#花流全力_100分 6番目の全力テーマ:"負傷 "「いたた……」
天才桜木花道は、過去に喧嘩においても天才であり、多少の怪我などなんのその。
だが流石に、鋭敏な指のひび割れには、顔をしかめざるをえない。
バスケットボールというスポーツは、指先が命だ。手のひらで行うドリブルだって、指先の加減一つで精度が全く異なる。
それを身体に覚え込ませるだけで、どれだけの時間がかかっただろう。
冬になった今、乾燥した己の手を、桜木は眺める。
毎年、同じ筈だった。多少のあかぎれなどで、困ることも無かった。
(……なぁに、我慢できねえ痛みじゃねえ。背中のアレにくらべりゃ、どおってことねえ。無視だ、無視!)
そう考えて握った拳に、やはり傷は響いた。
「ぐぬぅ……」
呻いた桜木の目の前に飛び込んで来たモノを、桜木は反射で受け取る。
急に投げつけてきた相手に、桜木は怒鳴った。
「何しやがる、キツネ! 天才だから大丈夫だったものの、危ねえだろ!?」
いくら桜木が怒鳴ったところで、流川はどこ吹く風なことが定番のやりとり、だったが。
「どあほう……」
呟いた流川は、肩をすくめて通りすぎずに、桜木の手元を指さしたのだ。
「手入れが悪い」
「なぬ!?」
「使え」
流川はとんとんと、桜木の握った拳をつついた。
桜木が拳を開き、掴んだ品物を見てみると、それはハンドクリームである。
「ボールもバッシュも手も、手入れしろ、どあほう」
ボール磨きは、散々やった。バッシュの手入れは、つい最近宮城に怒られ教わったばかりだ。
だが、手の手入れはしたことがない。そして、その必要性を痛感したばかりの桜木は、やれやれという顔をする流川に、言い返すことができず。
「……仕方ねえ、使ってやる」
と、恐る恐る蓋を開いた。
柔らかく、甘い香りに何故かドギマギする。さて、どれくらいを塗ればよいのだろう? 恐る恐る少量を手に乗せると、あからさまなため息が落ちるのだ。
「すくねえ。もっとたっぷり」
流川の手が、伸びてきた。殴るでも襟元をつかむでもなく、クリームの容器をそっと奪い取るために。
たっぷりのクリームを自分の手のひらに出した流川は「これっくらい」と呟いて、それを己の手のひらで温めた。
「すこし、あっためると、いいらしい」
それから流川は、桜木の拳を握ったのだ。
「!」
驚愕する桜木を気にすることもなく、流川は桜木の手にクリームの塗り込んでいく。
「割れたとこだけじゃなくて、手のひら、全部。つめも」
丁寧に、マッサージをするように、流川は桜木の手をつつんだ。
「……かてー」
流川が呟いた箇所は、手の甲側の指の付け根のことだ。
そこには殴りダコがある。かつての桜木が、喧嘩に明け暮れていたころの、名残であった。殴り、潰れ、治ったばかりでまた殴り。怪我を繰り返すうちに固くなった、不良の拳である。
そこに触れる流川の指先は、硬い。彼の手はなめらかであるのに。その硬さは、流川がバスケットに費やした時間に、比例している。
その差に、桜木は思わず呻いた。
「ナニ」
「……俺の指も、そのうち固くなるからな」
「もう、なりかけてる」
だから、割れやすいのだと流川は言って、クリームを塗った桜木の手を満足げに眺めた。
さて、と離れようとする流川に、流石に何も言わないわけにはいかず、桜木はおずおずと声をかける。
「……ありがとよ」
「ん」
流川は短い返事の後、再びクリームの容器を桜木に投げ渡す。
「やる」
「貢物か」
「この時期になると、靴箱にいっぱい入って余るから」
「ふぬ!?」
それは、親衛隊から流川への貢物ということではないだろうか。
思わず叩き返そうとした桜木の耳に、流川の小さな呟きが飛び込んだ。
「それ、俺が買ったやつ。お前の色」
だから、やる。
思わず目を落とした容器の色は、ピンク色。春の桜が散るパッケージであった。