知らぬ人 久々知兵助、とある城の忍者になって早二年。様々な経験を積ませてもらい、今では一人で忍務をこなせるようになった。
だが、暗殺の忍務だけは未だに遂行できずにいた。いざ標的を目の当たりにすると寸鉄を持つ手が震え、呼吸も乱れ、何も出来ず撤退することがほとんどだ。今回も先輩に「ここは俺が何とかするから先に帰れ」と言われ帰路の半ばに立っている。
「はぁ……」
また先輩に迷惑をかけてしまった。
…俺、もしかして忍者に向いていないのかも。と悩んでいたその瞬間、
「…わっ!」
「うわっ!?えっ!?」
突然後ろから大声を出され咄嗟に距離を取る。
「あはは!さすがにびっくりしすぎだろ〜!久しぶりだな、兵助!」
「か、勘右衛門!?」
声をかけた人は俺の元クラスメイト、尾浜勘右衛門。現在フリーの忍者をしている。利吉さんの次に売れているそうな。ちなみに本人談である。
「どうした兵助、なんだか元気無さそうだが…」
「う、うん。まぁね。忍務に失敗して…」
こんな無様な様子を旧友に見られ、顔を合わせられなくて目を逸らす。
逸らした先には、敵襲と目が合った。忍装束から見るに、恐らく勘右衛門の追手だ。
「か、勘右衛門…!」
「あっ悪い悪い、今敵襲に追われている最中でさー」
と、当の本人は拍子抜けする程あっけらかんに答えた。
「そういうのは!元気か〜とか聞く前に!真っ先に言うんだよ!」
「あはは、ごめんごめん!ちょっと懐かしさに浸りたくってさ〜。ま、気は済んだし、あまり巻き込みたくないから少し離れていて。」
「今からここ全体、赤くなるから。」
「は…?」
勘右衛門は兵助から五歩ほど後退り、懐から愛用の武器、万力鎖を取り出した刹那、敵が一斉に襲いかかる。恐らく十人程だろうか。そんな人数の攻撃を勘右衛門は軽々と避け、
一人一人、殺していた。
万力鎖を一振りしただけで腹部や頭、人間の弱点を的確に狙い、次々破壊していった。以前よりパワーが付いていることもあるだろうが、大人数を確実に仕留められる実力と瞬発力に兵助は圧倒されていた。
それと同時に、過去の彼を思い出した。学園の実習で、初めて人を殺めた彼を。
当時の勘右衛門は毎夜毎夜、殺めた時と同じ時間に泣きじゃくっていた。もう普通に生きていけない、親に顔向けできない、こんなことをした俺はもう人間じゃないって。ご飯も肉料理が出る度嘔吐していて、見ている俺もつらかった。六年生になっても繰り返し、勘右衛門は卒業まで殺める行為に慣れることはなかった。
それが、俺の知る限りの尾浜勘右衛門だった。
気づけば、地面には敵襲全員倒れており、おびただしい程の血量を頭、口、腹部、様々な場所から吐き出し、地面を赤く染めあげながら鉄臭い匂いを放つ。
その場所の中心に、勘右衛門は立っていた。すると、勘右衛門はこちらに振り向き笑いかけた。顔も、服も、全身に鮮血を纏わせて。
「ふぅ、これで全員始末できたかな。もう大丈夫だよ、兵助!」
…この男は、誰だ?
「…兵助?」
「こないで。」
尾浜勘右衛門は俺が見ないうちに、人を大量に殺しても何も気にせず、悪びれず、平然と何事も無かったかのように微笑みかけることが出来る、全く知らない人になっていた。