ミントキャンディ 居残り練習に付き合ってもらった、二人きりの帰り道。
こほ、と小さな咳をすると、気づいた竜崎さんが、すかさず大丈夫かと声をかけてくる。
「大丈夫です。お気遣いどーも」
言いながら喉の辺りを一撫ですると、ポケットを探った竜崎さんが、俺の手をとった。
「……なんですか?」
「のど飴だ。少しはすっきりするだろ」
ころんと手の平に置かれた包みを、礼と共に受け取って、素直に口の中に入れる。
スッとするミント味だ。
ちょっと、竜崎さんに似てる。
浮かんだ思考に小さく笑って、口の中でまるい飴を転がした。
からころ。徐々に溶けていく小さな飴玉がなんだか惜しくなって、手元に残った包みを見る。透明なそれには、どこのメーカーのものかなんて、ひとつも書かれていない。
「どうした。もう少し持っておくか?」
今度はポケットではなく鞄を開いた竜崎さんが、俺の手の平に飴をふらせる。
「え」
こんなにいらないという気持ちと、気遣いを嬉しく思う気持ちがきれいにまざりあって、一瞬、言葉につまってしまった。
「……ありがとうございます。あの、竜崎さんの分、ちゃんとあります?」
「あるから気にしなくていい。それより、今日は早く寝るんだぞ」
手の平いっぱいの飴を、反射でグッと握りしめた。
“今日は”じゃなくて“今日も”でしょう。
咄嗟に言い返しそうになった言葉は、溶けた飴と一緒に飲み込んだ。子供扱いして、と拗ねるのは簡単だったけれど、俺を心配してくれているのもわかるから、渋々頷いておく。
「……そうします」
「そうか」
ぽん、と頭を一撫でして、すぐに離れて行った手を、無意識に目で追いかけると、頬を緩めた竜崎さんの眼差しが視界に映った。
直視していられずに、咄嗟に顔を逸らすと、握りしめたままの飴をそっと自分のポケットにしまいこむ。
これは、大事に食べよう。心の中でそっと誓う。
——こうして与えられるもの、一つ一つ。
返しきる前に、また与えられてしまうんだろうな。そう、何故だか漠然と思えて、そんな風にお兄ちゃんや家族以外のことを信じている自分のことが、まだ信じられないでいる。
「……竜崎さんって、ほんと、面倒見いいですよね」
ぽろりと言うはずのなかった言葉が転げ落ちた。きっと誰にでもそうだから、勘違いしちゃいけないと思うのに。
そうか? と、首を傾げた竜崎さんが、あさっての方に目をやってから、改めてじっと俺を見下ろしてくる。
「別に、誰にでも、というわけじゃない」
「……え」
「目の前で本気で頑張っているやつには、手を貸したくなるだろう。だから俺のことを面倒見がいいと感じるなら、七瀬がそれだけ頑張っているんじゃないか。まあ、放っておくと無茶しそうなのもあるが」
明日の練習も楽しみだな。そういって、竜崎さんが笑う。
あ、俺、この笑顔が好きだ。
彼が手をのばしてくれる存在であり続けたい。ずっと。一生。
「明日は、もっとよくして見せます。竜崎さんが、びっくりするぐらい」
「言ったな」
ふふと笑いあう。胸がいっぱいで、気づかれないように深呼吸をすると、ミントの清涼な風が通って、今更、喉の違和感が消えていることに気がつく。
すごいな。
俺を晴らすのは、いつだってあなた。