Recent Search
    Sign in to register your favorite tags
    Sign Up, Sign In

    azol1107

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 1

    azol1107

    ☆quiet follow

    没!ハイゼンの祖母ネタとエンキの大洪水ネタで書こうとしたけど飽きました

     目の前のものは、死体である。
     昨日まで息をしていた、俺の事を暖めてくれた。大事な、血縁だ。
     しかし、死んでいる。
     周りの温度がかなり低い。薄着ではないが、目の前にある死体のせいでもあるだろう。奥歯がかちりと音を鳴らした。唯一の熱源である自分の体温を逃さないように、服を握り締める。
     口が開いている。まだ生きているように、血色がある。目もうっすらと開いている。首元に傷がある。上に掛けられている布からギリギリ見える細い指の爪の先に、黒い、何かが詰まっていた。おそらく血だろう。
     頭を撫でれば、髪がひとつひとつまとわりついてきた。もう、祖母の綺麗なさらさらとした髪はない。
     手を離そうとすると、逃がさないというように髪が縋りついてきた。まるで、生きているように。
     けれど脳裏にある理性は、目の前にあるものが、祖母が、死体であると告げている。
     崩れ落ちそうな足がある。息苦しさがある。感じていた暖かさはないのに、その白い髪から手が離せない自分がいる。
     だめだ、もう、行かなくてはならないのに。
     涙は零れず、呆然とその死体を見ながら、どうかまた、あのあつい体温を思い出せないだろうかと。淡い期待を抱いてしまった。

     ひどい旱魃があった。死域のように植物は枯れ、川は勢いを失くし、家畜は次々と死んでいった。
     そして更にその次に、飢饉があった。孤児はほぼ死に、施設は圧迫され、ビマリスタンに大量の患者が運ばれ、そしてほぼ全員が死んでいった。
     最後に、疫病が流行った。飢饉のせいで死に物狂いで植物や生肉を喰らう者が増え、またこれでたくさんの命が散った。
     これが一週間の間に起った。
     草神は居ない。いるが、助けてはくれない。スメールの民たちは期待をすべて捨てて、持前の知恵を振り絞って乗り切った。
     あるものは土地を見つけ、民に農業の基礎を教え、あるものは砂漠から家畜を引っ張り、あるものは疫病の解明をした。
     乗り切れた、と思った矢先だった。
     巨大な雨雲が近づき、今度は大洪水が起こった。
     高台にある教令院の広場に集い、上から、また一週間続く洪水を呆然と眺めた。葦で作った屋根に篠突く雨は、人を劈くほどうるさく聞こえた。
     今度こそダメだと、民は思った。
     これはきっと、知識に酔いしれ、狂った私たちへの罰なんだと。草神への冒涜から来た、罰なんだ、と。民たちはそう言い聞かせ、ただただ祈った。
     そんな中、教令院の帽子をかぶり、黒の、知論派の象徴のバッジを付けた男は、祈りもせず、葦の屋根にも入らず、雨に打たれながら水に吞まれていく大地を見た。ここで一句、なんていう雰囲気ではない。
     ただ、葦の屋根の下に入りたくなかった。それだけだ。
     陽光も浴びず、葦の屋根の下で、雨音に怯えながら必死に祈る。そんな滑稽な姿には、なりたくなかった。ただ彼は、今は亡き祖母との思い出の詰まったあの家が無事なのかがわかれば、十分だった。だからこそ、葦の屋根の下なんて周りの状況が分かりにくいところに居座りたくは無かった。
     そうして、七日七晩を乗り切り、止んだ雨音に涙をこぼす民を尻目に、彼は家へ帰った。
     ようやく、またあの日常が帰ってくると。
     しかし、自宅前まで来て、彼は気づいた。自分と同じ、教令院の服を着た男が、家の壁に横たわっている。びしょ濡れで、綺麗な金髪はべっとりと目元に張り付いていた。帽子には妙論派のエンブレムがある。
    「おい」
     声をかけるも、返事がない。首元に手を当てると、若干の体温と脈が感じられた。まだ生きている。知らずのうちに心拍数が上がっていたことを知り、まだ乗り切れていないな、と自嘲気味に彼は笑った。
     背中に手を回し、体を起こすと、妙論派の彼の手中から何かが飛び出してきた。
     猫だ。しかも、子猫。こちらもまたずぶ濡れだ。
     逃げ出そうとする子猫を捕まえて、彼は慣れない手つきで左のポケットから鍵を取り出した。家の鍵穴に挿し込み、扉を開ける。
    「ただいま」
     残念ながら、今家にいるのは彼の手を噛んでいる子猫と、家の外で未だに寝息を零しているずぶ濡れの男のみだ。どちらもこの虚しい挨拶に返事は返してくれない。
     ずぶ濡れの子猫をひとまずソファの上に置き、毛布を被せる。外にいる男も引き摺り、とりあえずソファーの上に寝かせた。玄関先からリビングまでが水浸しになったが、そんなことを気にするほど、彼も余裕がなかった。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    Let's send reactions!
    Replies from the creator