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    忸怩くん

    @Jikujito

    鋭百、春夏春、そらつくとか雑多

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    忸怩くん

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    【鋭百】眉見の微体調不良

     乗換を調べてくれているのも、生徒会の議事録に目を通しLINKで修正指示を送っているのも、まっすぐに伸びた背中もいつも通りだ。駅のホームには北風が強く吹き込み耳を切るように過ぎていくため百々人は首をすくめマフラーに埋もれていたが、眉見は意に介さず少し緩めたマフラーから素肌を晒してまっすぐに前を見つめていた。その視線はいつも通りよりももう少し固くて、仕事中の気を張った眉見のままになってしまっているようだ。
     アナウンスが流れると遠く闇の中に眩い光が見え、風と共に電車がホームに滑り込んでくる。ほとんどの座席が空いている中、角席を眉見に譲ると一瞬の躊躇を挟んで小さく礼を言って座り、百々人もその隣にリュックを抱えて座った。こんな時間に都心へ向かう人は少ないのか車内は閑散としており、自分たちの他にははす向かいの角に座った仕事中といったふうの年配の男性だけだ。外とあまり変わらない程度の冷えた車内には、それに抗うよう熱すぎるくらいに足元の暖房ごうごうと音を出しながら膝の裏を熱する。一日ロケをこなしてきた体にはさすがに疲労がたまっているのか、それだけで瞼が落ちて無理やりにでも寝かしつけられてしまいそうだった。隣を見ると夏前の草木を思い起こさせる鮮やかな緑は変わらず揺れることなく据えられている。けれど腿同士くっついたところからは布越しでもわかるほどの熱が伝わってきていた。
    「……マユミくん、着くまで寝てたら?」
    「大丈夫だ。……あまり電車で寝るのは得意じゃないんだ」
     たしかに普段電車移動の際にも寝ている姿は記憶にない。けれど今日くらい、少しでも気を緩めてほしいのだ。
     眉見の熱のこもった息が寒い車内に霧散していく。膝に置かれた眉見の手を握ると寒いホームにいたはずなのにやっぱり指先まで熱くて、自分の冷えた手と温度を分け合うように手のひらを合わせた。眉見も冷たさが気持ちいいのかされるがままそれを見ていたが、かぶりを振ると座席に深く腰掛け直した。
    「乗換までだいぶあるし、ちょっとでも寝ちゃおうよ。僕も眠いから、マユミくんも目瞑るだけでも、ね?」
     寝てしまいそうなのも本音で、瞼はもうなんども重たいまばたきを繰り返している。けれどまだ少し取材の残った天峰とプロデューサーを置いてまで先に二人で帰っているのは眉見を少しでも早く楽にしてやりたかったからだ。体調の優れない眉見を置いて自分だけ寝てしまことは流石に避けたい。手の甲を指で叩いて目を瞑るよう促すと、少し迷い黙ったまま座る姿勢を崩して首を垂れると瞼を閉じた。それを見届けてから百々人も重たい瞼を受け入れて俯く。乗換で降りるまでは40分ほどある。しっかり寝られる時間だけど、寝過ごさないよう自分は気を張っていなければいけない、と気合も入れた。ふくらはぎとつないだ手が熱くて、無理やり引き込まれる睡魔のぬかるみは深くずるりと落ちていく。
     意識を手放していたのは数十分のようにも、1分足らずのようにも思えたけれど、ごとん、という音でびくりと体が跳ねて目が覚めた。いつの間にかそれなりに座席が埋まりだしており、少し離れたところの女性が自身のスマホを取り落としたようで慌てて拾い上げている。高鳴る心臓を落ち着けるようゆっくりと息を吐いて時間を確認するが、まだ乗換までには10分ほどあるようだった。眉見は音にも気付かなかったようで百々人の方にもたれかかって緩やかな寝息を立てており、体重のかかった肩がずしりと重い。眠る前につないだ手はそのまま、カバンに隠れるようにして重ねたままだ。
     すっかり起きてしまったし寝直すには微妙な時間で、眉見にのしかかられて傾いだままそのつむじを眺めた。撮影のためしっかりセットしていた髪は百々人の方で乱れてしまっており、かわいいと思うと同時に移動中だけでも熟睡しているようで安心した。いつから不調だったかわからないが、百々人たちが気付いたのは遅い昼食をとった後だ。もしかしたら朝からずっと無理をしていたのかもしれないのに、問い詰めてもはぐらかそうとされたことはまだ引っかかっている。百々人も同じように無理をしてしまうタイプだし駄目なところは見せたくなくて隠してしまうけれど、自分のことは棚に上げて眉見のそれが拒絶のように思えて悲しいのと悔しいのでどうしようもない。力になるから、頼ってほしかった。
     郊外から長い路線を辿ってきた電車は、都内に入りばらばらと人が出入りするようになっていた。冬の日はすっかり傾いておりほとんど夜といった暗さだが、帰宅ラッシュにはぎりぎり被らないうちに帰宅できそうだ。車内アナウンスがまもなく乗換駅につくことを繰り返している。眉見とはこの先の乗り換えで別の電車だ。
    「えーしんくん。……えーしんくん、もう着くよ」
     小声の呼びかけには返事がないのを見て肩を叩く。緩慢に半身にかかった体重が持ち上がって、まだ眠そうな目を眉間にしわを寄せながら何度かぎゅっと閉じては薄目を開けてを繰り返している。朝の寝起きもいい眉見がこうも覚醒しきらない姿は、電車で熟睡しているのと同じくらい珍しい。
    「すまない……しっかり眠ってしまった」
    「いいよ、ちょっとでも休めたならなによりだし。僕も結構寝ちゃってたから、二人して寝過ごさなくてよかった」
     ホームへ滑り込んだ電車がドアを開けると、乗り換え路線の多いターミナル駅だからか乗っていた人のほとんどが押し出されるように降りていく。
     その波に流されて違う階段を登ろうとした眉見を慌てて呼び止めた。
    「えーしんくん、こっち。階段違うよ」
     声にはっとして階段上の看板を見上げ、人々の前を横切りながら波から抜けるとホーム奥の離れた階段へと向かう。電車に乗る前まではあんなにしっかりしていたのに、随分とゆるゆるしている。
     視線で言いたいことがわかったのか、眉見はバツが悪そうな顔で目を逸らした。
    「すまない、まだ頭が起きていないらしい」
    「まあ、熱あるんだからぼうっとしちゃうのは仕方ないよ。……寒気とかはない? しんどいとか」
    「問題ない」
    「ほんとに?」
     じっと眉見の鮮やかに溶けた緑色をした目を見つめると、しばしの無言の後に嘆息して「少しだけ」と小さな声で答えて自嘲気味に口角を歪めた。
    「信頼がないな」
    「えーしんくん、すぐ平気なふりするから。無理やり言わせるくらいじゃないと言ってくれないでしょ」
     口を尖らせてみるけれど、文句を言いたいわけではないのだ。心配させてほしくて、なにか力になりたいというだけで。
     そう伝えると眉見は黙って目を細めた。前を向き階段を登る間、交わす言葉はないままくすぐったいような居心地が悪いような無言の時間が挟まる。百々人も眉見も、上手に誰かを大切にしたりされたりすることがまだまだぎこちない。それでもちゃんと言葉にして伝えていきたいと、伝わってほしいと思う。
     通路を歩き、そのまま眉見と同じホームへ降りようとする百々人に向けられる視線には気付かないふりをした。乗り換え先が違うはずの百々人がここまでついてきていることを早々に指摘しない方がわるいのだ。いつもしっかりとしている分ふわふわと地に足のつかない眉見は不安で放っておけず、最寄りまで送るともう決めてしまった。
    「百々人」
    「なあに?」
     電車を待つホームはあまり風を遮るものがなく、前髪をさらう風はひどく冷たく頬や耳を切っていく。眉見の少し赤い頬が、熱ではなくこの寒さのせいならいいなと密かに願う。
     名前を呼んだあと眉見は言葉を考えるように口を閉ざして、そうして百々人から視線を外した。
    「すまない」
    「.....ううん」
     謝罪が欲しいわけではない、と喉元に引っかかった言葉は飲み込んで首を振った。眉見が謝りたいわけではないことはわかっていたけれど、多分、どう言葉にしていいかがわからなかったのだろう。ただ素直に心配を、お節介を受け取ってほしいだけなのだが、それをうまく伝えられないことがもどかしい。苛立ちにも近いそれを白い息にして吐いてしまうと、一瞬にして冷たい空気に消えてしまった。
     隣で眉見も同じように白い息を吐き、溶ける様子を見つめている。眉見はそこに何を込めたのだろう。見ていてもわからないが、聞いても明確な答えは返ってこないとわかっていたから百々人も隣で息が溶ける様子を見守った。乗り換えの電車はまだ来ず、先ほどまでは重ねていて熱いくらいだった手が指の先から段々と冷えていくのをぎゅっと握り込んだ。
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     乗換を調べてくれているのも、生徒会の議事録に目を通しLINKで修正指示を送っているのも、まっすぐに伸びた背中もいつも通りだ。駅のホームには北風が強く吹き込み耳を切るように過ぎていくため百々人は首をすくめマフラーに埋もれていたが、眉見は意に介さず少し緩めたマフラーから素肌を晒してまっすぐに前を見つめていた。その視線はいつも通りよりももう少し固くて、仕事中の気を張った眉見のままになってしまっているようだ。
     アナウンスが流れると遠く闇の中に眩い光が見え、風と共に電車がホームに滑り込んでくる。ほとんどの座席が空いている中、角席を眉見に譲ると一瞬の躊躇を挟んで小さく礼を言って座り、百々人もその隣にリュックを抱えて座った。こんな時間に都心へ向かう人は少ないのか車内は閑散としており、自分たちの他にははす向かいの角に座った仕事中といったふうの年配の男性だけだ。外とあまり変わらない程度の冷えた車内には、それに抗うよう熱すぎるくらいに足元の暖房ごうごうと音を出しながら膝の裏を熱する。一日ロケをこなしてきた体にはさすがに疲労がたまっているのか、それだけで瞼が落ちて無理やりにでも寝かしつけられてしまいそうだった。隣を見ると夏前の草木を思い起こさせる鮮やかな緑は変わらず揺れることなく据えられている。けれど腿同士くっついたところからは布越しでもわかるほどの熱が伝わってきていた。
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