけると、驚いた夏来が肩を跳ねさせてこちらを見た。丸まった目のまま言葉が出てこない夏来がおかしくて笑うと、困ったように眉が下がる。
    「はは、おはよーナツキ」
    「……おはよう。ハルナ、なんで……?」
    「のんびりドーナツ食べようと思って来たら熟睡してたからさ。起こしちゃ悪いかなって静かにしてた」
    「全然……気付かなかった」
    「たくさん寝れたなら何よりだよ」
     まだ覚醒しきらないまま話す夏来の乱れた髪を整えてやり、立つように促す。
     話しているうちにも時計の針は2周ほど回ってしまった。
    「教室戻ろ。遅刻したらジュンに怒られるぜ?」
    「うん……走る?」
    「はは。うん、走る」
     入った時とは打って変わって勢いをつけて扉を閉めると、人のいない廊下を走りだす。渡り廊下の途中で窓を閉め忘れたと気が付いた。今日は天気がいいからそのままでも問題はないし戻る時間はないのだけれど、どこか後ろ髪を引かれる気持ちで教室に向かう。それでも昼休みの数十分をとじこめたような、ほのかにドーナツの甘さが香る初夏の空気がなくなってしまうのが少し惜しいな、と脳裏に残るやわらかな銀糸を思った。
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    忸怩くん

    DONE【鋭百】眉見の微体調不良
     乗換を調べてくれているのも、生徒会の議事録に目を通しLINKで修正指示を送っているのも、まっすぐに伸びた背中もいつも通りだ。駅のホームには北風が強く吹き込み耳を切るように過ぎていくため百々人は首をすくめマフラーに埋もれていたが、眉見は意に介さず少し緩めたマフラーから素肌を晒してまっすぐに前を見つめていた。その視線はいつも通りよりももう少し固くて、仕事中の気を張った眉見のままになってしまっているようだ。
     アナウンスが流れると遠く闇の中に眩い光が見え、風と共に電車がホームに滑り込んでくる。ほとんどの座席が空いている中、角席を眉見に譲ると一瞬の躊躇を挟んで小さく礼を言って座り、百々人もその隣にリュックを抱えて座った。こんな時間に都心へ向かう人は少ないのか車内は閑散としており、自分たちの他にははす向かいの角に座った仕事中といったふうの年配の男性だけだ。外とあまり変わらない程度の冷えた車内には、それに抗うよう熱すぎるくらいに足元の暖房ごうごうと音を出しながら膝の裏を熱する。一日ロケをこなしてきた体にはさすがに疲労がたまっているのか、それだけで瞼が落ちて無理やりにでも寝かしつけられてしまいそうだった。隣を見ると夏前の草木を思い起こさせる鮮やかな緑は変わらず揺れることなく据えられている。けれど腿同士くっついたところからは布越しでもわかるほどの熱が伝わってきていた。
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