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    hakataheikitai

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    hakataheikitai

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    げんこうのしんちょく

    🦷💲進捗満員のドームの、アリーナ席J列12番から見る景色は、繰り返し見たBlu-rayのコンサート映像とはまるで違う世界だった。
    周囲を見渡せば圧倒的に若い女性たちだらけで、皆一様に着飾ったりツアーグッズのTシャツやタオルにペンライト、うちわやメンバーを模したぬいぐるみを持っている。
    「やっぱすごいねえ、熱気が。アリーナ自引きできてほんとラッキーだったね、お父さん」
    「いやしかし……わかってはいたが、明らかに浮いとるな……」
    これから開演する『英雄 LIVETOUR 20XX Origin and Rising』は今日が最終公演、いわゆるオーラス、という回だ。ファンの熱気は最高潮で、気合も十分。そんな中に無駄にデカい親父がアリーナに紛れ込んでしまって、少し気が引ける。きっと娘の冬美の付き添いだと思われているだろう。とはいえ、ライブに足を運んでみたいと申し出たのは俺の方だ。きっちりファンクラブに加入し、自分の名義で申し込んで引き当てたチケットなのだから、堂々としていればいい。Tシャツはサイズがなくて諦めたが、ツアータオルと『轟焦凍』『鷹見啓悟』のマフラータオルは購入できたので、持参している。さすがに恋人のマフラータオルを5万人の中で首に提げるのは気恥ずかしいのでツアータオルにしているが、今度ふたりの時にマフラータオルを持って行って、あいつの反応を楽しむとしよう。
     ずっと流れていたポップな映像がフェードアウトして、照明が落ちた。ファンの黄色い声援がドーム中の空気を震わせる。示し合わせたかのように、一斉にペンライトが各々の推しメンバーの色に変わる。俺は迷った挙句、赤色を灯した。
     今回のライブ演出は、啓悟が関わっていると聞いた。だからこそこの目で見たいという思いが強く、足を運んだのだった。どのツアーでも流れる冒頭の映像は、いつも大人びた雰囲気だが、今回はまるでヒーローアニメのオープニングのような作りだった。
    少年が一体のぬいぐるみを与えられ、そのぬいぐるみが急に動き出す。手を引かれて走り出し、ドアを開けた先には、ヒーローのコスチュームを纏ったメンバーの姿があった。一人ずつが大映しになる度に、ペンライトの色が自動でメンバーカラーに変わる仕掛けだった。
    出久は意外にもパワータイプ、勝己は爆弾を操るタイプ、焦凍は炎と氷を操るヒーローのようだった。皆それぞれで考えたと聞いている。啓悟はというと、赤い大きな翼を背中に背負っていた。飛行タイプだろうか。確かにあいつの身体は羽根が生えているみたいに軽く、どこへでも飛んで行ってしまいそうな身軽さがあるから、ぴったりだ。
    ひとしきり映像が終わると、デビュー曲「Hero’s Academia」のイントロが爆音で鳴り響いた。ライトが全開になり、7人がステージの下から飛び出てくる。
    「東京~~~~~!!ラストだぞ~~~~~~~~!!」
    やはり盛り上げ役は啓悟の担当だ。煽られた観客たちが悲鳴に近い叫び声を上げ、ペンライトを振り乱す。一曲目を終え、二曲目の途中で巨大な台車が現れ、メンバーひとりずつが乗り込んでいった。周囲の女性たちは即座にペンライトを黒地のうちわに持ち替え、『けいくんギャルピして』『かっちゃんキレて』『しょとぴ投げKISSして』など、いわゆるファンサを受けるモードに切り替えた。統制の取れた彼女たちの動きは、よく訓練された軍隊のようだった。さすがに俺も冬美もうちわまでは用意していないので、ひとまずペンライトを振り続けた。
    近くに啓悟の台車が来た。俺の前方のうちわに向かって、変わったピースサインをしてみせると、隣の女性は膝から崩れ落ちて号泣していた。大丈夫かと声を掛けそうになるも、冬美に制される。台車が通り過ぎる寸前、啓悟が俺の方、かどうかは正直わからない、に向けて投げキスをした。俺の周囲にいた全員がギャアアと叫んでいたので、啓悟が俺の存在を認識してファンサをしたのかどうかは不明だ。
    やはり眩しい。啓悟と付き合うようになって半年ほど経つが、未だにアイドルをしている時の啓悟には慣れない。別人と言ってしまえばその通りで、普段俺の家で甘えてくる啓悟と、赤い王族のような衣装を着てうら若い婦人たちに手を振る啓悟が、どうしても重ならない。今、目の前で見ていてもそうだ。俺はいつもの癖で、顎に手を当ててじっと遠ざかる啓悟の姿を観察した。
    「ちょっとお父さんってば。そんな険しい顔してどうしたの」
    冬美に小声でいなされ、俺ははっとして「すまん」とペンライトを持ち直した。
     あっという間にコンサートも中盤に差し掛かる。MCを挟んで(俺と冬美が来ていることを知っている癖に焦凍は一切言及しなかった)、次はユニットの曲に移るのが定番だ。
    照明がフッと落とされ、大人びたギターの音色が特徴的なイントロが流れれば、地の底から這うような女子たちの叫びがドームの天井を揺らす。実はそこまで詳しくない冬美は、
    面食らっている様子だ。この異様な盛り上がり、確かこの曲は…。
    「やばいやばいやばいやばい死ぬ死ぬ死ぬ」
    「うそうわ!!え!あ!えっマジでメンカラ交換してんじゃん!?」
    「けいしょと……けいしょと……あまりにも尊い……!!」
    メインステージ両端の長細い液晶に、黒いスーツに白いシャツ、胸元に互いのメンバーカラーの花のコサージュを差した、息子と恋人、が片方ずつ映し出されている。
    既に情報を得ていたのか、『けいしょと一生推す』『けいしょと結婚して』うちわに持ち替える用意周到さには恐れ入った。
    二人は始め離れた場所で踊り、歌っていたが、やがてメインステージで背中合わせになった。少しアダルトな雰囲気の楽曲は、歌詞もそういった意味を大いに含んだもので、ステージライトも紫やピンクで染まっている。
     焦凍は確かに啓悟のことを慕っているが、ファンの間ではもはや疑似的な恋人関係のように扱われているのだ。何となく知ってはいたが、目の前で見せつけられると、非常に複雑な気分になる。世間のニーズは、啓悟と焦凍という見目麗しい若い男性同士の絡みなのだろうと理解できるから、現実の相手がこんな親父で、何というか心苦しい。などと言えば何故か俺のことを心底好きらしい啓悟は拗ねてしまうだろうから、心の中に仕舞っておく。
     曲は、焦凍が啓悟の腰を支え、啓悟が大きく背を反らせる、タンゴのフィニッシュのような恰好で終わった。と同時に照明が全て落とされ、ドーム内には興奮し切ったファンの絶叫が轟く。
    「はあ…はあ…これさあ…絶対けいくん演出だよね…」
    「間違いないね……あいつは全てを理解している……最後しょとぴが男役だったのも…あまりにわかりすぎている…」
    聞こえて来るファンたちの感想に、そうなのか、と感心しつつ、今日一番の盛り上がりを見せた『けいしょと』ユニットの人気ぶりにえもいわれぬ思いを抱いた。




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    🦷💲進捗満員のドームの、アリーナ席J列12番から見る景色は、繰り返し見たBlu-rayのコンサート映像とはまるで違う世界だった。
    周囲を見渡せば圧倒的に若い女性たちだらけで、皆一様に着飾ったりツアーグッズのTシャツやタオルにペンライト、うちわやメンバーを模したぬいぐるみを持っている。
    「やっぱすごいねえ、熱気が。アリーナ自引きできてほんとラッキーだったね、お父さん」
    「いやしかし……わかってはいたが、明らかに浮いとるな……」
    これから開演する『英雄 LIVETOUR 20XX Origin and Rising』は今日が最終公演、いわゆるオーラス、という回だ。ファンの熱気は最高潮で、気合も十分。そんな中に無駄にデカい親父がアリーナに紛れ込んでしまって、少し気が引ける。きっと娘の冬美の付き添いだと思われているだろう。とはいえ、ライブに足を運んでみたいと申し出たのは俺の方だ。きっちりファンクラブに加入し、自分の名義で申し込んで引き当てたチケットなのだから、堂々としていればいい。Tシャツはサイズがなくて諦めたが、ツアータオルと『轟焦凍』『鷹見啓悟』のマフラータオルは購入できたので、持参している。さすがに恋人のマフラータオルを5万人の中で首に提げるのは気恥ずかしいのでツアータオルにしているが、今度ふたりの時にマフラータオルを持って行って、あいつの反応を楽しむとしよう。
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