神出鬼没「……あのさ、牧野さん。俺見ちゃったんだけど」
「はい?」
「宮田先生が牧野さんに……キスしてる所」
「ああ、見られましたか」
「いやそうじゃなくて」
昼下がりの教会、須田は静かにツッコミを入れた。肝心の牧野は意に介した様子がない。須田はよくわからない物を見るような目で牧野を見た。
「少し様子がおかしいなとは思ってたんですがね、あそこまでするとは思わなかったです」
「いや少しどころじゃなくない?」
牧野曰く、牧野と宮田は昔から確執があり、お互いに隔たりを感じていたという。その二人の距離が縮まるなら喜ばしいことではないか。と須田は思いながらも先日見た光景が信じられずにいた。
「兄さんと呼んでくれるのは嬉しいんですが、最近は人目がつかないところでそういうことをしてくるようになって」
「それは問題じゃない? 牧野さんは嫌じゃないの?」
「嫌ではないんですけど、この前は診察室でされそうになったので流石に止めましたね」
「嫌ではないんだ!?」
「それはまあ、宮田さんですから」
「宮田さんですから!?」
牧野は全く動じていない。それが余計に須田を混乱させた。え、だって兄弟だよ?同じ顔だよ?と牧野を見やっても、きょとんと首を傾げられるだけだった。
「というか……そもそも以前からそういう傾向はあったと言いますか……ある日突然爆発したようだと言いますか……」
「前からあんなことしてきてたの!?」
思わぬ情報量に須田の脳がキャパシティオーバーを訴える。それに気づいていないらしい牧野は追い打ちをかけた。
「昨日言われましたしね、そういう目で見てるって」
「どういう目で!?」
「それはもう、高校生には言えない……」
「あああ待って、牧野さんからそういう言葉聞きたくないかも俺」
慌てて須田が両手で牧野を制する。そうですか?と言いながらも牧野は口を閉ざす。目をぐるぐると回しながら須田は必死に情報を整理する。
「先生は牧野さんの事が好き……ってことだよね?」
「そうなるんでしょうかね」
「取り敢えずそれで。……だから先生は以前から牧野さんに近づいて、その……スキンシップを取り始めた」
「まぁ……そうですね」
「一応聞くけど……先生と牧野さんって、双子だよね?」
「そりゃあ同じ顔ですもの」
「…………ホントに、嫌じゃないの? キス……」
「いえ全然」
「……」
須田は無言で頭を抱える。彼の心情もつゆ知らず、牧野は彼の顔を覗き込む。
「大丈夫ですか?」
「それはむしろこっちの台詞だよ…………」
普段はクールイケメンで通ってるはずの宮田先生のこんな一面知りたくなかった。と須田は内心で呟く。誰にでも優しく少しおどおどしていた牧野さんのこういう所も。
「儀式が始まる手前ぐらいからなんか変だなとは思ってたんです。それが当日になるともうあんな風で。その短い間に彼に何があったかは分かりませんが、今の所公然の場でキスしかけた以外はいたって平常運転ですよ」
「ホントかな……もう牧野さんの大したことない、は信用できないってわかっちゃったから……」
「まだ他の人には知られてないのでなんとも……ぶっくしゅ!」
「あ、牧野さんだいじょう」
「大丈夫ですか牧野さん風邪ですかでしたら俺に移してください」
「うわでた!!」
「ああ宮田さん……大丈夫ですよ、ちょっと埃を吸い込んじゃったみたいで」
「そうですかそれならよかった。風邪には気を付けないといけませんよ」
あっけらかんと宮田が言う。その後ろで須田は頭を抱えてしゃがみ込む。この兄弟は何で同じタイミングで来るんだろう、そしてどうして同じタイミングじゃないと出てこないんだろう、と須田は思うが口に出せるはずもなかった。
「そういえば」
「何でしょう?」
またしてもあっけらかんと尋ねる牧野に対して宮田の眉がわずかに動いた。
「須田さんと何の話をされてたんですか?」
「あぁ……」
少し言いよどみながら須田の方を見やる。そして牧野は再び口を開いた。
「……須田くんに、あまり人前でそういうことをするのは止めるように、と言われたんですよ」
「……へえ」
牧野の言葉に宮田は視線を須田に移す。牧野の視線もつられるようにそちらへ動く。二対の目がじっとこちらに向けられていることに気づき、須田は身を竦ませた。
「なるほど、それは失礼しました。以後気を付けます」
そう言って宮田が踵を返す。その後を須田は慌てて追った。よかったもう大丈夫だと須田がほっと息をついたのも束の間、教会から出たばかりの宮田が振り返ったので彼はびくりと肩を震わせた。そして、牧野に聞こえぬような声量で彼は告げる。
「牧野さんで妙なことを考えるような事があったら」
「え?」
「その時は……わかっていますよね?」
にっこりと微笑むその顔は、いつもの不愛想な宮田司郎の顔ではなかった。まるで獲物に狙いを定める獣のよう。須田の背筋に嫌な汗が流れる。
「……ハイ」
それだけ言うので須田には精一杯だった。それを聞くと満足したのか宮田は今度こそ教会を後にする。その後ろ姿を見ながら須田は呟くのだった。「……もう、十分変な気を起こしてますってば」
そうぼやいてみても聞く者は誰もいないのだった。