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    裏稼業Mr.兄弟と🟩と💊🟩の話。
    残された者の気持ち。

    #腐マリ
    rottenMarijuana
    #シグエリ

    星屑の子供「こっちを向いて両手を上に。ゆっくりとだよ」
    「……………………」
    ドクタールイージの要求にエルは無言。しかしながら胸元へ真っ直ぐに向けられる銃口を認識し、エルはドクタールイージの方へ体ごと振り向くと、その言葉に従った。
    肩より上に上げられた両の手の平。それを確認した後に、ドクタールイージは一歩一歩と近付いていく。そのままエルの目の前とまで歩むと、エルの腰にぶら下がっている銃を抜き出して部屋の隅へと投げ捨てた。カツン、と金属が滑る音を背景にドクタールイージは後退し、再びエルから距離を取る。その間、ドクタールイージがエルの胸部へ向ける銃口は一切ブレがなかった。
    「ふん、基礎は出来てるみてぇだな」
    一連の動作を静かに観察していたエルから感心の声が上がる。
    「ただの腰巾着だと思ってたんだが、どうやら違う御様子で」
    「自分で言うのも何だけど、ボクもそれなりの身分だからね。護身術は会得してるのさ。それで、車の鍵はどこにあるの?」
    「車の鍵ぃ?んなもん外の車に刺さりっぱだぜ」
    「わかった。じゃあ、本題に入ろうか」
    ドクタールイージは強い目をして告げた。
    「ルーくんと交わした契約を破棄してもらいたい」
    回転式の小銃を握る両手に力が込もる。
    「ルーくんは君達が更生すると思ってる。キノコ王国へ連れて帰って平和な日々を過ごせば、君達が真っ当に生きる道を選んでくれると信じてるんだ。そんな事、絶対にあり得ないのに…………だってそうだろ?何の疑問も抵抗も持たずに罪を犯したり、笑って人を殺せるような人間なんか、信用出来る訳が無い。ちゃんとした根拠も確固たる証拠も何もないのに、君達のような危険分子を平穏無事なキノコ王国へ連れ込む訳にはいかないんだよ」
    綺麗な青い瞳が猜疑心に埋もれてギラギラと照らされていた。
    「ボクはルーくんの付き人として、事件に巻き込んでしまった者の責任として、ルーくんの名誉と王国の平和の為に、それを阻止しなきゃならない。だからね、『君の口から契約破棄をルーくんへ告げて欲しい』んだよ。それが一番角が立たなくて、一番安全で、一番正しい道だから」
    「一番正しい道に辿り着く為に『一番間違った交渉の仕方』をしてる自覚は?」
    「こうでもしないと君達はボクの話をまともに聞いてくれないだろ。君達の流儀に従ったまでだよ」
    エルの反論にドクタールイージは冷たく返す。
    「言っておくけど、ボクに脅しは効かないからね。もう、覚悟は決めたんだ」
    「だろうなぁ。人様のアジトの武器庫から銃を盗み出し、交渉の邪魔になる御主人様にキツイ薬を盛って黙らせて、挙げ句それらの責任をこっちに擦り付ける言動。こりゃあ〜〜相当覚悟決めなきゃやれねぇ〜〜犯罪行為ですからねぇ〜〜」
    「…………っそうやって人の事を馬鹿にしてればいいさ…………!」
    挑発してくるエルにドクタールイージは歯を食い縛るものの、取り乱す事はなかった。
    「ボクだってこんな悪い事なんてしたくないよ。けどもうそう悠長な事は言ってられない。君達にはキノコ王国の土を踏んでもらいたくないし、ルーくんに纏わりついても欲しくない。だから契約破棄をしたら、君達とはここでお別れだよ。指定場所までの車移動はボクがする。抵抗するなら、本気で撃つ」
    再度構え直した小銃が鳴る。
    「今からルーくんを起こすから、そしたら…………できるね?」
    「まあ、出来るわな」
    エルはさらりと返した。
    「だがな、それをする前にもう少しお喋りしようや。こうして二人きりで話す時間なんてもう二度と来ないんだから」
    「今その必要も時間もな」
    「議論するのがお前らの流儀だろ?ノッてやるから付き合えよ」
    「っ…………」
    自身が先に流儀を口にした以上、それを否定する事が出来ない。唇を薄く噛むドクタールイージに、エルは笑った。
    「さて議論の内容だが、やっぱり契約破棄するかしないかだよな。そしてお前の意見は契約破棄してほしい。そうくれば自然と俺の意見は契約破棄したくない、となる。そんでそれは合ってる。そっちからふっかけてきた話で一仕事終えた後に急になかった事にしてくれだなんて、そんなふざけた話があるか。しかも本人が言ってくるならまだしも、側近の独断決行だぞ。人を馬鹿にするのも程があるぜ」
    口元は善人を気取るが、目は完全に悪人のそれだった。
    「それともう一つ、破棄したくない理由がある。…………破棄したくないと言うより、お前の意見に従いたくないって意味合いの方が強いがな」
    悪逆の瞳が細まった。
    「お前は嘘をついている。俺にも、御主人にも、自分自身にも。そんな奴の意見なんか聞きたくないね」
    「ボクは嘘なんかついてない」
    ドクタールイージは堪らず反論してきた。
    「この事は、これを起こした理由の事は、全部本当だよ。今ここで君達を止めなければ彼にも故郷にも、彼のお兄さんにも影響を及ぼす。そうなったら全世界にも影響を及ぼす可能性がある。それだけは絶対にさせない。ただそれだけだ」
    啖呵を切るドクタールイージ。それを最後まで聞いてから、エルはそっと吐息を吐いた。

    「【スーパースターを死は恐れる】」

    舌から滑り落ちたように吐かれたその言葉は、エルがここまでの半生の間、ずっとずっと腹の奥底に据えていたものであった。
    長い間抱え込んできた言葉だけあってその効果は絶大で、それまで気丈に振る舞っていたドクタールイージを震撼させるには十二分であった。
    「…………君、達…………やっぱり…………!!」
    ドクタールイージは叫ぶ。
    「『SDC計画』の生き残り!!!」
    「…………ぁぁ」
    唇の隙間から吐息が漏れた。
    「その名前は何年経っても、本当にトサカにくるぜ」
    滲み出る怒りをそのままに、犬歯の鋭さを遺憾無く発揮するままに、エルは強く嗤って魅せた。

    ●●●●

    「スーパースター。それは芸能やスポーツ界などで活躍している大スターや、際立って優れている人を指す言葉。…………なんだが、キノコ王国では少し特別扱いされてる言葉。そうだな?」
    「っそうだよ…………」
    エルの質問にドクタールイージは答えた。
    「キノコ王国におけるスーパースターを指し示すものは、文字通り『星』だ。百年に一度か二度の周期で大地に降り注いでくる、夜空を彩る『星そのもの』を指す言葉。しかも丸いものなんかじゃなく、きちんと星型をしたものがね。この現象は今のところキノコ王国にしか見られないもので、天文学者なら誰しも一度は研究対象にする現象であり、堕ちた星が集まる『星の降る丘』は死ぬまでに一度は訪れたいと必ず口にする、憧れの場所だよ」
    「そのくらいは俺も知ってるぜぇ。デケェ隕石があちらこちらの地面に突き刺さってるっつーおっかねぇ場所だってな。テレビで見た」
    ドクタールイージの説明に同意するようにエルはうんうんと首を縦に振る。
    「だが、俺が言いたいのはそっちじゃあねぇなァ…………」
    瞑目していた瞳を開く。その視線はねっとりとドクタールイージに絡みつく。
    「『数百年に一度、大地にぶっ刺さる運命だった星が何故だがどうして行先を変え、子を孕む母の胎内に落下し、その結果、生まれながらして異端の力を宿した赤ん坊が生まれてくる』。それがキノコ王国におけるスーパースターの真の意味合い」
    「……………………」
    エルの言葉にドクタールイージは今度は答えられない。だからエルの言葉は続く。
    「これはキノコ王国が建国された時から脈々と受け継がれている伝承であり、同時に徹底的に隠されてきた伝統である。そして今回、異端の力を会得するに選ばれたのはあの双子…………デビュー当時から今日まで衰え知らずの人気者、全世界を魅了する銀幕の大スターであり世界有数の超一流セレブ、『赤い英雄』と『緑の貴公子』の二つ名を持つ、マリオとルイージである。だろ?」
    「……………………ボク、君の事、学のない野蛮な人だと思ってたけど、訂正するね…………」
    ドクタールイージは息を吐くように少しだけ笑った。冷笑であった。
    「それを知っているなら、ボクの正体にも勘づいてる?」
    「まあな」
    エルも微笑む。同系統の微笑みであった。
    「異端の力を探る為、もしくは異端の力を持つ者に取り入る為に、自分を付き人の一人になれるよう仕組んで近付いたストーカー野郎ってところかな」
    「…………正解…………と言っても、半分だけ正解ってところかな。それはボクだけの意思じゃないから」
    正体を暴かれてもドクタールイージの目は未だ理性的ではある。
    「異端の力、ボク達の間では『星の力』って呼んでるんだけど、キノコ王国には代々それを専門に研究している機関があるんだよ。他国に知られてはならない、キノコ王国の誰も知らない知られてはならない、超極秘機関がね。プリンセスにも秘密だから、秘密結社って言う方が合ってるかな?ボクはそのメンバーの一人さ」
    理性的ではあるが、そこにある温もりは冷え始めていた。
    「そこでは星の力を持って生まれた者が現れると、その周りは全て組員で固められる。その中でも血筋であり親しい間柄であったボクが、最重要役職である専属医師の任に就いたって訳」
    「対象に直接触れられる唯一無二の役割だから名誉があるって?」
    「そうだよ。だって星の力を持つ者は皆一様に妙に勘が鋭いものだから、少しでも不安が残る者に体を触らせたがらないんだよ。そんなものだから専属医師候補者選びにすごく苦労したっていう過去の記録が残ってるくらいだ。だから『今回は君がいてくれて本当に助かった』と何度お礼を言われた事か」
    「そらよかったな。俺からも賛辞を贈ってやるよ」
    「どうもありがとう。『星の力』は正しく『未知の力』。大袈裟に言うなら『神の力』であり、俗物的に言うなら『人外の力』。そんなものに人智の力のみで挑むのだから分析・解析にはとても時間がかかるし、あらゆる状況のデータが足りなすぎる。だからどんな些細な出来事でも取りこぼす事が無いように、メンバーが側に付いて本部に報告するのさ」
    「裏組織、しかも国家ぐるみの監視環境か。髪の毛一本二本掠め取るってレベルじゃねーな」
    「彼ら二人の身体的データは何か変化があれば逐一報告しているし、六ヶ月に一回の健康診断時に原子レベルで常に最新のモノへ更新されてる。髪の毛の一本二本なんて、今更の話だね」
    「おいおいやっぱりストーカーで合ってるじゃねぇの。しかも救いようが無い程の。なぁ〜にが秘密結社だよ、カッコつけんなや」
    挙げている手の高さはそのままに、手の平をヒラヒラと振ってエルは呆れた声。
    「…………そんで、お前ら変態結社の目的はなんだ?そこまでして異端の力を研究してどうしたい?何がしたい?」
    はぁ、とため息を吐き、再び粘つく視線を向ける。
    「『良くある答え』か?」
    「違う」
    エルの語尾に被せるように、ドクタールイージは即座に反応。
    「ボク達は戦争なんかこれっぽっちも望んでない。それを無くす為に、対抗する為に、癒やす為にこれまでずっと研究を続けてきているんだ。偉大なる先人方が紡いできた一途な想いを無下にする発言はやめてほしい」
    ドクタールイージの声は固く、目は鋭い。そこには先程消えかけていた温もりの光が息を吹き返していて、彼のその反論に嘘偽りも疑念も無い事が伝わってくる。
    「星に選ばれた者の事をキノコ王国では『スターチャイルド』と呼ぶ事もあるんだけど、彼らの身体的データは驚異のものばかりなんだ。運動神経、反射神経、体力、精神力、回復力、生命力…………それのどれもこれもが一般のそれと全く異なる。一言で言えば『元々の土台が違い、かつ常時全ステータスにバフ効果が掛かっている状態』さ。そしてそれを可能にしているのが、歴代のスターチャイルドが共通して持っていたもの。それが『スター遺伝子』。ボク達の研究対象だよ」
    ドクタールイージの目から力はまだ抜けない。
    「どうして父も母も持たない遺伝子を持った子が生まれてくるのかはわからない。けど、その遺伝子には多くの可能性が秘められているのはわかってる。その遺伝子を上手く扱う事が出来れば、一体どれだけの社会的弱者が救えるか…………。理論上、スター遺伝子を使えば不治の病に侵された人だって、神経麻痺によって歩けなくなった人だって、生まれながら五感が欠けてしまった人だって、治せるんだ。スター遺伝子は人類が持つ様々な障害に対する【万能薬】になれる可能性を秘めてるんだよ」
    「お前のその言い分だとだいぶ古い組織のようだが、そんな昔からずっと研究し続けてきたくせにわかってる事が『可能性を秘めている止まり』なのかよ。こりゃ変態結社じゃなくて、税金泥棒結社だなーあ?」
    「君は研究というものがどれだけ精密で緻密で時間のかかる作業なのかわかってない、あまりにもわかってない。さっきも言ったように、スター遺伝子は未知そのものなんだ。安全と危険の、その境界線は一体どこまでなのか、手探りをしながら扱っている謎の多すぎる物質なんだよ。それに研究機材は年々進捗して、それらを使って研究する度にまた新たな発見があり、新たな疑問や疑念が生まれてくる。それらの研究も同時にやってるんだ。可能性があるとヒントがわかっただけでも凄い事なんだよ。結果が出てないなんて、そう簡単に言わないでほしいね」
    「その身を持って痛感してるくせに。って?」
    ぽつり、エルがそう呟く。
    それを聞いたドクタールイージの様子は一変する。エルを力強く睨んでいた目は横に反れ、論争を繰り広げていた口はゆっくり閉口。そこには余分な力が込められていて、唇が歪んでしまっていた。
    「…………異端の遺伝子がとんでもない力を秘めてるのはわかった。人間の身体能力を底上げさせる力を持つ事はわかった。それを何とか利用出来るようにして、身体を壊しちまった人々、元々の身体が悪い人々を治せないか救えないかと考えてるのもわかった。そしてそれは理論上実現可能っていうのもわかった。ソレに向けて日々是精進しているのもわかった。…………ならどうしたって、『実験』は避けられない」
    「ボク達の研究はまだその段階まで辿り着いていない!」
    言葉が堰を切る。
    「言っただろう。解決しなきゃいけない問題が山積みなんだって。家畜や農作物とは訳が違うんだよ。仮に問題を全て解決したとしても、その時がきたらちゃんと患者さんと話し合って、理解して貰って許可を貰って、それから万全の態勢を整えてから処置するさ。『臨床試験』ならまだしも、人権無視も甚だしい『人体実験』なんて恐ろしい事するものか!」
    「お前の周りの奴らはな」
    猛反発するドクタールイージにエルはまた呟く。
    「だが、それ以外の者なら?」
    ぽつりと呟く。
    「…………異論者にはそんなやり方、甘ったれの糞坊主の主張にしか聞こえなかったんだろうよ」
    「っっ!!」
    再び閉口し、唇を噛み締めるドクタールイージ。
    見事なまでに図星を指された時の顔だった。
    「年々機材が入れ替わると同じく、人間も年々入れ替わっていく。そうなりゃ同じ組織内でも、考えの方向性の違いが出てくる。所謂『派閥』ってヤツだ」
    エルは容赦なく追い詰めていく。
    「どーせ、行き詰まり気味の研究に対して『人体実験推奨派』と『人体実験反対派』で揉め始めたんだろ?組織っつーのはデカくなればデカくなる程、古けりゃ古い程、歪みや軋みが出てくるもんだからな」
    「…………知った様な口振りを…………」
    「俺達はそういうところに漬け込んで今まで食い繋いできたんでね。よ〜く知ってるぜ」
    「……………………」
    「それで、反対派は推奨派を抑えきれなかったと」
    「…………違う。ちゃんと抑えられたんだ。司令は推奨派を切り捨てた。組織から追い出したんだ。…………けど、その時にスター遺伝子の一部を盗み出されていて…………」
    「それを世間じゃ抑えきれなかったって言うんだぜ」
    「……………………」
    黙り込んでしまったドクタールイージ。
    だからエルの言葉を止める者がいなかった。
    「推測するに、追い出された推奨派は盗み出した遺伝子を使って、どっかで細々と研究を続けてたんだろうなぁ。だが本部から切り離されたもんだから、資金がない。となれば推奨派は一刻も早く安定した資金を調達しなければならない。その為に一番手っ取り早い解決方法はぁ〜、まぁ〜、スター遺伝子をダシに他国に乗り込んで資金提供の交渉かねぇ?そんでそれは成立しちまって、推奨派は立派な研究所と大層な資金を得られ、ついでに新たな研究仲間も参戦してくれ、至れり尽くせり…………」
    エルは一旦言葉を区切り、ドクタールイージを見据える。
    「なあお前、さっきスター遺伝子は危険だって言ってたよな?何がどう危険なんだ?教えてくれよドクター?」
    「……………………拒絶反応…………」
    ドクターは重い口を開いた。
    「…………遺伝子とは言ってるけど、それは便宜上であって、それの正体は『人類が知り得ない不可思議な化学物質』。だから治療法としては『操作』じゃなくて『移植』になる…………だから対象が人間じゃなくても実験自体は出来るんだよ。というか、やってきてるんだ。毎日毎日、手を変え品を変え、実験動物にスター遺伝子を移植して、その反応を観察する…………んだけど…………」
    ドクタールイージの顔は悲哀に歪んだ。
    「今まで移植手術を受けた動物は、一日持たずに全て死んでしまっている。スター遺伝子の強すぎる力に、従来の細胞が堪えられなくて破壊されていくんだ」
    哀憐に歪んだ。
    「サルでも駄目だった…………どうしても酷い拒絶反応が出てしまって、身体が内部から崩れていってしまう…………生体反応として免疫がスター遺伝子を攻撃して返り討ちに合い、そのまま他の細胞までも壊されていくんだ。まるでドミノ倒しのように。ステロイド注射も免疫抑制剤もまるで歯が立たない。どうしてもどうやっても、スター遺伝子は他者の身体に馴染んではくれない…………!」
    「だから絶対に失敗すると目に見えている人体実験など、到底認められるもんじゃあなかったと」
    「そうだよ!だからボク達は必死になって彼らを止めたんだ!こんな事を容認したらとんでもない数の人々が犠牲になるって!」
    ドクタールイージは叫び上げる。
    「スターチャイルドに選ばれるのは生後四週間から七週間の胎児と決まってる。そこで身体を丸ごと作り替える為に。完全変態する昆虫のように『胎児の中身をスター遺伝子の力に堪えられる特別な肉体へと、細胞から神経から、何から何まで全て人類の常識を越える進化をさせる』んだよ。だから土台が違うのは当たり前な話なんだ。それがスターチャイルド、スーパースターの身体能力の高さの正体…………それは向こうもわかっている筈、わかっていた筈なんだ!迎え入れる下準備も、受け入れる強化も何も出来てない一般の人間にそのままスター遺伝子を移植しても成功する筈がないって!『適合者なんて絶対にいる筈が無い』んだから!!」
    ドクタールイージのそれは最早慟哭に近かった。それは今まで地道に築き上げてきた汗と努力の結晶からくる確信であったからだ。大変危険である事は重々承知だが、だからと言って棄てるのはあまりに勿体無く、そして希望に満ち満ちているもの。それをどうにか無害にする事は出来ないだろうか、無害といかなくても出来るだけ脅威を削ぐ事は出来ないだろうか、それに対抗・抑制出来る手段は無いだろうか。それはドクタールイージが机に齧りついて追い求めてきたものであり、だからこそ今の科学レベルでは『発見し得ないもの』だと判明しているものであり、それは今までの半生を掛けて断言出来る、確証たりえる事実だったからだ。
    「ひっでぇなァ」
    エルはそう嘆く彼の前に立ち、こう言ってやる。
    「目の前にいるのに」
    「ぅぅぅぅ…………!!!」
    エルの言葉にドクタールイージは歯を食い縛って唸り声を上げた。
    「スターチャイルドから採取したスター遺伝子を使い、人間を無理矢理進化させて新人類を造る。それが【スター“ダスト”チャイルドプロジェクト】。通称【SDC計画】。…………星の子供の子供だから【星屑の子供計画】。ハナから屑扱いとはねぇ。ハッハッハッ!」
    両手を広げ、エルは一笑。
    「喜べ糞坊主!!お前らの研究は実を結んでる!!結果を残したのはお前らの方じゃあねぇけどなァッ!!」

    ●●●●

    一頻り笑った後、エルは無抵抗の意思を解いて両手をだらりと下げてしまった。けれどそれを咎める程、ドクタールイージにはもう心の余裕がない。上げっぱなしで疲れた腕をぶらぶらさせながら、エルは語り始める。
    「色々を教えてもらった礼に、俺達が一体どんな目に遭ってきたか教えてやる。失われてしまった研究の被験者の貴重な体験談だ。心して聞け」
    振っていた手を止め、左手は腰に起き、右肩だけを竦めるポーズを取った。
    「まずは推奨派の末路を聞かせてやろう。奴らはお前らによって国外追放される程に人道を外れた者達扱いされているが、その根っこは【人類皆兄弟】を本気で謳ってる平和ボケ王国の民だ。他国民による『本物の悪意』や『終わりなき欲望』に触れてその思考に染められたか、はたまた絶望して心を折られて去っていったのか、もしくは用済みとして処分されたか、とにかく各々ろくでもない終わりを迎え、スター遺伝子の研究は資金提供相手の他国に完全に乗っ取られたんだよ」
    多様性組織のメリットは意見や発想の偏りを防ぐことが出来る事である。しかしそれは『自分とは異なる特性をもつ人々が互いを認め合っている』事が前提であり、その心意気が両者平等に存在しないなら、弱者は排除されるだけだ。
    「奴らは研究対象を子供に絞った。体が完成されている成人より、成長途中である子供の体の方がまだ成功率は高いと踏んだんだろうな。ああ、ちなみに真っ先に手を付けたのは胎児だったらしいが、人工的に施すと何度やっても母体が先に御陀仏しちまって駄目だったみてぇだぞ。…………そんなこんなで、俺ら孤児共はモルモットとして研究所に運ばれてきた。そして説明も何も無しに、スター遺伝子を体の中へと埋め込まれた。するとどうなったと思う?なァ?」
    「…………発熱、悪寒、吐き気、疲労感、筋肉痛、急激な血圧の変化…………その他、移植手術した際に起こる各臓器毎の急性拒絶反応症状…………」
    「それが全部出た」
    「…………!!?」
    「安心しろ。その頃は殆ど意識不明状態で寝たきりだったから痛みも何も感じてねぇよ。実際、その事を知ったのは後々になって探し出した自分のカルテを読んだ時だしな」
    エルの頭の中には、断片的かつ全てが曖昧で何とも言い難い光景を見た記憶がいくつかある。それらは恐らくこの頃に途切れ途切れに戻った意識が見たものだろう。
    「この時点で拐われた子供の大半が死に、スター遺伝子による体の作り替えを無事に乗り越えられたのがその半数、容態が安定するまで何とか回復する事が出来たのがそのまた半数…………耐えきってみせたのは全体数の約一割もいなかったらしいぞ」
    そう語りながら人差し指を立てる。
    「その貴重な一割の中でも、後遺症だの何だので一人また一人と脱落していって…………本当の意味で生き残れたと言えるのは、俺とシグマの二人のみ」
    人差し指を立てたまま、中指も同じく立てる。『二』を示し終え、二本の指は折り畳まれた。
    「それからは実験だの検査だの、楽しい楽しい監禁生活の毎日さ。お前は全裸にひん剥かれて診察台の上に張り付けにされ、大の大人に周り囲まれて過ごす時間の惨めさを知ってるか?意識を保ちながら腹を裂かれ、脳をこじ開けられる感覚は?明らかに糞取り用の器具が設置されてる便座に座らなきゃならない屈辱は?採血なんて何十回取られたかわかったもんじゃねぇわ。睫毛一本、抜けた乳歯一つだって研究材料として持ってかれていく。実験だって、こっちには何の一つも説明も無しにわけの分からん機材の前でいきなりアレをやれコレをやれとスピーカー越しに命令され、終わったら終わったで『退室を許可する』の一言だけ。素手でライオンとトラに対峙させられた事だってあるのに、労いの言葉なんて一言も聞いた事なんかありゃしねぇ。ベッドが一つあるっきりの何もない、娯楽も何にもない、窓すら無い部屋に一人っきりで閉じ込められ、必要になったら呼ばれて部屋を出入りするだけの生活。食事内容も運動量も睡眠時間も徹底して管理下にある生活。得体のしれない注射やら、錠剤やら、点滴やら、一体いくつ味わってきた事か。我慢ならずに声を上げれば、奴らはへタックソな作り笑いを貼り付けて近寄ってくる。そんで猫撫で声で、決まってこう囁くんだよ。『大人の言う事をよく聞いて、いい子にしていればすぐおうちに帰れるよ』ってな。よく言うぜ。こっちがいつ暴れ出してもいいように、常にテーザーガンを懐に隠してたくせに…………」
    エルの呪言は続く。
    「…………挙げ句の果てがこのツラだ。人の顔を勝手に作り変えやがった。奴らは『俺達の顔を丸っと全部、他人の顔そっくりに整形手術しやがったんだ』。勿論、俺達には一切合切告げられることなくな。…………わかるか?麻酔から目が覚めて、不意に渡された手鏡を覗いたら、全く赤の他人の顔が映り込んでいた時の衝撃が。輪郭や鼻の作りは勿論、髪色から瞳の色まで丸々全部だぞ?あの時ほどのデケェ悲鳴を上げた事は、未だにねぇなァ…………」
    炎炎と続く。
    「それだけじゃない。顔だけじゃ飽き足らず、身長と体格まで弄り回された。体重もそうなるべく食事制限されてな。…………ここまで手の込んだ事をしたんだ。何かしらの絶対的な意図があった筈なんだろうが、どうせ汚ねぇ大金絡みの、ちり紙に包んでゴミ箱に投げ捨てたくなるくらいのくだらねぇ理由だろうと思って探ってねぇんだわ。知った瞬間、体中の血管全部ブチギレる自信があるからよ」
    怨嗟へ繋がる。
    「ところでお前は開始一番に『君の名は今日から【L】と改名した。よろしく、Lくん』と言われた時、全く反応出来なかった俺を返事をしろ!と叱る方か?それともだんだんと慣れていこうね!と慰める方か?俺の体験談からすると、やっぱり前者は男、後者は女が多かったな。でもお前はナヨナヨしい所を見るに慰める方一択だろうなァ?」
    終焉を迎える。
    「…………そんな、楽しい楽しい監禁生活からどうやって抜け出したかってーと、なんて事は無いだなコレが。一番確実で安定で手っ取り早い方法を取ったってだけで。っても、俺は何もしてねぇけど」
    堕落へ向かう。
    「シグマが全部、施設内の研究員全部、一人一人殺して回ったんだよ」 
    血赤に染まる。
    「凄かったぜぇ。いつもみてぇに部屋から連れ出されてクソ共と一緒に廊下歩いてたら、目の前に青い患者服を真っ赤に染めてたナリのちいせぇ野郎が立ってた光景は。両手に握ったメスからぽたぽた鮮血を滴らせ、とんでもないスピードで動いたと思ったら、次の瞬間にはクソ共の頸動脈を掻っ切ってんだよ。アレは今思い返してもわけが分からん。そのまま廊下を駆け抜けていって、出合い頭に次々にクソ共の命を刈っていくあの姿。お前にも見てもらいたかったね」
    腐敗に塗れる。
    「シグマがどうして暴れ回ったのか、理由を俺は知らねぇ。俺達は別々の部屋に閉じ込められてたし、データを取りたい時だけしか面会は許されてなかったから。本人もろくに覚えてねぇみてぇだし、真相は闇の中だ。けど、武装してた筈の研究員共がどうして全滅したのかは知ってるぜ。あいつら、俺よりスター遺伝子に適性があると判明したシグマにスター遺伝子をどんどん移植しまくってたんだよ。結果、シグマの肉体は麻酔も電気ショックも効かない強靭さを手に入れ、そのおかげで研究員達は抵抗する手段を失い、最期は自滅…………。因果応報、自業自得ってのはこの事だぜ!ハハハッ!」
    闇夜に溶ける。
    「…………研究所を抜け出した後の事はまあ、今と大差ないな。暗がりに紛れて人を襲って殺して金を奪って飯食って寝る。その繰り返し。ああでも、飲食店のゴミ箱漁る必要が無くなったくらいには、生活の質は向上したとは言えるか」
    長々と己の半生を語ったエルはそう締め括った。それからドクタールイージへ問うた。
    「以上で俺の体験談は終わらせてもらうが、ご感想は?」
    「………………………………………………………」
    感想と聞かれても。
    「………………………………………………………」
    言葉にならない。
    ドクタールイージが、人体実験反対派が危惧していた事が、全て起きてしまっていた。
    スター遺伝子を克服出来る人類はいない筈なのに、それが今まさに目の前にいるという矛盾。
    この矛盾を生み出す技術を会得する為だけに、世界中の子供達が何十人何百人と犠牲となっていった事が、ドクタールイージは手に取るようにわかる。
    わかるからこそ、言葉が出ない。
    「…………ボクらの判断は正しかった…………間違ってなかった…………」
    どうにか言葉を絞り出し、ドクタールイージは顔を曇らせながらエルに向けていた銃を降ろした。覚悟などとっくに消えてしまっていた。
    「本当は…………本当はボクは、君達をここで射殺しなきゃならないんだ。それが司令からメンバー全員に下されたマニュアル。君達二人は『いてはならないもの』と判断され、遭遇したら早急に殺処分するようにと言われてる。…………でもそれは、やっぱり、出来ないよ…………君達に罪は無いもの」
    眉間に深く深く皺を寄せて項垂れるドクタールイージ。小銃を握っていない手は空を掴み、握り潰す。
    「要求を変更する。キノコ王国へ連れて行けないのは変わらないけど、契約は破棄しなくていい。君達には受け取る権利がある。あと、話してくれたそれを組織に持ち帰って、司令に処置の見直しを検討してもらう。殺処分じゃなくて他に、保護でも何でも、別の道がある筈だ。そしてそれにボクは尽力する。当然反対意見のメンバー達もいるだろうから、それはボクが説得する。納得して賛同してくれるまで、何度でも説得してみせるよ」
    下がっていた頭を上げた。
    「それに、君達の失った過去はボクが探し出す。君達の本当の姿も、本当の名前も、生まれ故郷も、全部。なんなら君達のお父さんとお母さんも一緒に探し出してあげるよ。何年かかるかわからないけど、絶対に!」
    「…………ああ、そうかい。そりゃ頼もしいね…………」
    ドクタールイージの熱意ある視線を浴びながら、エルは静かに返した。
    「けどな、大切な事が一つ、抜けてるぜ」
    そう言ってきたエルの瞳は冷えきっていた。
    瞳の底から凍りきっていた。
    「『ごめんなさい』は?」
    そう言い切る前にはもう、エルはドクタールイージの真ん前にまで移動を終えていた。
    「えっ!?」
    ドクタールイージは目を見開いて驚愕する。彼と自分の間には少なくとも腕一本の間合いがあった。なのにその間合いが知らぬ間に潰されている。何の仕草も予備動作も無く、ふらりと自然体で前へ出てきたエルに、戦闘の素人であるドクタールイージは反応どころか認識すら出来ていなかったのだ。
    大慌てでドクタールイージは銃を握る右手を動かすが、あまりにも遅すぎた。
    エルはなんなくドクタールイージの右手首を左手で鷲掴んで固定。右手はドクタールイージの首をスカーフの上から掴み、そのまま片腕一本で大の大人を床へと押し倒した。
    鈍い音が鳴る。
    「っあ"ぁっ!!」
    受け身なんて取れやしない。頭を打たないように手を差し込む事すら出来ない。後頭部から響く痛みと背中全体から響く痛みにドクタールイージは苦悶の声を上げた。
    その顎下。
    右下辺りに固い物を強く押し付けられる感覚。
    「人に迷惑をかけたらまず『ごめんなさい』って謝るのが常識だろォが。オイ」
    床に倒れるドクタールイージにのしかかり、奪い取った小銃を左手に握って、そのまま引き金を引けば一発で命を奪える箇所にあてながらエルは呟く。
    その赤い筈の虹彩は、真っ黒に塗り潰されていた。

    ●●●●

    床に伏せられ、その上にのしかかられて全く身動きが取れない。そこへ殺気も含まれて睨み付けられたら殊更であった。
    「何が自分達は正しかっただ。何が間違ってなかっただ。何もかもが違ぇだろうがよォ…………全てが間違ってる事に気付かねぇのかよ…………」
    部屋の明かりの逆光を浴び、ドクタールイージを見下ろすエルの顔には濃い影がかかっている。
    そこから覗く虚ろ目は、積年の恨みに満ち満ちていた。
    「てめぇの都合の事ばかりべらべら話しやがって。聞いてねぇんだよそんな事。事の始まりはてめぇらがクソ共を止められなかったからのくせしてよぉ…………本気で止めたかったんたなら、そいつらを殺すべきだったんだ。『秘密結社』と名乗るなら、離反者が出た瞬間にさっさと始末するべきだったんだ。それぐれぇの覚悟を持って挑むべきだったんだ。それをてめぇらは何だ?国外追放?機密情報を知る人間を?何のペナルティも無しに?本当、平和ボケもいい加減にしろ。そりゃ情報を盗み出されて当たり前だわ」
    じっとドクタールイージの目を捉えて離さない。
    「てめぇらがどれだけ人類の将来を願って活動してるか知らねぇけどな、甘いんだよ。やる事なす事全てが。その結果が『コレ』だ。『大量殺人』、『虐殺』、『人権侵害』、『尊厳破壊』なんだわ。それを知っておいて尚一言も謝りもしねぇでよ。挙句の果てには殺処分だの処置の見直しだの保護だのと…………どの目線で物を言ってる?一体どの立場から物事を言ってるつもりなんだてめぇは。全裸で土下座して床に額を擦り付けて靴を舐めながら泣いて許しを請うて、こっちの要求にただただ首を縦に振るのが正しい立場だろォがァ?ァあ?」
    「ッ、い"ぃ…………!!」
    どんどんと重みを増していく声に比例して、首を掴む右手にも力がこもっていく。ギリギリと気道を圧迫される苦しみにドクタールイージは唸り声を上げるが、今のエルにそんな事は全く見えていない。見ようとしていない。そんな状況下でドクタールイージは必死に舌を回す。
    「っ要、求って、何を、望む、つもり、だよ…………っ!」
    自由になった両手で自身の首を絞めてくる右手に抵抗する。何とか空けた隙間から入ってくる酸素を使って言葉を繋ぐ。
    「まさか、組織のメンバー全員を、殺したいから、連れてこいって、言うんじゃ、ないだろうな!」
    「それは要求を飲まなかった時の結果だな」
    「結果…………!?」
    「そうだ」
    そう言って、エルは要求を口にした。
    「スター遺伝子の研究を廃止しろ。でなければ研究に関わった人間を全て殺す」
    それはこの空気が張り詰める状況には似つかわしくない程に静かな囁き声だった。
    「さっき、スター遺伝子に堪えられなかった脱落者って言ったよな。そいつらはまだ生きてんだよ。自己を失って生きる屍になって生きてんだよ。そして未だ実験材料として利用されていたり、横流しされて武器人間として改造されマニア共のコレクションにされてたりしてんだよ。俺ら二人も一歩間違えればそいつらと同じ運命を辿る所だったんだ。…………お前らの玩具にされんのはもう御免だ」
    エルは体を曲げ、ドクタールイージへ顔を近付けて再び囁く。
    「できるな?」
    「……………………」
    最終告知とも取れるエルの言葉に。
    「…………それは、できない…………!!」
    ドクタールイージは反抗の意を示した。
    それに対し、エルはすぐには言葉を返しては来なかった。だが目元が瞬時にピクリと動いたのをドクタールイージは認識しながらも、言葉を続ける。
    「君の話を聞いたのに、第一声で謝らなかったのは、本当に悪かったよ。気が動転していたとしても、酷い対応だった。ごめんなさい。君達には、子供達には、本当に悪い事をした。全てはボク達が、彼らを止めきれなかったのが、全ての原因。責任は、ボク達にある。本当に、ごめんなさい。でも、それでも、それだからこそ、スター遺伝子の研究を、廃止する事は、出来ないし、したくない。するべきじゃないし、ボク達は、やり遂げなきゃ、ならない」
    息苦しくて生理的な涙で歪む視線をエルへ向け、ドクタールイージは必死に訴えた。
    「スター遺伝子は、確かに恐ろしいものだよ。いつになったら使いこなせるようになるのか、未だ見当もつかない、危険物質さ。でもそれ以上に、人類にたくさんの希望をもたらしてくれる、ものなんだ」
    堪えきれずに流れ始めた涙。
    それでもドクタールイージは訴え続ける。
    「スター遺伝子の能力は、身体能力を向上させるだけじゃない。移植した先の気質を、穏やかにさせる力もあるんだ。君みたいに攻撃的な人間を、穏やかで優しい人間に変える事が出来る。人を想いやり、慈しみを持つ人間に変える事が出来る。それの意味がわかるかい?生まれながらにして精神異常を抱える人々を、正しい精神へ治せる。裏社会に身を染めた人々を、表社会へ復帰させられる。世界中の人間に互いを想いやる心を宿せられれば、経済格差も、人種差別も、戦争も、全部無くなる。つまり、世界平和だよ。人類の誰もが一度は夢に願った、切に願った、神に願った、世界平和の実現が他ならない人類自らの手で可能になるって事なんだよ!」
    ドクタールイージの声は上擦り、涙を流すその瞳はどこか遠くを見つめている。
    それはきっと『自分達の手で答えを導き出し、万人の手を借りてようやく作り上げられた、完成された幸せな未来の世界』だ。
    「彼らは、早すぎただけなんだ。人類の未来を想うがあまり、事を急ぎすぎただけなんだ…………そのせいでとんでもない事をしでかしてしまった…………その事は本当に申し訳ないって思ってる。でも、ボクにはその急く気持ちが痛い程わかる。心をズタズタにされるくらい、彼らが悲しんで後悔している事だって、わかる。だからこそボク達は、その意志を継ぐボク達は、研究を止めるなんて選択肢は、あり得ないんだ…………」
    そう言ってドクタールイージはほろほろ泣く。
    「犠牲無くして科学の進捗は無い。ボク達は君達を糧に前へ進む。ごめんね」
    「ッさっきから黙って聞いてりゃあ、このキチガイ野郎共が…………ッッ!!!」
    エルの体が震えていく。
    「気質を変える能力?ああ知ってるさ!知ってるとも!そのせいでシグマはめちゃくちゃにブッ壊されたんだからな!!」
    エルは吼えた。
    全身から煮え滾る怒りのマグマが噴き出しそうだった。
    「シグマの肉体はな、スター遺伝子に対して俺より耐性があったんだ。それを知った奴らは嬉々としてシグマへどんどんスター遺伝子を移植していって、最終的にシグマは基準値の五倍ものスター遺伝子の量を体内に宿す事になった。そのおかげであいつどれだけ酷いケガをしても二日で治るような驚異的な生命力やら、野生動物のように鋭く正確な五感やら、危険薬物に対する完全耐性やら、人間を軽く凌駕する力を会得した。【死が恐れをなす程の強靭な肉体を持つ新しい人類の誕生】。これはある種の成功だろうよ…………けどな、それは肉体のみだ。スター遺伝子の恩恵を受けられたのは肉体のみだった!精神は堪えられなかったんだ!!」
    ぎりぎりと歯が鳴く。
    「肉体が強化されるにつれ、シグマの心はどんどん死んでいった!!スター遺伝子の気質を変化させる能力がシグマ本来の気質を殺していったんだ!!わかるか?!面会の回数を重ねる度に性格が変わっていく兄弟を見守る事しか出来ない俺の気持ちが!!唯一の家族が全く知らない別人になっていくのに何も出来ないこの俺の気持ちが!!」
    …………本来のシグマは、あんな大人しく物静かな性格ではなかった。自分と同じく激しい気質の持ち主であった。故に軽口の言い合いが度々殴り合いの喧嘩に発展しては、孤児院の先生に止められたものだった。
    そんなのだから孤児院で周りの子供からは疎遠され、二人は行き場が無く、故に二人でつるんでいたのだ。正しい事も悪い事も、必ず二人でやっては褒められたり怒られたりしたものだった。
    互いの事を理解出来るのは互いだけ。
    だからきっと大人になっても二人で喧嘩をしながら生きていくんだろうと思っていたのに。
    「今のシグマはな、スター遺伝子によって書き換えられた気質にほんの僅かに残った本来の気質が混じった、別人だ。そこに奴らが自分達の保身の為にシグマの脳へ植え付けた思考抑制機能の影響による言語障害と、度重なる実験の後遺症で人格障害と記憶障害の両方を起こして過去の記憶までトンじまって、もうあいつの中身は元に戻せない程にぐっちゃぐちゃなんだよ。正しく【Σ】っていう別人になってんだよ。俺の全く知らない別人になァ!」
    今にも頸椎をへし折りそうな右手を、今にも引き金を引いてしまいそうな左手を押さえ込みながらエルは笑った。
    「ちなみになァんで俺だけは性格が変わッてないと思う?それはな、スター遺伝子の力が上手く発揮されてねェからさ。適合は成功して肉体も強化はされてんだが、その恩恵は中途半端で人の域を出ていない。今も尚、お星の力は俺の腹の奥底で眠ッてんのさ。それがちャんと目覚めてくれた日にャあ肉体強化率は更に上がり、薬に対する耐性が極端に低いという実験の後遺症も治るんだが、その代わりに自我が崩壊していッちまう…………クククッ、何とも笑える話だろ!!なァ!!ハッハハハハハハッ!!」
    悪魔のような嗤い声を上げ、エルは呆けた顔で泣くドクタールイージに再度問いかける。
    「お前らのやろうとしてる事はこういう事だ。こういう行為だ!!それでもまだ世界平和だの言うつもりか!!」
    「そうだよ。それがボク達のやろうとしてること。それの何が悪いの」
    さらさらと涙を零しながらドクタールイージはそれを肯定した。
    「『やらない善よりやる偽善』って言葉知らないの?ボク達の進む道が決して皆から認められるものじゃないって事くらい、知ってるさ。でも力を手に入れたいって思うでしょう?夢を手に入れたいって思うでしょう?それが全てを救うのなら何が何でも、どんな犠牲を払ってでも、手に入れたいって、思うでしょう?研究者ってのはそういう人種の集まりなんだよ。君達はそれに運悪く巻き込まれた。可哀想にね」
    ドクタールイージはエルの右手から手を離した。両手はぱたりと床に落ちる。
    「…………色々話してくれたお礼に一つ、良いことを教えてあげる。何故人体実験推奨派が誕生したのか、そのキッカケを」
    そして口元に薄ら笑いを浮かべてエルに告げた。
    「それはボクの兄さんが書いた論文を読んだからさ。スター遺伝子を使って人類の進化を促す、そしてそれは世界平和に繋がる…………スターダストチャイルドプロジェクトの発案者はボクの兄さんさ!君もどこかで読んだんだろう?【スーパースターを死は恐れる】はその論文の題目だからねぇ!」
    くつくつと肩を震わせてドクタールイージはエルを睨み付ける。
    「兄さんを連れてこいって言われても無理だよ。プロジェクトの失敗・崩壊と非人道的な行いを知って、自責の念に駆られた兄さんは誰にも、ボクにも何も告げずに国を去って行ってしまったからね。今はどこにいるのか、生きているのか死んでいるのかすら、わからない…………兄さんは何も悪くないのに…………兄さんは天賦の才を持つ者として、それに相応しい責務を果たしただけなのに…………兄が消えてしまって悲しいのは、悔しいのは、お前だけじゃないからなぁッ!!」
    その一言が最後の枷を外した。
    エルの虚ろ目が黒色無双へと変わる。
    力の込もる右手は鉤爪となってドクタールイージの首に食い込み、小銃を握る左手は引き金にかかる人差し指に力が入れられた。
    「しねおまえ」
    こうしてドクタールイージは絞殺と銃殺、両方の死因を受けてエルに殺された。

    ●●●●

    …………かのように思われた。
    「える。だめ」
    ドクタールイージに馬乗りになっているエルの肩を、後ろから優しく掴む者がいた。
    「そいつコロス、契約違反。ほうしゅうヘッちゃう。それはだめ」
    シャワーを浴び終え、そのまま二階へ上がってきたのであろう。換えのツナギをとりあえず履いてやってきたという風な、上半身裸のままのシグマがエルの制止を試みていた。
    「える、おちついて。オケ?」
    「………………………………………………」
    タオルを首にかけ、拭ききれていない水分が髪を伝ってぽたぽたと肩へ落ちている。そんな事など構わず、シグマはエルの顔を覗き込み、じっと待つ。エルの目は黒いままで視線もドクタールイージから外れていないが、その両の指先は動きを止めていた。
    再度、シグマの声がかかる。
    「える」
    「………………………………………………」
    エルは何も言わなかった。終始無言を貫いて、ドクタールイージの上から退いた。そのまま部屋を出て行く。階段を下る音を聞きながら、ドクタールイージは咳き込みながら体を起こした。
    「けほっ、シグマさん、ありが」
    「うるさい」
    刹那、ドクタールイージの顔のすぐ側を颶風が駆け抜けた。あまりに突然の事でドクタールイージは何が通り過ぎていったのかすら見えていない。それを確認しようと後ろを振り返ろうとして。
    自身の右耳が少量の血飛沫を撒き散らしながら、ぱっくりと二つに裂けた。
    「!?うああああッ!!」
    一拍遅れてやってきた激痛にドクタールイージは叫び声を上げ、咄嗟に両手で右耳を押さえ込む。黒手袋が濡れていく感覚に寒気を覚えながら止血していると、目の前に救急箱が転がって来た。思わず視線を上げれば、そこには血で濡れた指先をタオルで拭き取っているシグマの姿が。
    ドクタールイージの耳を切り裂いたのはシグマの爪だったのだ。
    「な、なんで、いきなりっ!」
    「お前、えるスゴク怒らせた。そのしかえし」
    さもありなん、と言うようにシグマはその理由を語る。そして爪を拭き終えたタオルでそのまま髪を拭き始めた。
    「オマエらが何をはなしてたのか、ぼくシラナイ。きいてない。だからけつろんしか見てない。それがその結果。える本気で怒らせた。マドわせた。ジブンを失いかけさせた。だからぼく、えるを止めた。お前にほうふくした。それだけよ」
    シグマの重い瞳がドクタールイージを貫く。
    「える、苦しめるヤツ、ゆるさない。それがぼくの生きるイミ。ぼくののこされた最後のモノ…………まもるべきもの」
    その瞳の中に感情は無い。ただただ目の前の障害を排除する、という本能に似た無機質な光のみがそこに鎮座していた。
    「オマエ運がいい。いつもなら、首が転がってる。…………ぼくの気、変わる前にさっさとテアテして、そこで寝てるマヌケおこして、とっとと降りてきて」
    そう言い残して、シグマも部屋を出て階段を降りていく。
    一人残されたドクタールイージはもそもそと耳の手当てを始めた。機械的に手を動かす中で、ドクタールイージの自問自答は尽きない。
    人々を助けたいと思う気持ちは間違っているのか?
    彼らを救いたいと思う気持ちは間違っているのか?
    兄の考えは正しいと信じる気持ちは間違っているのか?
    この仕打ちは果たして将来の糧になり得るのか?
    自分は間違っているのか?
    「うう…………ぅぅう…………」
    自分はただ、敬愛する兄が自分の元へ帰ってきてほしいだけなのに。
    「にいさぁん…………ううぁ…………」
    ぽたぽたと頬を流れる涙は暫く止まらなかった。


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