後日談　あのね、違うんだよ、そういうつもりじゃなかったの。
　いやもちろん、こうなったことに後悔してるとかじゃないんだけど、でも最初からそういうつもりで呼んだとか、そうじゃなくて、結果として、あくまで結果として、こうなっちゃった……なっちゃったっていうか、イヤイヤだったわけでもなくて、だからつまり、その、……………だからね。
　昨日、はじめちゃんが、ウチに泊まってったの。ホント、それだけ、そう、うん。ホントに。


　先週、バレンタインデーだね、って、自分から言っちゃった手前、何もあげないっていう選択肢は、最初からなかったんだけど。チョコレート売り場にね、行くじゃない。でも何にも買えなかった。選べなかったの。候補はいっぱいあったんだよ、どれも美味しそうで、自分で食べたいな、とは思うんだけど、はじめちゃんにあげるものを探す、ってなったときに、なんだかどれもしっくり来なかったの。正統派のチョコレートも、デザイン重視のオシャレなやつも、安心と信頼のメインインジャパンも、どれも美味しそうで、素敵なんだけど、はじめちゃんに喜んで貰えるかな？って考えたら、なんかもう、なにもわかんなくなっちゃったんだよね。甘いもの、食べる人なんだっけ、って考えてみたけど、私がデザート食べてるときは、いつもたいていコーヒーだった気もする。チョコが好きとか以前に、そもそも甘いもの、食べないのかもしれないなって。
　じゃあチョコレートじゃなくて、なにかプレゼント、そうネクタイとかハンカチとか、そういうものならどうかな？って、メンズフロアをうろうろしては見たんだけど、やっぱり何にも思いつかなかった。思い返してみれば、はじめちゃんに何かちゃんとプレゼントあげたことなかったんだよね。なにがいいんだろう、何が喜んで貰えるんだろう。ネクタイはいっぱい持ってそうだし、マフラーも手袋も使ってるの見たことあるし、財布とかはちょっとバレンタインにはヘビーすぎるし。人混みで酔っちゃったせいもあると思うけど、頭がぼーっとしてきてさ、結局手ぶらで帰ってきちゃった。

　だってはじめちゃん、なんでも持ってそうじゃない？
　チョコレートなんか多分今までの人生で一山築けるくらいもらってると思うし、いつもオシャレだし下手に身につけるものをあげて好みじゃなかったら困るだろうし、そもそも付き合ってないのに身につけるものをあげるなんてちょっと重いかな？とか、じゃあ付き合ってないのにチョコレートあげるのはどうなんよ？とか、とかとか……。



　…………。
　バレンタインデーだね、なんて言わなきゃ良かった。
　もしはじめちゃんが、冗談でも、期待してるよー、とか、楽しみにしてる、とか言ってくれれば、もうちょっと、…なんでも選べたと思うんだけど。そうだね、こないだまで正月気分だったのに、一月もあっという間に終わったねーって、さらっと大人の会話術で流されたから、ちょっと心が折れたんだと思う。チョコとか別に、いらないのかも、って。別に私にもらわなくっても、他の人からたくさんもらうのかもって、そう思ったら、なんかもう、…………。



　だって、わかんないんだもん。
　どうしてはじめちゃんみたいな人が、私を選ぶんだろうって。
　一目惚れしてもらえるようなツラじゃないのは自分がいちばん分かってんだよ。その上で、一目惚れしたんだって追っかけられたって、本心からハイそうですかって、受け入れられるわけ、ないじゃんね。
　わかんない、こういうところがかわいくないんだろうけど、自分でも分かってるけど、でも、わかんないものは、こわいんだもん。最初は、デート商法とか宗教の勧誘かなと思ってたけど、そういう感じじゃなかったし、でもじゃあ、結婚詐欺かも？とか、婚約詐欺とか、なんかそういう……。

　はじめちゃんって、何考えてるか分かんないとき、あるじゃない？
　ああいや、何考えてるかっていうか、『何か』考えてるなっていうか。今、何を言うべきか高速でシミュレーションしてんのかな、みたいな……喋る前の、あの一瞬の沈黙、すっごいこわいとき、ある。こわいっていうのは、顔じゃなくて、なんていうか、私いま変なこと言ったかな…みたいな、すごく不安になるというか。そういうときに、正気に戻るんだよね。こんなかっこいい人、ホントに私のこと好きなのかなって……なにか裏があんのかなって……。はじめちゃんって、なんか、素がないっていうか、演技してる…って言うと言い過ぎだけど、なんていうか、隙がなくて……。


　っていうかさ。そもそもさ。
　一目惚れした、とは言ったってさ。
　別に、好きだとか付き合ってくれとか、そういう具体的なことは、言われてないし……。

　デートしよ、って誘ってくれるよ？　こういうの好きでしょ、とか、前に行きたいって言ってたじゃん？とか、一緒にいて楽しいとか、また会える？とか……


　一週間、考えに考えて、で、もう考えるのに疲れちゃったんだよね。悪い癖だけど、悩むのがめんどくさくなったの。もーいいや、手作りにしよって。ホントに私のことを好きなら喜んでくれるような気がするし、好きじゃなかったら、げ、手作りかよ、みたいな顔するだろうから、まぁちょっとは判断できるだろうし
、嫌だったなら持って帰って捨てるなりなんなりするだろうし……。って考えて、そうか、食べるとこ見てないと分かんないんだ、と我に返ったりして……で、もう最高にめんどくさくなって、最終手段に出たわけ。

　ケーキ作ったの♡っていう口実で、家に連れ込んで、押し倒しちゃえばいいのでは？




　……うん。
　まぁ、その。
　結果的には、押し倒したというか、合意の上で押し倒されたというか、ケーキそのものは喜んでくれたし、…その、する前に、ちゃんと好きだよって言ってくれたし……うん、まぁ、その、………すっごく、上手、だった…です、はい、もうやだなぁ恥ずかしいよやめようよ。

　そういう空気になって、はじめちゃんがすっごい真面目な顔になって、なんだろ、どうしたんだろ、よく考えたらちゅーもしてなかったのに大胆すぎたかなって不安になってたら、ゴムある？って。そうか、押し倒すのに夢中で、そっちのこと忘れてたわってなっちゃってさ。帰り道で近所のコンビニに寄ったんだよね、お茶とコーヒー買っとこうって。はじめちゃんがちょっとそわそわしてたから、どうしたんだろとは思ってたけど、そっか、あんときゴム買うか悩んでたんだなって、思い出したら笑っちゃった。
　なんで笑うのさ、ってちょっとふくれたはじめちゃん、かわいかった。
　ごめんね、持ってないから、今度にする？って聞いたら、３分くれれば買ってくるって言うから、また笑っちゃった。ホントに３分で帰ってきたんだよ？他にお菓子とか一緒に買ってごまかしもしてなかった。恥ずかしくなかった？って聞いたら、大人ですから？って。
　でもさぁ、脱いだらすっごい鍛えててさ、ちょっと、いやちょっとどころじゃなくてびっくりして。恥ずかしくなっちゃって。そんなにムキムキだなんて思わなかった、話が違うんですけど、って言ったら、じゃあどんなだと思ってたの？って、僕の裸とか想像してたの？って、優しいけど意地悪なんだよ。

　うん、そう。そういうところもあるんだなって、なんかちょっと、はじめちゃんと仲良くなれた気がする
　分かんないとこいっぱい、まだあるけど。
　少なくとも、私のこと、好きって言うのは、ほんとなのかなって。
　信じてもいいのかなって、………。

　え。
　…それにしては、あんまり幸せそうな顔してない、って？
　いや、いやいや、し、幸せだよ？　嬉しいとか、照れちゃうとか、そういう………。
　……………。だって。




　だってさぁ！？
　朝起きて最初に、開口一番、はじめちゃんなんて言ったと思う！？
　おはようでも、ケーキありがとうでもなくて、『結婚してくれ』って言ったんだよ！？真顔でさあ！？
　寝ぼけてんの！？って思うじゃん！！
　本気だって言われたって、さっき一回寝ただけの相手に何言ってんの！？ってなるじゃん！！


　もうやだ！！
　はじめちゃんが何考えてるか、私やっぱり分かんない！
　沖田ちゃん！！！私どうしたらいい！？！？