蜜月のマリアージュ「それでは。次回、また会いましょう。良い夢を。またな」
斯くして幕は綴じられた。
ベッドの上の彼は大切なものを部屋に閉じ込め旅に出た。
ここまでが舞台の上のストーリー。
「ふふちゃんお疲れ様」
「っはは、素晴らしい終わりだっただろう、色々、予定外のこともあったが…」
「それはふふちゃんがどれだけ愛されてるか想像しきれなかったのが敗因だね」
幕間の折
お疲れ様を労うため俺は地下鉄に飛び乗った。
到着1時間前に知らせてくれればいいと言ったのは彼の方。
後悔するなら自分の発言を──と思ったけど、
彼の返事はとても優しいものだった。
『駅だな。待ってる。ディナーは外で食べるか?』
『うん。ご馳走させてよ』
駅で目についたのは花屋。ああ、終幕には花が必要だよね
何を思ったのか気づいたら紫色の花束を手にしていて。
普通こういうのってその人の色を送るんじゃないの?
まあ…いいか。俺からってわかりやすいし、これを見たら俺のこと思い出して貰えばいい
電車に揺られて数時間、駅を出ると大男が目に入った
「ふぅふぅちゃん!」
「浮奇!来てくれてありがとう。何より楽しい待ち時間だった」
「ひひ、とっても嬉し…ん?」
上からチークキスが降ってきて、ぎゅっと彼を抱きしめる。
後ろ手に何か当たった
「あ、これは。その」
それは赤い薔薇の花束だった。
「愛しい人を迎えるなら花が必要だろう?」
紫の花束を持った男と
赤い花束を持った男が駅で対峙している
2人して自分の色を用意した男たちはお互いに笑い合った。
花束を交換してもう一度ありがとうのチークキス。
「店は予約しておいたんだ」
「ありがとう、」
「ここはワインもいいし、煮込みも美味い。」
「誰かと来たことあるんだ?」
「愛しい人ではなかったよ」
こじんまりとした佇まいは歴史を感じる。長年愛されてきた店なのだろう。
まだまだ寒いけど案内されたテラスの席で、2人並んでワインを注ぐ
端正な顔つきも柔らかい髭も、あの服に隠れた素肌だって俺は知っているんだ
ワイン越しに見る彼はとてもかっこいい。
「そんなに見つめないでくれ、恥ずかしい」
「恥ずかしい顔も可愛いよ」
「もうアルコールが回ってきたのか?」
「ふぅふぅちゃんに酔ってるのかも」
「可愛いやつめ」
「3年間色々あったね」
「…ああ」
「ふぅふぅちゃんの最初と最後は俺がもらったんだ」
「dejavuと歌のカバーだな。今でも不思議だよ。あんな素敵な作品の冒頭を担当できたなんて」
「ふふちゃんの声は魔法みたいだって思ったんだよ。」
俺が俺になるための、物語を語り部してくれる俺の魔法使い。
寝物語のような優しい声が俺の目に星を降らせたんだ
「魔法ね…それなら我だってそうだ」
彼がワインをくゆらせる。スープに浮かべられたパンがじわじわと水分を吸い始めた
「うききがずっと我をを愛してくれただろう。ずっと支えてくれた。スープを吸ったパンのように、愛に満ちていた。」
沈んだパンを掬い上げて齧る。ああ。大きな口に吸い込まれたパンになりたい
「3年の間に我は愛を受け取れる、素晴らしい仲間がいるサイボーグに作り替えられていたんだ。魔法使い、我に素敵なおまじないをずっとありがとう」
「俺は……」
ふふちゃんが受け取ってくれたから
「俺は、君を一生愛してるからね」
「シュガーポッドに漬け込まれて我は随分と甘い人間になった」
2人で沢山飲んで、喋って、(泣いてしまったのは謝りたい)
気づいたら空はワイン色に染まっていた。グラスを透かすとワインが入っているみたいね
「そろそろ出ようか」
「うん、待って……もう払ったの?」
「格好つけさせてくれ」
「俺がご馳走するって言ったのに!」
「次また頼むよ」
へらりと笑うその顔に、次は許さないと決める。
次、絶対俺が払うんだから。また来るんだから
「っ、うきき、気をつけて」
「っん」
酔った脚はもつれて石畳に飛び込んでしまった。
ふふちゃんにかろうじて引っ張られる。
「…なんか、ダンスしてるみたいね」
「え?」
「ほら、影が」
まるで情熱的なラテンのダンスを踊りきったみたいになってる
「ふぅふぅちゃん、おどれる?」
「どうかな、子供達に教えてはいたけれども」
ふたり手を繋いで。
静かな街に向き合った。
「おれ、だんしのしかわからないかも」
「はは、我は女子のステップもわかるよ」
「おしえてよ、せんせい」
「…それは背徳感のある呼び方だな」
ステップなんてぐちゃぐちゃでいい
何度も歌ったワルツを口ずさむ
ステップを踏みながら、ふぅふぅちゃんも口ずさんで。
ぐいんと後ろに反ったって、ぶっとい腕が丸太のように支えてくれる
くるくる回って抱きしめられて、一生こんな時間が続けばいいのにね
だいぶ暑くなって、コートを脱いで。酔いも大分マシになった。
「あー楽しい、疲れたけど楽しいね」
「……最高の時間だよ。うきき。その。うちに来るんだよな?タクシーを…呼んでいいか?」
「え、あぁ。うん」
わかってるんでしょう。こんな時間だよ。
電車なんてあるわけないじゃない、
こんな田舎にホテルがあるわけないってことも。
─────ハネムーンに来たってことも。
タクシーが来るまでの間、会話なくベンチに座って手を繋いでいた。
気まずいわけじゃなくて、ただ。座ってる。一回り大きな手が俺の手を包み込んで離さない。
それはタクシーに乗っても続いて、ふぅふぅちゃんの家に着いた時まで続いた。
真剣な眼差しで、眉を下げて。
「おじゃまします」
「…前回、うききが使ったベッドを用意してある。その部屋を使ってもいいし、ウイスキーを飲み直してもいい。リビングも片付けてあるよ」
「ふぅふぅちゃん」
背伸びして唇を重ねる。ああ、ワインの味。
「俺、下着しか持って来てないんだ」
囁いた。
彼は顔を真っ赤にしてグッと眉根を寄せる
「シャツ、で。いいか」
「着てる方が好みだっていうなら」
「うききぃ……」
ああ可愛らしい。想像したでしょう?
「せんせ、教えて。どっちが好きなの」
「……」
ふぅふぅちゃんは大きく息をついて俺をドアに磔にした
「我がやる、後悔するなよ」
思わず背筋が震えた。
捕食される、と。
乱暴に手を引かれて、あの夢見たベッドに放り投げられて。
なのにお姫様みたいに丁寧に靴を脱がせて。
「シャワー…」
「待てない」
「んっ」
踊りながら絡めた指とは違う。もっともっとお互いを感じるための力。
幕の後ろでひっそりと熱を得た貴方の掌。
ベッドの軋む音に漏れる声が乗っかって、これが愛を奏でるというならだいぶ汚い音だけど
「…綺麗だ」
ぽつりとベッドに落ちた貴方のつぶやきは
月に照らされた、貴方に落ちた水滴すら蜂蜜酒に変えてしまう
重なった愛してるの声が夜に溶けていった。
幕間はここで終わり。
蜜月は始まったばかり。
それではまた、次の物語で。