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    hrtiki

    @hrtiki
    いかがわしい絵とか人を選ぶ絵とかどうしようもないらくがきを置くところ

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    戦後即位して初めて顔を合わせたディアアイで、ディアマンドがアイビーをそっと自室に呼ぶ話です

    ##ディアアイ

    王として、人として ブロディア城は、武力の国と呼ばれる国らしい、堅牢で飾り気のない佇まいだ。
     かつてアイビーは、襲撃者としてここに来たことがあった。当時は、邪竜復活を目論む父を助けるために。しかし今のアイビーは既に父を失い、イルシオンの女王として外交を行うために、この地に足を踏み入れたのであった。
     
     復活した邪竜は討った。途中からはアイビーも神竜軍に籍を置き、共に邪竜と戦ってきた。
     神竜軍の皆は、自分の在るべきところへ戻っていく。アイビーも国に戻って、すぐに女王として即位することになった。そして神竜軍の仲間であったディアマンド――今のブロディア王である――との約束の通り、ブロディアとイルシオンの和平を図るために、女王として初めてこの城を訪れた。

     ディアマンドとは旧知の仲と言えるし、王として書簡も交わしていたが、戦後国に帰ってから会うのはこれが初めてだった。
     実のところは「旧知の仲」の一言で済ますにはあまりに密な関係であった。勇敢の石をきっかけに友として手を取り、両国の和平や邪竜との戦い、仲間達や個人的なことまで語り合ううちに、惹かれ合ってしまった。
     二人がそれぞれの国の王になる運命にあることはわかっていたから、いくら好きあっていても結婚の相手としてふさわしいとは言えない。それでも二人は、今度は男女として手を取り合い、深く愛し合うことになったのだ。その日々にはいつか終わりがあるのだと知っていて、邪竜の撃破とともにとうとうその時を迎えた。二人は国に戻って即位した。

     国に帰ってからのアイビーは、目が回るほど忙しかった。戦後に残された邪竜の爪痕に、山積する課題。戦争状態にあったブロディアとイルシオンの終戦も急務だった。
     そしてディアマンドがブロディア王に即位して間もなく、彼から今後侵攻をすることはないからそちらも剣を収めてほしいとの書簡が届いた。アイビーはブロディアには戦の賛成派が多くいると聞いていたから、こんなにも早期に終戦の通達をするのは、相当に難儀だったろうと苦労を偲んだ。そして戦後の両国の関係について話し合うため、アイビーはブロディア城に呼ばれたのだ。

     イルシオンには「ブロディアは停戦をちらつかせて呼び出したアイビー様を殺すつもりだ」と心配する者達もいた。しかしいつまでも逃げていれば真の和平は程遠い。だからアイビーは「私なら簡単には殺されてやらないから大丈夫」と主張し、護衛を多めにつけたいとの軍部の意見もなんとか諌めて最小限にし、やっとブロディア城に向かうことができたのだった。

     ブロディアに着いてからは、ディアマンドの臣下であるアンバーとジェーデが会議室に案内してくれた。アイビーの臣下のゼルコバとカゲツも含め、皆神竜軍で戦ってきた仲間達である。再会を喜び合う一行だったが、彼ら以外のブロディアの従者達が自分達を怪訝に見つめていることにアイビーは気づいていた。ブロディアはイルシオンの邪竜信仰を警戒していたようだから、邪竜亡き今もまだそれが解けていないのだろう。両国の歴史を思えばこれも仕方ないことと、アイビーはこれから歩むべき和平の道が平坦ではないことを肌で感じていた。
     そしてブロディア城の奥の重い両扉が開き、大きな長机が置かれた会議室が姿を現す。その中心に、ディアマンドはいた。
     これが両国の和平の第一歩と、アイビーが表情を固くして会議室に入ると、反対にディアマンドは相好を崩して立ち上がった。すぐさまアイビーに歩み寄り握手を求めたので、ごく自然にその手を取った。変わらぬ温かなその手に、アイビーもふっと口角を上げた。ブロディアの従者達は、たったそれだけのことにもどよめいている。
    「アイビー女王。此度は遠路はるばる、我が国に来てくださり感謝申し上げる」
    「ディアマンド王。こちらこそ、お招きいただき感謝いたします」
     互いの第一声は王としての言葉だった。

     初の会談はあらかじめ書簡をやり取りしつつ根回ししていたこともあり、アイビーが予想していたよりは静かに進んだ。ブロディアの側近が終戦に反対して紛糾する可能性も考えていたが、彼らが何か不満を漏らすとディアマンドが正論で諌めた。おそらく彼らがすぐに引くに至るまで、繰り返し説得してきたのだろう。そんなディアマンドの姿を見て、自分も頑張らねばとアイビーも決意を新たにした。
     最終的に会談は大筋でまとまり、今後詳細を詰めていくことになった。外交の第一歩としては上々の成果にアイビーは胸を撫で下ろした。

     その夜には懇親会も用意されていて、共に食卓を囲んだ。アイビーの側近がそっと毒味をしたのが知れてブロディア側の空気が悪くなったが、酒が入るにつれて態度は軟化してきた。次第に席を立って話すブロディアの者とイルシオンの者も出てきた。
     アイビーもディアマンドも宴の類は苦手だ。参加者達がうまくやれるように気を配る必要があるからで、今回もそのように気を揉むことになったアイビーは苦笑いする。それを目ざとく見つけたディアマンドは、アイビーに近づいた。
    「アイビー女王。何か困りごとでも?」
    「ディアマンド王。貴方ならわかると思うけど……こういうのって、結構気を遣うわよね」
    「はは。違いない」
     会談の場ですることはなかった少し砕けた会話をして、二人は顔を見合わせて笑った。
    「本当に久しいな」
    「ええ。書簡は送り合っていたけど、こうして顔を合わせるのはいつぶりかしら」
    「神竜様の下を離れてからか、ならば優に半年以上は」
    「そうね。でも、これだけ早期に会談ができるとは思わなかったわ。大変だったでしょう?」
    「見ての通りだ。真の融和はまだまだ先かもしれないが、必ずやり遂げてみせるさ」
     遠くではアンバーとカゲツが談笑している。先ほどまではスタルークやその臣下達も談笑していたはずだったが、一通りアイビー含めた仲間達に挨拶すると姿を消してしまった。おおかたスタルークが懇親会を抜け出し、シトリニカやラピスが後を追っているのだろう。ゼルコバとジェーデも、二、三言葉を交わしているようだ。この二人は主について真面目な話をしていそうだった。何も懇親会の席でまでと思ったが、自分達も政治の話をしているから人のことは言えない、と思い直す。近況を報告し合うと、どうしても政治に邁進しているという話になりがちだった。
    「でも、ディアマンド王の顔が見られて良かったわ。思ったよりはつらつとしていて何よりよ」
    「私もアイビー女王の顔が見られてよかった。だが、少し疲れてはいないか?」
    「それは、どうしてもね……。やることが山積みだもの」
    「私だってそうだ。だが充実はしている」
    「そうね、充実はしているわ。それはもう、仕事以外のことなんてほとんど考えられないくらいに」
     これは少々嘘の混じった答えだった。アイビーは今でも、個人としてのディアマンドのことを考えることは度々あった。端的に言えば、想っていた。だが彼には、もう国に良い人がいるかもしれない。そう思うとそのことを口に出すことはできなかった。
     だが、ディアマンドはそうではなかったようだ。
    「そうか。私は……君が元気にしているか、考えることがあった」
     どくん、と心臓が大きく脈打つ。たったそれだけの一言なのに、頬に熱が走る。アイビーは言葉を失った。そんな彼女の様子を見て、ディアマンドは眉尻を下げた。
    「……すまない。出過ぎたことを」
    「…………いえ。嬉しいわ」
     本当ならもっと気の利いた返しがしたかったが、アイビーはなんとかそう言った。まだ喉が詰まった感じがするが、彼に向き合わなければ、と思った。
    「私も……貴方のことを考えることはあったわ。健やかにしているか、って」
    「そうか。……君にそう思ってもらえるのは、嬉しいものだな」
     ディアマンドの面持ちは笑顔に変わった。だが、やはりお互いに距離を測りかねているようにアイビーは感じた。いくらかつて恋仲だったとはいえ、今はお互いに立場がある。ましてや公的な懇親会の場でそれを露わにすることなどできない。それに今のディアマンドが独り身かもわからないのだから、アイビーはそれ以上踏み込むつもりはなかったのだ。だが、ディアマンドはおもむろにアイビーに近づいて、他所に聞こえないくらいの小声で言った。
    「アイビー女王。君さえ良ければ、この後私の部屋に来てくれないか。もちろん、気が向かなければ来なくても構わない」
     この人はどんな気持ちで大それたことを言っているのだろう。アイビーにはわからなかった。隣国の女王が王の自室に入るなんて前代未聞だろう。だが耳をくすぐったその声が親しくしていたあの頃を思い出させて、アイビーの頬はますます真っ赤に染まった。
    「人払いはしておく」
     それだけ言うと、ディアマンドは何事もなかったかのようにアイビーの下を去っていった。するとディアマンドの側近がすぐに彼に近づいて、何やら話を始めた。おそらく自分達がどんな話をしていたのか確認しているのだろう。実直なディアマンドに誤魔化せるのかアイビーは疑問に思ったが、側近はすぐに納得したように離れていった。彼なりに処世術を身に着けたのかもしれない。
     ディアマンドの部屋に行くのが正解か、行かぬのが正解か。否、正解などもとより無いのかもしれない。彼が何を思ってそう言ったのかを確かめたい気持ちはあった。しかし彼の私室に入るのは、立場上はばかられる。アイビーはその後の懇親会の席で上の空になり、イルシオンの側近達に心配をされた。

     その夜。
     アイビーが宛てがわれた貴賓室から迷ったまま出ると、付近にアンバーが居て駆け寄ってきた。
    「アイビー女王! ディアマンド様がお待ちです。もし行かれるなら、ご案内します」
     アンバーに単刀直入に問われて、まだ答えを持っていないアイビーは狼狽した。それに構わずアンバーは続ける。
    「ジェーデが人払いをしているから、たとえディアマンド様の部屋に入っても誰にも見られることはありませんのでそこは心配しないでください。もちろん、無理にとは言いませんけど……」
     アンバーは少し困ったように言った。神竜軍にいた頃、彼が自分達の仲を応援してくれていたのは知っていた。だから彼は、ディアマンドと個人的に話す機会を作ろうとしてくれているのだろう。彼の善意に押されて、アイビーの心はディアマンドを訪問する方に傾いた。
    「それなら……案内してちょうだい。中に入るかは、その時に決めるわ」
    「それで構いません。じゃあこちらへ……」
     アンバーが横について案内してくれた。そして城の中でもいっとう重厚な扉のディアマンドの私室に辿り着くとすぐに去っていった。
     この扉の向こうに、ディアマンドが居る。アイビーは悩みに悩んだが、彼の真意を確認することに決めて、扉を軽く二回叩いた。すぐにディアマンドが扉を開け、アイビーをさっと部屋に導いた。
     背後で扉が閉まる音がした。アイビーはすぐに彼に告げる。
    「……なんのつもり…………」
     それを聞いてディアマンドは思い詰めたように言う。
    「個人として、君に会いたかった。それだけだ」
     アイビーの脈はまた速くなった。個人として会いたい。それはアイビーの願いでもあったが、叶わないものと諦めていた。
    「……私もそれは、思っていたわ。でも……今の私達は、王なの……」
    「では今後、個人としては接してくれないということか?」
    「……それが許されるとは思っていないのよ……。貴方だって、そうじゃないかしら」
    「それは……考えた。だが、今でも君を想っている私がいる」
    「……それは……」
    「縁談はあったが全て断っている。……結局のところ、私は君に未練があるらしい。アイビー女王……」
     苦しげに息を吐く彼の言葉に、アイビーの心は揺れ動く。彼はそこまでして自分を好いてくれているとわかって、アイビーも苦しくなった。やはり黙り込んでしまったアイビーに、ディアマンドは言う。
    「だが……もしかしたら君には、もう良い人がいるのかもしれないな。それならば私は潔く身を引こう」
    「そんな訳ないじゃない……!」
     そこまで言われて、アイビーの想いが溢れ出た。堰を切ったように、言葉が止まらなくなる。
    「私も縁談は全部断ってきたわ。自分がどうすべきかわかっていたのに、断ってしまったの。貴方を想ったままで他の人と結婚するなんて相手にとっても良くないもの。それに、私も、まだ貴方のことが」
     好きなの、と言った瞬間抱き締められた。久しぶりの彼の匂いにくらり、と一瞬意識が遠のいて、すぐにどくどくと鳴る血潮に頭を支配される。
    「アイビー女王……いや、アイビー。私はいつも君と一緒に居られる訳ではない。だが私は、これからも君と共に生きていきたい」
    「ディアマンド……」
     かつてのように、敬称もなしに彼を呼んだ。とっさのことだったが、それはアイビーの答えも同然だった。ディアマンドは腕に込めた力を強める。
    「アイビー……」
     二人は言葉もないまましばらく抱き合っていた。じきにディアマンドは腕を緩めて、アイビーの顔に近づく。そうしてアイビーのチュールを少しずらして唇を重ねた。アイビーは慣れ親しんでいたディアマンドの唇を味わいたくて、つい舌を伸ばす。それを受け入れたディアマンドはアイビーの舌を自身のそれで絡めとる。何もかもがあの頃と同じだった。
     広いディアマンドの私室に水音が広がる。熱に浮かされたように口づけを交わし続ける二人はその時、確かに一組の男女だった。


    〈了〉
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