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    忸怩くん

    @Jikujito

    鋭百、春夏春、そらつくとか雑多

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    忸怩くん

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    【鋭百】「花」 眉見からの小さな悪戯について。

    痕跡 体を繋げて、熱で分けあって、彼の目の奥で煮詰まるどろどろとした欲に溶かされて他のことなんて何も考えられないくらいに夢中になる。そうして甘い幸福が体を満たしたそのあとは必ず虚しさに襲われるのだ。どれだけ深く繋がったつもりでも終わりはあるし、その後はひとり冷たい部屋に帰らなくてはならない。そういった現実がふわふわと浮かんでいた体を一気に引き摺り下ろしてしまう。
     改札前で立ち止まったら動けなくなってしまうから、じゃあねとあっさり手を振って慣性のままに電車まで向かい乗り込む。電車内の暖房が暑すぎて気持ちが悪い。惰性で交互に動く足が帰りたくない気持ちなんてお構いなしに帰路を辿って、あっという間に自宅まで着いてしまった。無人のエレベーターの数字が順に点っては消えていくのを眺めて、色だけは暖かなオレンジの照明の下冷たいドアノブを回すと真っ暗な廊下が出迎えた。同じように真っ暗な自室の電気をつけると、朝出てきた時のままにスウェットが脱ぎ散らかされた床に冷えた空気が沈澱している。眉見の部屋とは全然違う。あそこには暖かい陽の光を浴びた布団があって、行くたびに机に置かれた次の仕事の台本の書き込みが増えていて、そうしてほのかに彼の整髪料の匂いがする。
    「……シャワー、浴びてこよう」
     思いを馳せてしまうとより一層強い寂しさの波に襲われて息が詰まりそうだった。眉見と別れて帰ってきた時が、一番その落差にどうしようもなくなる。ゆるりと頭を振って思考を切り替えるように静かな廊下を足音もなく歩くと、靴下越しでも指が痛いくらい冷たかった。
     脱衣所も冷え込んでいたのだけれど、急ぐ気にもなれず緩慢に服を脱いだ。靴下を片方ずつ引っ張って脱いで、スラックスもベルトを外してすとんと落とすと片足ずつ持ち上げて抜く。そうしたところで見覚えのない赤が視界にちらついた。手を止めて片脚を壁にかけると、影になっていた内腿が明かりに晒されてその赤がなんなのかはっきり見え、わかった途端冷え切っていた体にぶわりと熱が広がる。
    「……っ、聞いてない!」
     シャツに下着だけの中途半端な格好のままバタバタと自室に戻ると、ベッドに放り投げていたスマートフォンを掴み通話ボタンを押す。何回かのコール音ののち、耳に馴染んだ低い声が聞こえた。
    「マユミくん、跡つけたでしょ!」
    「気づいたか」
    「気づいたかじゃないよ……びっくりして服脱ぎかけのまま部屋に戻ってきちゃった。足すごい寒い」
    「大丈夫か? 体を冷やすなよ。……だがそれだけ驚いてくれたのなら、悪戯のし甲斐があったな」
    「……マユミくんって時々子供みたいなことするよね。跡つけるとか、そういうのやらないと思ってた」
    「見えないところにしたつもりだが、まずかったか」
    「ううん、マユミくん以外に見せないよこんなとこ。びっくりしたけど……ちょっと嬉しい、かも」
    眉見が百々人の体に触れた跡を残そうと思ってくれたこと、今ここにそれが残っていることが嬉しくてじっとしていられない。スマホを耳に当てながらもベッドに腰掛けて足をぱたぱたと遊ばせ、つい上がってしまう口角もそのまま好きにさせている。室温は冷たいままだし太腿は素足を晒しているのに、全然寒くない。
     通話越しに笑みをこぼした吐息が聞こえると、少し間が空いてまた骨を伝い響くような低い声が、こころなしかワントーン上がって言葉を続ける。
    「言わなかったから帰宅しても気がつくかどうかはわからなかったんだが……すぐ気付いてくれたらと考えていた。今日連絡がなければ明日説明しようと思ってはいたんだが」
     それって、別れたあとも百々人のことを考えていて、来るかもわからない連絡を気にして待っていたってことだ。百々人が一人きりで家に帰って暗い部屋に荷物を放り投げる間にも、思いを馳せてくれていた人がいる。
     たまらなくなって、返答に詰まってしまった。眉見にとってはちょっとした悪戯だったのかもしれないが、それにどれだけ救われているんだろう。
    「……っふふ、ちゃんと気づけてよかったぁ。ありがとう」
    「礼を言われる話ではないんだがな」
     今日はもう話せないと思っていた彼とこうして通話してまた声が聞けていること、自分の体に数日間消えない彼の痕跡が残り続けていること。嬉しいことだらけだ。自分の体の中にこんなに愛しい場所が出来るなんて思ってもみなかった。指でそっとやわな肌を押し込んでは離して、じわりと赤が花弁を広げるのを楽しみまなじりを下げた。
     さよならの後になってもこうして熱を宿してくれる彼に、もうまた会いたくなっている。次また彼の家に行く時には、もう一輪赤をお願いしてみようか。
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