美味しいということ「ご飯が美味しいっていいよな」
ある日の食卓で彼が突然言った。なるほど確かに野営の料理は味気ない。それに戦争孤児である彼のことだ、食うに困ったこともあっただろう。そんなことを話すと「そうじゃないんだ」と少し困ったように笑った。
その後、二人してグレミオのシチューをおかわりしてたわいのない話をした。その日のご飯もとても美味しかった。
食事に味を感じなくなったのはシークの谷から帰ってきた後だった。何を食べても味がしない。みんなが僕を心配そうに見守る。食事はアントニオとレスターが腕によりをかけてくれたもの。僕の好きなものばかりだった。僕はいつもと同じ笑顔を浮かべ「美味しい」と伝えた。皆少しほっとした顔をしていた。
その晩から部屋で一人になるととひとしきり吐いた。不思議と身体は辛くなかった。
部屋にいい香りが広がる。目の前には美味しそうな料理の数々。そして少年の満面の笑顔。にこにこした笑顔を見つめながら彼が作った料理を口へと運ぶ。
「美味しいですか?」
間髪を入れず飛んでくる質問。実際彼の作った料理はどれも美味しかった。
「うん、美味しいよ」
そう言ってにっこり笑って見せる。だが彼の求めていた反応とは違ったようで、机の上で前のめりになっていた体を椅子に戻し深くため息をついた。
「胃袋を掴めばそのままここにいてくれるんじゃないかと思ったのに。ちぇー」
少し拗ねた顔で言う彼に苦笑いをしながら「ごめんね」と伝える。
「マクドールさんちのご飯にはかなわないかー」
でもいつか!と言いながらこぶしを握って闘志を燃やす彼は僕をみてにっと笑った。
あの日、いつものシチューを食べて僕の「美味しい」は戻ってきた。無心にシチューを食べる僕の横でグレミオはにこにこしながら見守っていてくれた。ただそれだけ、たったそれだけのことでご飯が美味しく感じられるようになった。この時初めてテッドが言った言葉の意味がわかった気がした。ご飯が美味しい。それは料理の味だけでなくそこにいる人も含めたいろんな条件が揃わないと叶わないものだと思い知った。テッドが「美味しい」と思えたことに安堵もした。僕たちは少しでも君の居場所になれていたかな。
そして僕は今日も山道を一人帰る。家に帰ればきっと美味しいご飯が待っている。そう思えば少し長い帰路もちょうどいい運動に思える。
帰る場所がある。笑顔で迎えてくれる人がいる。その間は何があっても僕は家に帰るつもりだ。家に帰ってしまってもまた笑顔で迎えにきてくれる彼の存在に少し甘えている自分にも気づいている。だがきっとそれも今だけのこと。なら今を存分に楽しませてもらおう。
「今日の夕飯は何かな」
そう呟き、僕は家路を急いだ。