だって、そういう雰囲気だったのだ。シアタールームの薄暗がり、焦がれるような恋の結末を見せつけられて、セピア色のエンドロールも流れ終わり深いため息をついた後、横を見ると自分と同じ温度の熱を帯びた翡翠の双眸と視線が絡まった。やわらかなシートから半身を浮かせて顔を傾け、眉見の唇に触れる寸前というところで目を閉じると「ダメだ」と肩を押し返された。
優しい、けれど確実な拒絶。
彼の拒否にはなにか正当な理由があるのだろうとわかっているのに、ふわふわと浮いていた気分はたった一言で心臓に鉄の重しを乗せられてみたいに冷たく暗がりに沈んでいく。なにか間違えてしまっただろうか、自分だけで浮かれていただろうか。目の前の一言だけでなく、これまで幾度となく浴びた評価の幻影がまとめて降り注いで息が詰まる。ごめん、と身を引こうとした百々人の手首を眉見が慌ててつかんだ。
「すまない、違う。俺もしたいんだが……」
フォローしなくてもいいよと言おうとしたけれど、珍しく口ごもる様子につい続きを待ってしまう。そうして待たれると余計居心地悪そうに、けれど誤解させたままではよくないという善意からかしぶしぶ小声で白状した。
「……歯を磨いていないだろう」
照れ隠しのように鋭い眼光が細められて険しくなっている。キスはしたかったけれど、直前で歯を磨いていないと気付いて咄嗟に拒否してしまったと。たしかに今日は映画を見ながらポテチやチョコレートなんかのお菓子をつまんでいたけれど、それは百々人だって同じだ。存外にかわいらしい“ダメ”の理由をじわじわ嚙み砕いていると、「なんとか言ってくれ」と大型犬のように百々人の肩口にぐりぐりとつむじを押し当てられた。
「いや、なんか拍子抜けっていうか、僕考えすぎてたなって逆に反省しちゃったというか」
「さっきのは俺の言い方が悪かった。怯えさせるつもりはなかったんだが……咄嗟に」
「歯磨いてないって気付いて?」
「……もういいだろう。歯を磨きにいくぞ」
弄られて口をへの字に曲げた眉見が百々人を置いてさっさとシアタールームを出て行ってしまうが、それでも入り口のところで待っていてくれているのが彼らしい。今日はお泊りできるだろうか、と期待が滲む軽い足取りでぱたぱたと眉見の後を追った。
「ね、やっぱり歯磨きする前にキスしようよ」
「駄目だ」
断られるとわかっていてもう一度おねだりしてみたけれど、返ってきたダメは少し拗ねた声をしていた。これ以上からかってはこの後に仕返しされかねないと、口先だけの不満を笑って溢しながらおとなしく引き下がる。
何度もため息とともに聞いてきた“ダメ”はどれも自分を否定するものだったけれど、こうして大切にされているがゆえのかわいらしいダメもあるらしい。抱えたままの重石までも少し軽くなった気がして、すっかり定位置を獲得した自分の歯ブラシを手にすると、鏡越しに眉見の肩に頭を預けた。