#花流全力_100分 7番目の全力テーマ:"幼なじみ " 花の家族構成捏造しましたけど!
外野がやかましい、練習時間であった。
常であれば流川がほんのすこし身じろぎしただけでざわめき、ドリブルの音にうっとりと耳を傾け、練習のシュートを難なくきめただけで悲鳴のような声を上げる親衛隊の面々が、群れと列をなして密かに騒いでいたのである。
流川に、目もくれずに。
いや、流川のことは注視しつつ、回覧板のように回される『ナニカ』を見ては、昇天しているのだ。
「なんだ、ありゃ」
決して練習の邪魔をしているわけではないのだが、異様な雰囲気につい練習の手が止まる。
新キャプテンの宮城の呟きを聞き止めて、新たにマネージャーになった赤木晴子が「わたし、確かめてきます!」と、鼻息荒く調査にでかけ。
そして、ミイラ取りはミイラになったのだ。
他の親衛隊員や野次馬女子生徒と同じく、ハートの形にして晴子は帰ってきた。
「可愛い……」と、ただ、それだけをつぶやいて。
埒が明かない、と、真相究明に向かったベテランマネージャーの彩子によると、流川の幼少期の写真が出回っていたらしい。
流川の、幼なじみを自称する男の手によって。
幸い、高額の取引などの問題にまで発展しなかったものの。流川の人権や肖像権はどうなるのか、を説いた彩子の言葉を素直に聞き入れた親衛隊のメンバーは、以後その写真の話をクチにすることはなかった。
そのため、桜木花道も、その写真の真相をしらぬまま、事態は収束してしまったのである。
どうやら幼稚園時代の写真であったらしい。
運動会のものであったらしい。
つるんとした膝小僧が、あいらしかったらしい。
らしいらしい。らしいだらけの情報だけが、否が応でも桜木の耳に残っている。
「やい、キツネ。てめー、幼稚園に行っていたのか。俺様は保育園だ。水色のスモックに黄色の帽子で、そりゃぁ可愛いいお子様だったんだぜ」
何故か苛立ちがつのった桜木は、部活終わりのロッカールームで、流川にそうまくし立ててしまった。
流川は瞬きを一つ、しただけだった。
桜木はその態度に大変腹がたったのだが、瞬きをなぐりつけることも、なぜ腹がたったのかの説明もできず、ぐぬぬと呻いて着替えを終えた。
だが、さて家に帰ろうとすると、真後ろをついてくる男がいるのである。
自転車を押して歩く、流川楓の姿が。
「何の用だ! てめーの家は逆方向だろうが!」
「ほいくえん」
「あ?」
「すもっく」
「ハ?」
流川の言動の意味はわからない。わからないが、先程桜木自身が発した言葉が、流川を引き寄せていることだけは、わかった。
流川はそのまま、桜木の自宅までついてきた。招いてもいないのに、我が物顔で上がり込み、きょろきょろと室内を見回す。
仕方なく桜木は、流川が求めているものを押し入れから出してやったのだ。
「ほらよ」
差し出したアルバムを、流川は念入りに眺め始めた。赤子の頃から、順番に。
無言でアルバムに見入る流川との時間を持て余し、桜木はつい解説を入れてしまう。
「これは近所のばーちゃん。駄菓子屋さんやってた。コレは遠足ん時だな。こいつはクラスの仲良し。俺が引っ越しちまったから、今はもう連絡取ってねえけど」
そして全てのアルバムを見終え、『次』と視線で促す流川に、語った。
「それで終いだ。……かーちゃんととうちゃんが、離婚してよ」
父親は、息子の記念を写真に納めるタイプの男では無かった。ただ、それだけのことだ。
流川は何も言わなかった。ただ、桜木が手持ち無沙汰に用意した麦茶を、こくこくと飲み始めた。
やはり時間を持て余してしまった桜木が、離婚の経緯(単なる性格の不一致だ)に、母親とは今も仲良く連絡を取り合っていること。病気療養中の父親に代わり、資金援助を受けていること、等など、一方的に教えてしまう。
桜木は、ふと気付く。流川はこんな話、聞きたくなかったのでは、無いだろうか。
ただ、愛らしい桜木花道の子供時代を、見てみたかっただけなのに。
「……悪かった。つまんねー話、聞かせて」
その言葉に、流川は瞬きを一つして、クチを開く。
「つまんなくねー」
「でもよ」
「俺はお前のこと、何にも知らねえ。から、ちょっと、羨ましかった」
「は? 何で」
「水戸、とか」
「はあ? よーへーとは、越してからの仲だ。あいつも俺の保育園時代は知らねえぞ」
その言葉に何故か流川は、目を輝かせたのだ。
「俺だけか、知ってんの」
「……そうだな。写真見せたのは、お前だけかも」
そこまでを言って、桜木は気付く。
「おい! 次はお前の写真見せろい!」
「なんで」
「何でって……」
だって桜木は、羨ましかったのだ。
流川の幼なじみを自称する男と、彼しか知らない流川のことが。
流川はまた瞬きを一つして。
「いーけど」
と、なんでも無いことのように、言った。
親衛隊には絶対に聞かせられない言葉だと、桜木は思った。
幼なじみでもない男が、幼なじみ以上の特権を手に入れる瞬間は、もうすぐである。