「はぁ……」
最近京極さんが食事に誘ってくれない。少なくとも週に1度は仕事帰りに居酒屋に行っていたのに。前回の食事から今日で2週間。僕に飽きてしまったんですかそうだとすれば辛すぎる……あっ、京極さんが来た。
「おはよう〜歩」
「おはようございます、京極さん」
京極さんは僕に挨拶するとすぐに書類作成に取り掛かった。もっと話したかったのに…こっちが視線を送っても全く気づきやしない。仕事に一生懸命で、何でもこなせてしまうところは尊敬しますけど、僕の気持ちにも気づいてくださいね
僕も京極さんもそろそろ帰る時間だ。今日は…誘ってくれるだろうか。
「ふぅーーー今日もご苦労さん」
「お疲れ様です」
「今日めちゃくちゃ寒いから家で温かくしろよー」
一緒にご飯に行く気配はないな…こうなったら、自分から誘うしかない。
「京極さん、今日一緒にご飯行きませんか」
「おっ……そういや最近お前と飯行けてねえな。よし、行くか」
いつもだったら僕が誘うと反射的に承諾してくれるのに…京極さんは少し悩んでいる様子だった。やっぱり僕に飽きてしまったんですね。
久しぶりに京極さんと居酒屋に来た。いつも通り、ビール2つと枝豆、唐揚げを注文した。
「京極さん、最近どうかしましたか」
「んっ別になんもねーぞ。急にどーした」
「だって京極さん昼間は一人でご飯食べるようになったし、いつもに比べて元気が無さそうなので」
「歩が心配するようなことは何もね~よ」
はいはい、僕は蚊帳の外なんですね。割と長い間一緒にいるのに…一人で抱え込まないで僕にも頼ってくださいよ色々言いたくなり京極さんの方を向くと、見慣れない光景にふと違和感を覚えた。
「京極さん、唐揚げ食べないんですか」
さっきから京極さんは枝豆ばかり食べている。大好物の唐揚げは手につけておらず、ビールを飲むペースは遅い。も、もしかして…
「京極さん、ひょっとして体調悪いですか無理をさせてしまってすみません」
「へっいやいや、俺は元気だよ」
「えっ、じゃあどうしてですか」
「そのーー……ダイエットしててよ」
「ダイエット京極さん十分細いじゃないですか」
この人は何を言ってるんだ武闘派のあなたがさらに痩せたら骨折れますよ相手に蹴りを入れる京極さんを見ると今でもヒヤヒヤするのに…
「まあまあ、俺のことは気にすんな気楽にのんびり話そうぜ〜」
結局京極さんは一度も唐揚げを食べなかった。僕も京極さんも酔いが回ってきているから、そろそろ済ませよう。残り一個の唐揚げに手を付けようとすると、京極さんが何やら熱い視線を僕に送ってきていることに気がついた。
「……食いてぇ」
「へっ」
「唐揚げ…食いてぇよおおおお」
「えっ、えっ食べたらいいじゃないですか目の前にありますけど唐揚げ」
「けど…」
「ダイエットなんてしなくて大丈夫ですから」
「…違うんだよ歩、ダイエットは嘘だ」
「えっ…じゃあ何ですか」
「……うっ…うぐっ、うぁああああああ」
「へっ大丈夫ですか」
何だ何だ何だ何だ何だ何だ何で泣いているのこの人怖い怖い怖い京極さんが酔っ払うのは何度も見たことあるけど、泣いている姿を見るのは滅多にない。
「…何があったんですか僕で良ければ聞きますよ」
だからそんなにウルウルした目でこっちを見ないで下さい
「…実は」
これは2週間前の出来事。俺は過去最大のやらかしをしてしまった。
「お届け物でーーす」
「はーい」
「重いのでお気をつけください」
「えっ……おっっっも」
「大丈夫ですか」
「……すみません、ありがとうございます」
こんなに重い荷物頼んだっけ予想外の重さについ大きな声が出てしまった。配達員がいなくなってから急いでダンボールを開けると――――――も、餅
「えええええええええええ」
嘘だろ。出てきたのは餅、餅、餅…餅ばっかりじゃねーーーか絶対イタズラだろ俺はすぐパソコンで注文履歴を確認をした。
「…丸餅1kg…かけるじゅう」
いやいやいやいやいやいやいやいやいやいや何やってんの俺目がおかしくなったのか自分の目をしばらく疑ったが何度見ても「丸餅1kg×10」と表示されている。そもそも何で餅を頼んでんだ注文日付は…12月27日23時58分。あっ、ta-taで飲んだ日か。あの日は大分酔っ払っていたような…ギィに聞いてみよう。
―――――プルルル、プルルル
「哲太さん、こんな時間に珍しいですね。どうなされました」
「ギィ、急にすまん。聞きたいことがあって…数日前俺がta-taに行った時、餅の話ってしたか」
「もっ餅…餅ですか…あーー、『正月といえば餅ですね』みたいなことを私言った気がします」
「本当か俺はその時何か言ってたか」
「えーーーーっと……『急に餅が食いたくなってきた家に帰ったら頼もーー』と仰ってましたね…それがどうかしましたか」
…まじか。酔っ払ったまま注文して今に至るというわけだ。
「いや、大したことはねえんだありがとうギィ。忙しいときにすまんな」
「いえいえ、ではまたお待ちしております」
―――――プー、プー
「ホントに…何してんの、俺」
起こってしまったことは仕方がねえ。どうするかを考えねえと…とりあえず、餅が何個あるか数えるか。
「いち、にい、さん……」
1袋だけでも多くねえか全部食べるのに何日かかるんだよ…
「じゅうきゅう、にじゅう………1袋20個入りだから…に、ひゃく」
そして、俺の朝昼晩餅生活が始まった。
「…というわけで、最近餅しか食ってねえんだ」
「ま、マジですか…」
ここ2週間一人で昼ご飯コソコソ食べてるなーって思っていましたけど、毎日餅食べてることを隠すためだったんですか
「俺の家そんなに広くねえから早いうちに食べきりたくて…」
「ちなみにあと何個あるんですか」
「…60個」
1日10個のペースで食べているんですね。じゃあ残り約1週間分…流石にぶっ倒れますよ。
「あの、僕何個か貰います。京極さんが栄養失調で倒れたら大変なので」
「…お前は神か、歩」
「餅食べたことないんで、せっかくなら頂きたいと思って」
僕がそう言った瞬間、京極さんは鳩が豆鉄砲を食らったような顔をした。変なことを言ったのだろうか。
「えっ…はっえっ今お前なんて言った餅を食べたことがないだと」
「自分で買わないので…っていうか立ち上がらないで下さい」
「うっっっっそ…じゃあ、今度俺の家で餅パーティするか色んなトッピング用意するからさ。歩の一番好きなトッピングを見つけようぜ」
「は…はあ」
「これより、餅パーティを開催する」
「わーーー(棒)」
気の早い京極さんは居酒屋に行った次の日に餅パーティを開いてくれた。テーブルの上には京極さんが用意してくれた様々なトッピング、そして―――焼きたての餅が置かれていた。香ばしい匂いに食欲をそそられる。
「美味しそう…」
まずは餅そのものの味を楽しみたいと思っていた時、京極さんが唐揚げにレモンかける勢いで醤油かけた。嘘でしょ…せめて聞いてからかけてください…ムカつく。
「定番は醤油だ熱いから気をつけろよ」
「…いただきます」
表面はパリッとしていたが、中はもちもちで噛めば噛むほど甘みが増した。定番なだけあって醤油との相性は抜群だ。
「どうだ」
「美味しいです」
「だろこうするとさらにうまいぜ」
そう言って京極さんは醤油のかかった餅に海苔を巻いてくれた。食べてみると、醤油と海苔の風味が口の中いっぱいに広がる。
「こちらも美味しいです……京極さん、何もつけないで食べてみてもいいですか」
「あっ、そういえば忘れてた何もつけないのを一番最初に食べるべきだったな。わりい、わりいお詫びにデカい餅やるよ」
「それは大きすぎますよ」
最初の2つは半分に切ってくれていたが、これは丸々1つだ。箸で切れそうにないから、噛み切ったほうが方が良いだろうか。
「……んっ…むむ」
あれ、なかなか噛み切れない。餅がどんどん伸びていく…
「すっげえ餅伸びてんじゃん…そうだどっちが餅を長く伸ばせるか勝負しようぜ」
試食始めたばっかりなんですけどしかも子供の遊びみたいなことを提案して…
「別にいいです」
「なんでだよ、やろーぜ…歩が勝ったら、1つだけ何でも願いを叶えてやる」
…ほう、言いましたね。僕は聞き逃しませんでしたよ。
「京極さんが僕に勝ったら」
「そん時は俺の願いを叶えてもらう」
「…分かりました。受けて立ちましょう」
「おおじゃあ、俺からいくぞ」
真中辺りを割り、両手に均等に力を入れてゆっくりと引っ張っていく。餅が途中で千切れないよう、京極さんは細くなっていく餅を熱心に見つめていた…羨ましすぎる。そこの餅、僕に代わってください。
「すごっ….」
「ヘヘっ、どーーだ」
負けるものか。京極さんの見様見真似でやってみる。あなたを観察するのは得意なんですよ。
「お前…餅伸ばすのもハイスペックかよ…」
ギリギリまで伸ばした後京極さんの餅と見比べると、数センチの差で僕の餅の方が長かった。
「僕の勝ちですね」
「くっっっそおおおおお」
「では、僕のお願いを聞いてもらいますよ……京極さんの言葉で僕を恋に落として下さい」
「げっっ……歩趣味悪いな」
「京極さんからこの勝負を持ちかけてきたんですよ。まさか…逃げるんですか」
「…分かった、やるよ」
京極さんは一度大きく深呼吸した。一体どんな言葉をかけてくれるのだろうか。
「歩」
「えっ」
急に顎を掴まれ、京極さんの顔との距離が近くなった。えっ、えっ、そういう感じですか心の準備が…美しい菫色の瞳には自分の顔が映っている。心臓がドクドクと音を立て、向こうにも聞こえているのではないかと心配になってしまう。京極さんはじっと僕の目を見て静かに言った。
「…お前以外見えねえ」
―――時が止まった気がした。失神しなかった自分を褒めてやりたい。僕の心はいとも容易く射抜かれた。
「―――――っつこれでいいか恥ずいって」
「京極さん顔真っ赤ですね。かっこよかったですよー(棒)」
「お前俺のことバカにしてるだろ」
恥ずかしがっている京極さんはずっと僕に背を向けている。実はこっそり録音してました、なんて言ったらますます顔を赤くするだろう。消されたくないから言わないけど。
「ふぅーーーーー…歩、続きだ続き」
「また恋に落としてくれるんですか」
「ちっっげえよさっきのは忘れろ餅の試食の続きだ」
そうして納豆、あんこ、きなこといった残りのトッピングを試食した。まあ先程の余韻にどっぷり浸っていたため、正直この時食べた味はほとんど覚えていない。
「これで一通り試せたな。歩はどれが一番好きだ」
「うーん…餅単体ですかね」
「えってっきり醤油だと思ってた」
「なんでですか」
「だってお前醤油好きそうな顔してるし…」
「醤油好きそうな顔って何ですか」
「…なんとなく」
京極さん、そういう無意識下の決めつけをアンコンシャスバイアスって言うんですよ
「はぁ~~~、食った食った。なんだか眠くなってきちまった…」
「京極さんそんなに食べていませんよね僕のほうが沢山食べているんですけど……って、もう寝てる」
食べてすぐ眠くなるなんて赤ちゃんですか突っ込みたい気持ちは山々だが、スヤスヤと気持ちよさそうに寝ている京極さんを起こす気にもなれず毛布を引っ張り出して京極さんの肩にかけた。黙っていると本当に綺麗だな、なんて思いながら後片付けをする。それからしばらく京極さんの家にいたが、結局京極さんは起きなかった。僕はお礼のメモを残し、餅を一袋持って帰ることにした。
数日後、僕は一人でta-taを訪れ、ギィに餅パーティのことを話した。
「ねえギィ、京極さんのお餅の件ってギィの仕業でしょ」
「…面白いかなと思いまして」
やっぱりそうだ。いくらなんでも京極さんはあんなミスをしない。本当にそうだったら幻滅していた。
「京極さんを困らせないでよね全く……」
「すみません……ですが、楽しまれたのでは」
「…まあ、最高の録音が手に入ったからね」
―――――――お前以外見えねえ。
ああ〜〜〜〜、耳が幸せ…京極さん、ずっと僕だけを見ていてくださいあの眼差しは、永遠に僕のものにしますから