Our “first” Valentine そもそもさぁ、別れ際の言葉が「そういえば来週はバレンタインだね♡」な時点で、期待するなって方が無理な話じゃない?…いや、なんの話って、先週のデートの話よ。聞いてくれる? 聞けって。
最初にね、駅で落ち合ったときから、あれ、とは思ったけど。手荷物、少なくない?って。そのちっちゃいカバンの中に、チョコ入らなくない??って。でも昨今チョコレートもお高級じゃない? お高くて小さいのもいっぱいあるし、そもそもチョコとは限んないわけだし? この時点ではまだ希望は捨ててなかったわけよ。彼女のこと信じてたし。
お待たせ-、待った? いーや全然、僕も今来たトコ。お腹すいたねー、先に何か食べる? さんせーい。
店に入っても特にバレンタインについては言及なし。いや別にねだるワケじゃないけど、もらえると思い込んでたもんだから。信じてたとか言ったけど、けっこうダメージデカかったかもしれん。昼飯なに食べたか覚えてないもん。彼女がオムライス食ってたのはちゃんと覚えてるしドリンクセットにするかデザートセットにするか悩んでドリンクの方にしてことも覚えてるけど、自分が何食って何飲んだかは全然覚えてない。
そりゃあね、僕ら正式にお付き合いしてるわけじゃなかったけどさ。こっちの好意は伝えて、お友達からオネガイシマスって言われて、それでもこうやってほぼほぼ毎週末デートしてんだから、恋人同士とまではまだいかなくても、いわゆる友達以上恋人未満ってとこには食い込んでると思ってたから。周りのテーブル見てみなよ、あっちこもこっちもカップルで、チョコの受け渡しイベント発生してるじゃん。隣なんか女の子同士でも楽しそうに交換してんだよ? じゃあ俺は? ねぇ俺は? カルデアではあんなに大盤振る舞いしてたじゃない?? …アンタは覚えてねーだろうけど。
その後? その後は買い物に行ったよ。彼女、どうも今、タオルにはまってるらしくってね、ふわふわーなタオルの有名なお店に行きたいってんで付き合ったわけ。タオルにしちゃなかなか良いお値段してたけど、どれにしよう何色にしようって楽しそうに悩んでてさ。どっちがいいと思う?、って聞かれて、僕はできる男なんでちゃんと答えましたけれども、正直に言えば俺がお前んちのバスタオルになりてぇよって思ってた。…ねぇ、引いてるでしょ。分かるよ、僕も自分でちょっと引いた。
彼女はオレンジを選んだ。はじめちゃんも買わない?おそろいにしようよって言われて、NOなんて言えないでしょ? 僕は無難にネイビーにしたけど。別々に支払って、別々に包装してもらったよ。別に全部払っても良かったけど、彼女理由のないプレゼントは怒るからさぁ。いっそ「僕からのバレンタインだよ♡」とでも言っちゃおうかとは思ったけど、そこまでは、ねぇ。
気付いたらもうバイバイする時間になってた。20時前。健全だろ、笑えよ。
先週、バレンタインだね、って笑ったあの笑顔は、俺の妄想だったんだろうかとすら考え始めた。遠い未来の記憶から自分に都合のいいところだけ切り取って、さ。
手は繋いだことあるけどキスもしてないし、彼女がどこに住んでるか正確には知らないし、連絡のない夜に彼女がどう過ごしているかも知らない。そもそも彼女が俺のことどう思ってるのかも正確には聞いたことない。バレンタインなのにチョコも貰えないんだもん。自慢じゃないけど今までもらったチョコの数、ガキの頃から数えれば3桁ぜったい下らない僕がよ、ホントにほしい相手からはもらえそうにねぇってんだから皮肉だよな。
俺にはサーヴァントの記憶があるが、彼女にはマスターの記憶がない。
俺には彼女しかいないけれど、彼女には俺じゃなきゃって理由がない。
あれだけ自由にしてやりてぇと思ってた女が、今こうして、あのとき願ったとおり、何にも捕らわれず縛られず自由に安全に幸せに暮らしている。それだけで満足するべきじゃないのか。俺だけのものになってくれなんて、結局、俺のエゴじゃないのか。
俺と彼女の住んでるとこは、路線から見れば反対方向だから、大抵は駅でさよならする。割とあっさりバイバーイって電車に乗っちまう彼女だけど、今日はなんか様子が違った。眉間に皺を寄せて、無言で、バスタオルの入った紙袋の紐をぐるぐる、子供みたいに捩ってる。それに合わせて小さくないその紙袋がぐるぐると回る。
今日のデート、楽しませてやれなかったかな。確かに一日中上の空というか、心ここに在らずだった。あまつさえ、彼女のことを少し恨みにも思った。ポーカーフェイスにゃ自信があるが、それでも態度には出ていたかもしれない。せっかくのデートをつまんねぇ自尊心に振り回されて、ガキか、俺は。
「…あのさ、立香ちゃん」
「はじめちゃんさぁ!」
謝ろうと顔を覗き込んだのと、彼女が勢いよく顔を上げるのが同時だった。しばし空中で見つめ合う。無言の牽制の後、俺の沈黙を譲られたと思ったのか、彼女が意を決したように口を開く。
「はじめちゃん、甘いもの、すき?」
「いや別にそんな好きじゃないから!? だから全然大丈夫よ!?」
「……あ、そっか、好きじゃなかった、か」
うじうじした思考を見透かされたかと焦り、思わず強がりが口を飛び出したけれど、それを聞いた彼女の顔が急激に曇っていって、自分を殴りたくなる。マジで俺今日いいとこないな。
「いやすまん、普通に好きよ、別に嫌いじゃない」
「いや……あの、バ、バレンタインだから……張り切ってケーキ、とか、作ってみた、んだけど」
「……ケーキ、ですか」
突然の展開に思考回路が追いつかず、ボケッと彼女の頭のてっぺんから足下までをまじまじと見つめる。どこにもケーキを持っている様子がない。どういうこと?
「………?」
「ケーキ、作って、みたんだけど、私ラッピングとか、下手だからさ……あの、持ってこれなくて…」
「…ああ、そういうことかぁ」
なーんだ、やっぱりもらえないんじゃん。ガッカリするのとほっとするのとで、思わず間抜けな声が出た。やっと状況が見えてきて、失態を挽回すべく脳内で会話をシミュレーションする。
いーよぉ全然気にしないで、むしろ気を遣ってくれてありがとねー? 作ってくれたものならなんでも嬉しいけど、負担に思わせちゃって…。
「だから、うちに食べに来ない? …今から」
「今から」
だって、今からって、それって、つまり。
隕石のように頭にぶち当たった幸福に、今度こそ思考が完全に停止する。
「だからはじめちゃんがよければいや本当良ければなんだけど明日予定とかなくて遅くなっても大丈夫なら良かったら本当良かったらだけどうちに食べに来ないかなぁって思ったんだけどでも他人の手作りってやっぱり抵抗あるよねそうだよね分かるよ他人の作ったおにぎり食べられないって人多いもんねそうだよねごめんねやっぱりいきなり手作りとか無理だよね無難に買えば良かったよねでもはじめちゃん今までいっぱいもらってそうだし高級チョコとかいっぱい食べてそうだし特別感ないかなっていうか別にだからといってそんな大したケーキでもないんだけどうんやっぱりやめようなんか恥ずかしくなってきたやめよう大丈夫我ながら美味しくはできたから一人で食べきるの全然苦じゃないから大丈夫だからやっぱりやめ」
「行くが?!」
思わず彼女の手を掴んで宣言すると、真っ赤になった顔でこっちを見上げてきてさ。
その顔があんまりかわいくて、今すぐここで食っちまいてぇって思ったよ、俺は。
…その後? なに、そんなの秘密に決まってんでしょ。
ご想像にお任せしますよぉ、ま、ご想像通りって思っていただいて、そこは。ええ。
そうそう、俺の分のバスタオルは、彼女の家に置いてきた。別にこうなるって分かってて買ったわけじゃないけど。俺がいないときは使っていいよーって言ったら、はじめちゃんの匂いするかなってちょっと恥ずかしそうに笑って、いやまぁ、ここから先も秘密だね。
…なに、ため息なんかついちゃって。なに、朝から地に足が付いてないからどんなおもしろいことがあったのかとランチに誘って損した? 別に損してないだろ、ちゃんと話したでしょ? ようやく彼女と恋人同士になれたんだから、そりゃもう浮かれるに決まってんでしょ? まぁ浮かれてても仕事はサクサクこなしちゃうのが僕ですけど。いや聞けって。
は、ここ俺が払うの? …まぁいいけど、はじめちゃん今すっげぇ幸せだから奢ってやるけど。
…なに、どうぞお幸せにって、そりゃもちろんお幸せにするけどさ、いやだから、心がこもってねぇのよ、沖田ちゃん!