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    忸怩くん

    @Jikujito

    鋭百、春夏春、そらつくとか雑多

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    忸怩くん

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    【春夏】寝不足の夏来と勉強会

    目を閉じた先に ふわふわと、ゆるいグレーの髪が暖房の風に揺られるのを、春名は解きかけの数式をそのままにじいっと見つめていた。長い睫毛は伏せられてその頬に影を落としており、薄い唇はゆるく閉じられて小さな寝息を立てている。木枯らしの吹く外から隔絶された暖かい部室でゆるやかな日差しを浴びながら、春名が数学の宿題に向き合っているほんの数分の間に撮影でも始まったのかと錯覚したほどにきれいな寝顔が目の前にあった。
     こうして勉強を教えてくれることはままあれど、いつだって夏来は春名が解く様子を見守ってくれているか自分の宿題を進めているかだったから、居眠りしているのは随分と珍しい。だからついその顔に目を奪われてしまうのも仕方がないだろう。
     相手が眠っているのをいいことに、しばらくその鼻先だとか睫毛のふちなんかを仔細に観察したあと、はっと気づいて慌ててノートに向き合う。行き詰ってしまった箇所を聞こうと思ったのだが、寝不足なら邪魔をしてはいけない。それにもしかしたら夏来に頼らずに一人で解き進めれば、またあのやわらかくほころぶような笑みで褒めてくれるのではないかと考えたのだ。
     問題と向き合って、答えと解説を見てわかったようなわからないようなままにとりあえずできるところまで。遅々としているがそれでもページは進んでいく。シャープペンがノートを走る音もいつもより控えめに、なんなら普段よりも集中して問題と向き合った。夏来はよほど疲れているのか起きる気配を見せず、椅子に座りこんだまま微動だにしない。
    「っし、おわりー……」
     冬の日が落ちるのは早い。すっかり薄暗い部屋はけれど暖房のおかげであたたかく、夏来は余計に起きる気配なんてなさそうだった。けれどもうそろそろ本来の目的である新曲の練習もしないとまずいだろう。起こしてしまうのは忍びなかったが、パイプ椅子を引いて立ち上がると部屋の電気をつけた。その明るさにぱちりと目を開けた夏来がまだ開ききらない瞼をむずがるようにぎゅっと寄せるのを笑うと、向かいの席に座り直した。
    「おはよ。珍しいじゃん、寝不足?」
    「うん……ごめんね。勉強教えるって、言ったのに……」
    「いいって。なんとさ……じゃーん! 宿題終わりました!」
     ノートを夏来の目の前に差し出すと、まだ眠そうだった目が丸くなって、それから甘くとろける。えらいねと褒められるのも気分が良くて顔が緩んだ。その笑顔が見たくて頑張ったのだから最大級のご褒美だ。
    「わからないところ、なかった……?」
    「それは正直あるー……解説読んだんだけど端折られすぎててさあ、解けてないから解説読んでるのに不親切じゃねえ?」
    「そうだね……でもわからないところが洗い出せたなら、先生とか……俺とかに、聞いてくれたらいいから」
     言いつつ解説ページを開くと、伏せた視線が文字をたどる。その顔を盗み見ながらそういえばとすっかり勉強のことを頭から追い出して夏来に話しかける。
    「寝不足って、夜なんかしてたの? オレに付き合ってて自分の練習時間ないとか……」
    「あ……ううん、それは大丈夫。そうじゃなくて、昨日はハルナが出てるラジオの放送、だったでしょ……?」
    「えっ、いやあれ結構遅い時間じゃねえ? 聞いてたの!?」
    「うん。がんばったら、聞ける時間だなって……」
     ラジオ自体は録音されたものであり生放送ではない。春名も昨夜はバイトがあり新しい舞台の台本の読み込みもありと時間に追われていたためリアルタイムで聞くのは諦めてしまっていた。夏来の寝不足が意図しない方向のものだったことで、うれしさと申し訳なさにのんきに寝顔を堪能していた先ほどの自分を反省する。
    「言ってくれたらデータ渡したし、全然寝てくれてよかったのに……」
    「ううん……俺が、ラジオでのハルナの声、聴きたかったから」
     何でもない風に言われて照れくささに口元を隠した。それに笑うと、「シキも今日、眠そうだったよ」と追加の情報まで教えてくれる。
    「いや、でも寝不足になるのは申し訳ないし、うーん……わかった! オレ、もっと早い時間のラジオ呼んでもらえるようにがんばるわ!」
    「それは、すごいかも……? ふふ、ゴールデンタイムも、楽しみにしてるね」
     大きな目標を語ったところで宿題は閉じてしまい各々楽器の用意に入る。外はすっかり暗くなっているが、下校時刻にはまだ早い。少し眠そうな夏来の目と視線が合うのが、先ほどまでよりもまた少しうれしい。
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