24「もっとみんなで整骨院物語」(途中)(整骨院の先生53歳×会社員51歳)
「はい、八円のお釣りね」
「はい。お世話様です」
手に載せられたレシート、小銭、それと緑色のシールが三枚。ヴァッシュの口元が緩む。いかんいかん、変態さんだ、と拳を口に当てて咳払いする。
買い物をした金額に応じてシールがもらえる我が町の商店街。この頃はカードに押印のみならず、バーコード読み取りやら、アプリ提示やらで、お手軽感覚は増してきている。そんな世間一般の「当たり前」の荒波に、仁王立ちをして真っ向から勝負をしているこの町の気概が、ヴァッシュはとても好きだった。
よいせっと、と赤いカゴを置き、エコバックを広げる。
ウルフウッドに言わせれば「客の使い勝手とかいうレベルやないて。商店街のジジババ連中が、やり方変えるんが面倒なだけや」ということらしいが、好きな理由は他にもある。このシール台紙は、五十個溜まると歳末大感謝祭の引換券になるのだ。
ヴァッシュは財布に挟んだシールの数をチラリと見た。おそらくこれで三回は福引き大会に挑戦できる。口の端が上がるのを必死に押さえた。
五年前まではこの連動制度がなかったのだが、郊外に大型ショッピングセンターが出来たことで商店街の店主各位は危機感を覚えたらしい。通年でもらえる緑色シールと、歳末大感謝祭時のオレンジ補助券の連動制度がスタートし、さらに「ラッキー賞」が設置されたことにより、年間を通しての客足が増えたように感じる。土日ともなると、町の外から買い物に来る人もいるらしい。「ラッキー賞」は、この町の活性化として一役買っているのだ。いいことだ。
買った品物を買い物かごからエコバックに移しながら、ニヤニヤ感が止まらない。五十歳を過ぎたオヤジが笑うのは不気味なことこの上ないのだろうが、見なかったことにしてほしい。福引きに関しては良い思い出がほとんどないヴァッシュだが、今年は違う。どうしても「ラッキー賞」を当てたいのだ。
「あ、これ、袋に入れないと」
巻いたビニール袋をピリピリとちぎり、豆腐を入れようとするものの、指を摺り合わせてもビニール袋はなかなか口を開けようとはしない。
――これが老化ってやつなんですよ、水分が少なくなった証拠なんですよね。
はあ、と溜息を付いて首を左右に動かしたヴァッシュは、目の前の掲示板に貼ってあるものに気付き、動きを止めた。
――おおお! 完成してる!
「第五回歳末大感謝祭ディナーショー」のポスターが掲示板に貼ってあった。
うっわあ、ほんとに出てる。
出てないけど出てるー!
ヴァッシュはニヤついた口を押さえた。出来ることなら、隣の人の肩をポンポンと叩いて、「奥さん! これ、うちの人なんですよ! 笑っちゃいますよね、ディナーショーに出るんですって!」と言いまくりたいところなのだが、実際は本物のシルエットを真っ黒で表してあり、下にはしっかりと「シークレットゲスト」と書いてあるので、誰にも言えない。つまらない。しかし、写真を撮影されていた時の仏頂面を思い出すだけで、笑いがこみ上げてくる。いかんいかん。
「あら、ヴァッシュさん。ここでお買い物でしたか!」
身体がビクッと跳ね上がった。
慌てて身体の向きを変えると、メリルが居た。同じ赤いカゴを持っている。
「メリルさん。こちらで会うのは初めてですねえ」
これ幸いにとニヤついた笑いをシフトチェンジして、笑顔全開にして応えると、メリルは少し驚いた顔をして、それからぶわっと赤面した。
「へ」
「い、いや、何でもありませんわ。あ、あっ! こ、このディナーショーって気になっていたんですけど、何なんですの?」
「あ、え? これですか。ここに書いてあるんですが、この顔写真で出ている商店街の旦那衆がホスト役になって、ラッキー賞を当てた方を心からもてなすという企画です」
「は?」
「いや、え? ですから、補助券の五枚で福引きが出来まして」
「いえ、それは分かりますわ」
メリルは「えっと」と言いながら、赤いカゴを置き、こめかみ辺りに指を当てた。
「あの、ですから、ほら、駅への曲がり角の対面にあるシティホールの大ホールを貸し切って、」
「……ええ」
「夕食前に公民館で習い事してらっしゃる方々の発表がありまして、その後にフルコースが出るんですけど、その時に給仕をするのが、ここいらの旦那衆、」
「そこです」
「まあ、ただの、年いった店主さんたちなんですけど、」
「そこですわ」
「貸し衣装屋さんもあるんで、皆でホストを」
「ですから、そこです!」
「え」
(以下本誌に続きます)