「こわい」をだきしめて 私たちは互いに「こわい」を抱いて生きている。
あの時が怖くて、今の幸せに目がくらみそうになりつつも、いつかあの時が戻ってくるんじゃないかって恐れてる。私たちはあの時を「過去」として受け止められないでいた。
夜にどちらかが悪夢を見れば、どちらかが支える。でも私はこわい。二人とも余裕がなくて周りが見えなくなって…ついには貴方を傷つけてしまうんじゃないかって。
さらりと貴方が私の頭を撫でるとき、ひどく泣きそうになる。ずっと待ち焦がれていたその感覚に今も尚安心し、こわくなる。この感覚がどんな形であれどなくなる日が来るのかもしれない。
「どこにもいかないで。」
そう言えたならどれだけ楽だっただろう。
そういう意味ではお姉が、圭ちゃんが、沙都子が、レナさんが、梨花ちゃまが羨ましかった。互いを信頼し、手を伸ばしあって、互いにその手を掴み合う。私は手を掴むことがこわいから。貴方に…悟史くんにさえも。貴方も同じで、きっと私たちは信用してるけど、信頼できていない。頼れない。助けてって言えない。互いにこわいものを持っていて、それを補う儚く優しいものが互いだから。いくら言葉を掛け合っても、愛を伝えても、身体を重ねても、埋まらない何かがそこにあって。それを無かったことにしようと私たちは笑っている。踏み込んで、傷つけるのが怖いから。
オレンジの光が私たちの背中を差し、冷たい風が身体を冷やす。怖さで冷えそうな心をより冷えさせていく。
「ね、悟史くん。」
私は小さく呟いた。悟史くんはそんな小さな声を拾ってくれて、こちらを向いた。
「私たち、ふつうになれますかね。」
ほんと、酷い言葉だ。愛している彼を変な人だと言うのだから。でも私たちが普通じゃないのは共通認識だった。
「…なりたい、よね。」
希望的観測。なれない可能性は大いにある。そういうこと。私は笑って「ですよね」と続けようとしたそのとき。
「でも、どれだけ時間がかかるか分からないけど…詩音となら、なれる気がする。」
その言葉に目を見開いた。まさかそんなことを言われるとは思わなかったから。
「だって僕は君に救われたから。人と関わる温かさを知れたから。」
その言葉に思わず涙が零れそうになる。私もだよ、君があのとき通りかかってくれなかったら、今私何してるか分からない。生きてるか死んでるかも分かんない。今私が生きているのは君のおかげなんだよ。私も、悟史くんのおかげで。
私は少し強引に悟史くんの唇を奪った。温かくて、優しくて。冷えた心を少しだけ溶かす。出会った頃は少し背が高かったくらいなのに、今はもう、何センチ差かな。少なくとも十センチはある気がする。
「私も、悟史くんに救われました…恩人同士ですね。」
知ってる。こんなやりとり、再会して、会話できるようになって何回したか分からない。でもそうやって頻繁に確認しないと壊れてしまいそうなほど私たちは脆い。だからこそ。
「どちらかが嫌になるまでは…一緒に居たいですね。」