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    ななめ

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    【小説】三つの傘【堀、中野、三好/堀、中野、室生】
    『言葉紡ギテ縁ト成ス』bnalオンリーの展示作品です。
    2021年11月28日「想イ集イテ参」bnalオンリーオンライン即売会にて、8ページ折本ネットプリントとして、こちらの小説を頒布しました。

    #文アル
    "asWritten"Album
    ##文アル

    三つの傘【堀、中野、三好】、雀【堀、中野、室生】 三つの傘【堀、中野、三好】

    「犀さんが心配するかもしれないね」
     しげじの声に僕ははっとして振り返った。
    「あ、うん、そうだね……」
     少し長居をしすぎたかもしれない。僕は生返事をしながらテーブルの上で手のひらを組み直した。ぼうっとしげじの顔を眺める。しげじは静かに微笑んで「辰が良ければもう少しここにいようか」と言って窓の外へ目を向けた。
     僕も同じように窓の向こうを見る。午後四時の雲は暗く垂れ込めている。喫茶店の華奢な窓枠に縁取られた世界は雨で霞んでおり、その中を深く沈んだ色をした傘がゆっくりと流れていく。
     もう少しこうしていたいという僕の気持ちをしげじが汲み取ってくれたのが嬉しかった。気の置けない友人とぼんやり過ごす時間はなんて素敵なんだろう。
     室生さんは心配するだろうか。出がけにエントランスで声をかけられた時、僕はなんと答えたのだったか。確か、「いつもの喫茶店でお茶をしてきます」と言ったはずだ。
     実際にはその前に商店街で文房具店や古本屋を覗いて回り、街の散策を充分楽しんでから、僕のお気に入りの喫茶店へ向かった。その途中で雨に降られたのだ。僕は折り畳み傘を取り出そうとするしげじの手を取って走り出した。しげじが「辰!」と名前を呼んで笑った。初冬の冷たい雨の中を、僕らはいつになくはしゃいで駆け抜けた。

     僕と一緒に外を眺めていたしげじが、あれ?と小さく声に出してほんの少し窓の方へ身を乗り出した。僕も目を凝らす。黒い傘を肩に預けて真っ直ぐこちらへ向かってくる人物がいる。あれは……三好くん?
     三好くんの姿が一瞬視界から消える。と、喫茶店のドアベルが鳴った。しばらくして、きびきびとした足取りで三好くんが僕らのいるテーブルへ近づいてきた。
    「犀星さんの言う通り、本当にここにいたっスね」
     開口一番そんなことを言って、三好くんはニッと笑った。
    「犀さんが? というかどうして三好くんがここに?」
     しげじが隣に座るよう促しながら尋ねた。三好くんはいくらか遠慮がちに椅子に腰を下ろし、「犀星さんに二人のことを迎えに行くよう頼まれたっス」と答えた。僕はしげじと顔を見合わせる。室生さん本人が来るならまだ分かるけれど、なぜ三好くんに頼んだのだろう。
     注文を取りにきた給仕にコーヒーを頼んで、三好くんは僕たちの疑問に答えるかのように話し出した。「実は――」
     ――たまたま廊下で朔先生と犀星さんに会ったんス。ちょうど出かけるところだっていうんで自分はお見送りするつもりで玄関まで着いて行ったっス。その時に犀星さんから二人を迎えに喫茶店に行くつもりだって聞いたんスよね。お茶をしに行くと言っていたけど帰りが遅い、もしかしたら傘を持っていないんじゃないかって。自分は『折り畳み傘を持っていったんじゃないか』って――ああやっぱり持ってたんスね。ここんところ時雨癖がついてるみたいだし――まあ、そう言ったんスけど、犀星さんはでもなあなんて心配そうな顔をしてやっぱり行くって言うんスよ。で、朔先生と並んで外に出たと思ったら、ほんの数メートルも行かないうちに朔先生が水たまりの前で転んだっス――
     水たまりでびしょ濡れになる朔太郎さんと慌てる室生さん、その時の騒ぎが目に浮かぶようで僕は笑った。
     しげじが「大変だったね」というと三好くんは「大変だったっス」と答えてから「でまあ、そういうわけで自分がお迎えを仰せつかったけど、やっぱり必要なかったっスね。犀星さんはほんと世話焼きだから」と三好くんは自分のことは棚に上げて笑った。三好くんも相当な世話焼きだと思うけど。
    「犀さんの気持ちは本当にありがたいよ。三好くんも来てくれてありがとう」
     しげじがしみじみと言った。僕もうなずいてみせると、三好くんはいやいやと手を振った。照れているのかもしれない。
    「僕たちの分の傘を持ってきてくれたんだよね。だったら折り畳みじゃなくてその傘を使おうよ。ね、しげじ」
     そうだね、としげじがうなずく。
     三好くんは「いいっスけど、自分がさしてきたのと同じ、図書館の地味な置き傘っスよ」とコーヒーを飲みながら言った。
    「ううん、いいんだよ」
     僕はお揃いの傘が三つ並んで歩くところを想像して微笑んだ。

     * * *

     雀【堀、中野、室生】

     中庭のベンチでお話しようか。僕の提案にしげじは微笑んだ。中庭へ続く扉を開ける。ひんやりとした風が頬を撫でて僕らの間を通り過ぎる。足を踏み出すごとに、朝露で湿った落ち葉の匂いが鼻をくすぐる。僕らはぽつぽつと言葉少なに語りながら池の側へやってきた。
     楓の木の下に誰かが立っている。
    「あれ? もしかして」
    「室生さん、だよね?」
     僕らは同時に気づくと顔を見合わせた。室生さんは腕を組んで、手前の畑をじっと見つめている。斜め後ろから近づいて行くと、足音を聞きつけたらしい室生さんが振り返って、人差し指を立てて唇にあてた。静かに、ということらしい。
     僕らは再び顔を見合わせ、今度は足音を立てないように静かに進んでいく。室生さんの側へ到着すると、室生さんはそっと指を畑へ向けた。
     すぐに畑を見ていたのではないことに気づいた。十五、六羽の雀の群れ。賑やかな雀のさえずり。雀たちは畑の外に生えているエノコログサと戯れていて、それを室生さんは眺めていたのだ。室生さんは茶色いコロコロとした雀たちが跳ね回るのを、優しい眼差しで見守っている。
     僕は皆でそれを眺めているうちに、雀たちはただ戯れているのではなく、エノコログサをついばんでいることにようやく気づいた。雀は飛び上がって両脚でエノコログサの穂に近いところの茎をつかみ、そのまま地面に降りて穂を引き倒してついばむ。たまに茎をつかみ損ねる雀もいて、倒され損ねたエノコログサが大きくゆらゆらと揺れる姿がなんだか可笑しかった。
    「いまの見た?」僕がしげじにそっと尋ねると、しげじも目を細めて微笑んだ。
     ざっ、と強い風が吹いた。その音に驚いたのか雀が一斉に飛び立って、近くの桜の樹に止まった。
     あっ、と僕が声をあげると、今までずっと黙っていた室生さんが「行っちゃったな」と言って、僕たちの方へ向き直った。
    「なんだか付き合わせて悪かったな」
     室生さんが申し訳なさそうに言うのを、しげじが「とんでもない」と手を振って、
    「僕だけだったら気にも留めずに通り過ぎていたはずです。犀さんのおかげで雀の可愛い姿を見ることが出来ました」
    「そうです。それに僕は、室生さんとしげじと一緒に見られたのが、なんだか嬉しいんです」
     僕も言葉を続けると、室生さんは「まあ、それなら良かった」と笑顔を見せて「ベンチにでも腰掛けようか」と歩き出した。
     先に到着した室生さんはさっさとベンチの左端に腰掛ける。しげじがすかさず右端に腰掛けた。僕は出遅れて、しばし逡巡したものの、二人の間に少し遠慮しながら座った。
     しばらく黙って空を見上げる。ひつじ雲が群れをなして、赤く色づいた樹々を踏んで青い空の中へ飛び出していく。僕がひつじの隊列の行方を目で追いかけていると、ふいにガサゴソという音がした。隣を見れば室生さんが袂から袋を取り出している。
    「これを食べながら庭でも眺めようと思っていたんだ。君たちも手を出しなさい」
    「え? あの」
     僕が戸惑いながら左手を出すと、室生さんは小粒のあられをこぼれそうなほど乗せた。しげじの手にも同じようにあられが盛られた。
    「ええと」「いただきます」
     突然のことに困惑しつつも一粒ずつ指でつまんで口に運ぶ。ふと室生さんを見れば、肝心の室生さんはあられを食べずに僕らの姿を見守っている。僕はしげじの方を見た。しげじは美味しそうにポリポリと小気味よい音を立てながらあられを食べている。なんだかさっきの雀を思い出した。室生さんからすれば、僕らもあられをついばむ雀に見えるのかもしれなかった。
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