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    CasinoSkyfall

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    大安吉日、曇天にて

     北岡秀一という人間に関して思うこと。
     黒を白にする辣腕弁護士。容姿端麗、眉目秀麗。自信家。優秀。お金が大好き。濡れ手に粟。
     平均身長よりも大分高い身長。ダークブラウンの髪。すらりと伸びた手脚。グレーのダブルスーツ。磨き上げられた黒の革靴。

     先生。

     何度も何度も記憶の輪郭をなぞる。
     そうしなければ、忘れてしまうから。一塵も忘れたく、ないから。
     怜悧に見える瞳が、意外に甘やかな曲線を描いていることを知っている。
     法廷で全てを覆す声が、少し舌っ足らずに自分の名前を呼ぶことを知っている。

     子どものように我儘で、子どものように意地っ張りで。
     大人だから我儘で、大人だから意地っ張りで。
     だから自分に、何も残してくれなかったのだろう。

     内ポケットに入れたゾルダのカードデッキに触れる。この奇妙な世界――ミラーワールドに落とされた時から手の内にあった、深緑のデッキ。皮肉にも北岡が命を落とす一つのきっかけになったそれこそが、自分と北岡を繋ぐ唯一の縁だった。硬質で冷たいそれは、あの日握った北岡の手を想起させた。
     あの日、北岡は自分の腕の中で息を引き取った。命が物質に変わっていく、その瞬間。その瞬間を、自分は確かに感じたのだ。北岡が亡くなってからの十七年、その感覚を忘れたことは無かった。

     どれだけ、寒かっただろう。
     どれだけ、無念だっただろう。

     あの日北岡が果たせなかった願いを思うと、胸が苦しくなる。
     ならば、自分がこの手で。

     先生、と小さく名を呼ぶ。それに応える者はもういない。それを分かっていてなお、口に出さずにはいられなかった。
     この言葉は自分だけのものだ。
     この響きは、この言葉への返事は自分だけのものだ。
     自分のことを無欲だ、と北岡は良く笑った。それは誤解だ。自分は誰よりも強欲なのだ。『北岡秀一』を一片たりとも、誰にも渡したくなかったのだ。無論、浅倉になんて。

     ゾルダに変身し窮地に陥った浅倉を助け、由良吾郎として浅倉の前に姿を現す。
     十七年、十七年待ったのだ。今こそ北岡の――先生の悲願を果たす時だ。
    「先生」
     在りし日のように呼び掛ける。煮詰めた憎悪と殺意をひた隠し、浅倉に呼び掛ける。
    「よくぞ御無事で」

     今こそ『願い』が果たされる時は来た。






     由良吾郎という人間に関して思うこと。
     腕っぷしが強い。料理、家事、喧嘩、何をやらせても一流。ボディーガード。秘書。
     つんつんに立てられた茶髪。垂れ目の三白眼。派手なシャツ。節暮れだった指に、厚い掌。低い声。

     吾郎ちゃん。

     何度そう呼び掛けても吾郎が振り向くことは無い。
     十七年年前に死んだあの日から、まるで幽鬼のように――実際、現世の何にも干渉できないのだから事実幽鬼のようなものだろう――吾郎の側に居る。

     十七年かけて人が狂っていく様を見て来た。――見ていることしか、出来なかった。

     吾郎は復讐のために不要なものを躊躇なく切り捨てていった。美徳であったその優しさも、温かさも。
     あるのは自分に対する狂おしいまでの忠誠心だけ。
     まるで剥き身の刃物のような危うさに堪らなくなり手を伸ばす。しかし、手は虚しく空を切るばかりだ。

     俺はこんなこと望んでないよ、吾郎ちゃん。

     何度、そう口に出しただろう。何度、その身体に追い縋っただろう。しかし吾郎には何も届かない。
     ただ幸せになって欲しかっただけなのだ。自分を忘れ、第二の人生を歩んで欲しかっただけなのだ。
     それだけなのに。
     それだけのことが、何故叶わない。
     浅倉との決着は自分が解決すべき因縁で、吾郎には何も関係がない。ましてや、浅倉を『倒したかった』訳では無いのだ。浅倉をライダーにするきっかけを作った張本人として、浅倉の抱いている感情にけりを着けさせてやりたかっただけなのだ。
     それを吾郎が負う必要は、ない。

     きっと、と一人嘆息する。

     自分は一人で孤独に死んでいくべきだったのだろう。

     少なくとも吾郎には何も残さないように。自分の存在など、一塵も残さないように。
     吾郎は自分の『遺志』を継いでしまうだろうから。
     そんなこと、分かっていたはずなのに。

     吾郎が浅倉に向かって先生、と縋り付く。足蹴にされてもなお離さない様子は、いっそ滑稽な程だった。

    「ごろうちゃん」
     どこにも届かない声で呼ぶ。どこにも届かない腕を伸ばす。
    「もういいよ」

     俺は吾郎ちゃんに、幸せになって欲しかっただけなのに。
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    DOODLE大安吉日、曇天にて 北岡秀一という人間に関して思うこと。
     黒を白にする辣腕弁護士。容姿端麗、眉目秀麗。自信家。優秀。お金が大好き。濡れ手に粟。
     平均身長よりも大分高い身長。ダークブラウンの髪。すらりと伸びた手脚。グレーのダブルスーツ。磨き上げられた黒の革靴。

     先生。

     何度も何度も記憶の輪郭をなぞる。
     そうしなければ、忘れてしまうから。一塵も忘れたく、ないから。
     怜悧に見える瞳が、意外に甘やかな曲線を描いていることを知っている。
     法廷で全てを覆す声が、少し舌っ足らずに自分の名前を呼ぶことを知っている。

     子どものように我儘で、子どものように意地っ張りで。
     大人だから我儘で、大人だから意地っ張りで。
     だから自分に、何も残してくれなかったのだろう。

     内ポケットに入れたゾルダのカードデッキに触れる。この奇妙な世界――ミラーワールドに落とされた時から手の内にあった、深緑のデッキ。皮肉にも北岡が命を落とす一つのきっかけになったそれこそが、自分と北岡を繋ぐ唯一の縁だった。硬質で冷たいそれは、あの日握った北岡の手を想起させた。
     あの日、北岡は自分の腕の中で息を引き取った。命が物質に変わって 1875

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