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    忸怩くん

    @Jikujito

    鋭百、春夏春、そらつくとか雑多

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    忸怩くん

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    【鋭百】「さむい」

     広い廃工場内は、大きな石油ストーブが焚かれているものの天井が高いこともありほとんど焼け石に水だ。この場合、温度としては逆なのだが。年の瀬を控え寒さも厳しくなっており、撮影の衣装ではあまりに心もとない。大人たちの方がよっぽど寒さがこたえているようで、ストーブの周りには常に人だかりができていた。天峰もその輪に入り寒さに耐えて撮影していた体を温めている。そこから少し離れたパイプ椅子に百々人を見つけて歩み寄った。
    「マユミくん、おつかれさま。……大丈夫だった?」
     顔を伺ってくる百々人に何が、と聞こうとして思い当たる。
    「ああ……問題ない。当てると言われていたところ以外はしっかり外されていたからな。
    「そう? ならよかったけど……ここから見てたら本当に殴られてるみたいで心配しちゃった。怪我のメイク、見てもいい?」
    「ああ」
     先ほどのシーンでは一方的に殴られるというシーンがあった。実際にはほとんどが寸止めであり、画角上近づくものだけがちょうど当たる程度の力で殴るというものだったのだが、風を切る拳に息を詰める感覚がうなじをじりじりと焦げるようだった。
     顔をかばい殴られた、というていの両腕は打撲痕と多少の出血、それに黒っぽい砂で汚れている。暗いシーンでありしっかりと映ることは少ないため簡易的な部分があるとのことだったが、その痛々しさは自分で見ていても痛覚がうずくようだ。痛そう、と顔をしかめる百々人はそっと両手で手を取ると、そのままぎゅっとゆるくにぎった。
    「手、すごく冷えてるよ。カイロもらってこようか?」
    「いや、さっきまで使っていたのが……秀にとられたか」
    「あはは、アマミネくんすっごく寒そうだもんね。……あ、じゃあこれあげるよ」
     立ち上がった百々人はベンチコートのポケットをあさると、小さめのペットボトルを取り出した。差し出されるままに受け取ると、ずっとポケットで保管されていたからか買ったばかりのようにあたたかい。そのままコートも脱いでいる百々人に視線を送ると、ふわりと目尻がやわらぐ。
    「それ、カイロの代わりにつかって。そろそろ出番だから使わないし、このコートもあげるね」
     脱いだコートもそのまま肩にかけられて、冷えていた体があたたかさに包まれたことで肩の力が緩んだ。人の体温が残ったままのコートは眠くなりそうなほどあたたかい。
     次の撮影の準備が終わり、集合の声がかかった。百々人もそれに返事をすると、思い出したように振り返る。
    「それ、飲んじゃってもいいからね」
     それだけ言い残して照明の中へ飛び込んでいく背と手の中のラベルを見比べた。ミルクティーと書かれたラベルはたまに百々人が飲んでいるのを見かけるものだ。手を温めるために借りただけなのだけれど、最後の一言で飲んだほうがいいのかという気すらしてしまって、少し温まった手でキャップをひねった。喉に流れ込んだ液体はまだあたたかく、喉に甘さが張り付いている。
    「鋭心先輩、すみませんカイロ借りてました。……あれ、珍しいの飲んでますね」
    「……思っていたより甘いな」
     駆け寄ってきた天峰がカイロを返そうとするのを止めて、両手でペットボトルを包み込む。指先も体も、ゆっくりと熱を取り戻している。役者がそろい冷えた静謐の中で、金糸のような髪が照明を受けてきらめいていた。
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    忸怩くん

    DONE【鋭百】眉見の微体調不良
     乗換を調べてくれているのも、生徒会の議事録に目を通しLINKで修正指示を送っているのも、まっすぐに伸びた背中もいつも通りだ。駅のホームには北風が強く吹き込み耳を切るように過ぎていくため百々人は首をすくめマフラーに埋もれていたが、眉見は意に介さず少し緩めたマフラーから素肌を晒してまっすぐに前を見つめていた。その視線はいつも通りよりももう少し固くて、仕事中の気を張った眉見のままになってしまっているようだ。
     アナウンスが流れると遠く闇の中に眩い光が見え、風と共に電車がホームに滑り込んでくる。ほとんどの座席が空いている中、角席を眉見に譲ると一瞬の躊躇を挟んで小さく礼を言って座り、百々人もその隣にリュックを抱えて座った。こんな時間に都心へ向かう人は少ないのか車内は閑散としており、自分たちの他にははす向かいの角に座った仕事中といったふうの年配の男性だけだ。外とあまり変わらない程度の冷えた車内には、それに抗うよう熱すぎるくらいに足元の暖房ごうごうと音を出しながら膝の裏を熱する。一日ロケをこなしてきた体にはさすがに疲労がたまっているのか、それだけで瞼が落ちて無理やりにでも寝かしつけられてしまいそうだった。隣を見ると夏前の草木を思い起こさせる鮮やかな緑は変わらず揺れることなく据えられている。けれど腿同士くっついたところからは布越しでもわかるほどの熱が伝わってきていた。
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