やさしい羽【中里と新美】「中里さん、図鑑を見せてください」と南吉が言った。私は快く承諾して、南吉を部屋へ招き入れた。
「どの図鑑が見たいのかね」
「あのね、鳥さんがのってる本が見たいの。鳥の羽根を拾ったから、どの鳥か知りたいんです」
なるほどよく見れば南吉の手には小さな羽根が一枚握られている。三寸ほどの茶色い羽根だ。私は彼を椅子に座るよう促して、図鑑を取りに本棚へ向かった。背中越しに南吉に尋ねる。
「その羽根は拾ってきたばかりなのかね」
「ううん。さっき鴎外さんとすれ違ったら、鴎外さんが羽根を拾ったのならちゃんと洗いなさいって」
「ほう、それで」
私は目当ての本を持って南吉のそばへ行った。椅子を引き寄せて隣に座り、机の上に図鑑を広げる。南吉は羽根を私にも見える場所に置き、図鑑を覗き込みながら話を続けた。
「どうやって洗うのって聞いたら、鴎外さんがお部屋に連れて行ってくれて、羽根をお水と洗剤できれいに洗ってくれたの!それにぼくの手も洗わなきゃだめだって言うから、ちゃーんと洗ってきたよ」
南吉は図鑑から顔を上げて、私に向かって得意げに手を広げて見せた。
「それは偉かった」
私の言葉に南吉は満足そうに笑って、また図鑑のページをめくる。なにか心当たりがあるわけではないようだ。私も羽根と図鑑の鳥を見比べてはみるものの、とんと見当がつかなかった。羽根は茶色一色で根元は少し白い。目印になりそうな模様はない。形からして尾羽ではなさそうだ。
ふと気づくと南吉が私の顔を見ていた。
「どうした?」
すると南吉はふふ、と両手で口を押さえ「なんでもないです」と言って再び図鑑に目を落とす。その横顔には喜びがあふれていた。
そうか、この羽根は口実だったのだな。皆と触れ合うための。
きっとこのあと南吉は、みんなに羽根を見せに行くのだろう。賢治や心平が集める石とは少し性質が違うのだ。だが同じように宝物だ。
「なんの鳥かは分からないが、いい羽根だ」
私がそう言うと、南吉は嬉しそうにうなずいてページをめくった。