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    紗哉(さや)

    自由律俳句

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    紗哉(さや)

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    94サテマナ。ホワイトデーの話。バレンタインの話から続いています。

    ##サテマナ

    何倍返しもの幸福を「はぁ……何であんなこと言っちゃったんだろう……」
     三月十日。明日は休み。今はギルドで待機中。ひと月前に貰ったバレンタインデーのお返しが未だ決まらない俺は、頭を抱えていた。
    「おいおいサテツ、何落ち込んでんだ」
    「ショット……。実は俺、」
    「いや聞かねえが」
    「聞いてよ!」
     声をかけてくれたショットに相談をしようとすれば、裏切り者のモテエピなんざ聞きたくねえよとアッサリ断られた。それもそうかと思うけど、じゃあ中途半端に声をかけずに放っておいてくれたらいいのに。
     泣きながらお茶を飲んでいると、マリアとターちゃんの女子二人組が見回りから帰ってきた。そうだ、ホワイトデーにお返しを貰う機会は女の子のほうが多いはず。二人から何か良いアドバイスがもらえないだろうか。
    「お疲れ、二人とも」
    「おう、お疲れー」
    「お疲れある」
    「ちょっと相談したいことがあるんだけど良いかな?」
    「ん、どうした?」
     切り出すと、二人は飲み物を頼みながら聞く姿勢を取ってくれた。俺は話す。先月のバレンタイン──に限らず、いつも手作りの美味しい食べ物をくれる相手へのお返しは何が良いだろうか、と。
     そこに込められた好意への良い返事も兼ねようと思ってるので、いくらか奮発したいつもりであることも添える。するとマリアには目を丸くされ、ターちゃんには呆れた顔をされた。
    「何だよ、お前らまだ付き合ってなかったのか?」
    「しかも向こうに行動起こさせたか。でかい体して尻の穴の小さい男ある」
    「え!?」
     名前を出さずにぼかしたつもりなのに、これは明らかにバレている。俺が焦ると、二人と、ついでにショットまでもがヤレヤレと溜息をついて俺の回りを囲んでくる。どうして?!
    「おいサテツ……今いくら好意を寄せられてるからって、それに胡座かいてるといずれ呆れられるぜ」
    「誰からの好意も寄せられてない男が何偉そうに言ってるか」
    「 」
    「ドーンとでっけぇ肉でも食わせてやれよ!肉が一番嬉しいだろ!俺が獲ったダチョウ持ってくか?」
    「あ、ありがとう皆……ダチョウはちょっと、今回は遠慮しとく」
     やいのやいのと騒がれ、ショットはターちゃんの毒舌で沈められ。その後は下等吸血鬼発生の報せを受けて皆で退治に赴いたため、話題は切り上げられた。

     そうして結局何のアイデアも得られないまま家に帰ってきた。このまま寝たら休みが来てしまう。さてどうしようと堂々巡りの課題に頭を悩ませながら布団に寝転がれば、まさに思い浮かべていた相手からRiNEが来ていた。
    『兄ィ明日ヒマ?』
    『特に用事はないよ』
    『遊びましょ〜!』
     お返しも決まっていないのに、その誘いが素直に嬉しくてOKのスタンプを返す。そうすると、自作らしいグールの『やった〜!』スタンプが連投され始めた。そんな連投攻撃にも慣れたもので、止まるまで見守っていようと画面を眺めている内にふと、これならというお返しを思い付いた。
    『マナー君、特に行きたい所が無ければ明日うちに来てくれる?』
     メッセージを送ると、ぴたりとスタンプの波が止まる。既読マークはすぐについたのに。もしかして変な意味に取られてる……?
    『ごめん変な意味じゃなくて、車出したいから一回うちに来てほしいなと!』
     慌てて送るが我ながらとても言い訳じみている。しかし無事に伝わったのか、『了解!』のスタンプが送られてきたのでホッと胸を撫で下ろした。
     時間の指定はしていないが、彼が出歩ける時間帯は決まっている。それまでに起きて準備をしなければ。楽しみに思う気持ちと少しの緊張を抱きながら、俺は眠りについた。

    「おはようございま〜す!」
    「おはようマナー君」
     眠って起きて、色々と準備を整えて、時刻は夜の八時頃。彼は数体の小さなグールを引き連れて俺の家にやってきて、家の前で車の掃除をしていた俺に声を掛けてくる。
    「どうぞ乗って」
    「はーい」
     家族共用の、数台ある内の一台。今日は夜から使わせてほしいと事前に申告しておいた、俺が乗るには少し小さめの車。
     彼を自分の運転する車に乗せるのは初めてだけど、これからきっとそういう機会も増えていくのだろう……と思うと妙に感慨深い気持ちになる。密かな感動を噛み締めながら乗車を勧めると、マナー君は当然のように後部座席の扉に手を掛けた。
    「え、」
    「え?」
     思わず驚いて声を出せば、彼もびっくりしたように手を止める。意図せず二人で見つめ合えば、グールが俺の脛をペシペシと叩いてきてほんの少し痛い。
    「あ、その……助手席に座んないのかなって……」
    「……良いんですか〜? 恋人でもない、吸血鬼なんか助手席に乗せちゃって」
    「もっ……、もちろん良いよ!乗って?!」
    「……ま、兄ィは誰でも乗せてそうですもんね」
     マナー君は何故かプイッと顔を背けて、後部座席にグール達を入れてやると自分は助手席に乗り込む。掃除に使っていた道具を片付けてから俺も運転席に乗り込めば、車内の造りのせいでとても近くからマナー君の良い香りが漂ってきて、予想外のマズさに気が付いたけどもう手遅れだった。
     ごくりと唾を飲み込んだ音が聞こえてしまったんじゃないかと不安になりながらもシートベルトを締め、エンジンをかける。マナー違反を信条とする彼のことだからシートベルトに関してきつく言っておかねばと思ったが、言うよりも前にそれはしっかり締められていた。バックミラーを確認してみれば、後部座席に座ったグールたちも全員がきちんとシートベルトをしている。
     ──こういうところだよな、と思う。根は真面目で、そもそものルールを理解した上でマナー違反をやっている。だから本当に危ないことはしないし、何も分からずにルールを破る者を見ていられない。自分の芯がしっかりとあって格好良くて、そんな子がどうして俺なんかに懐いてくれたのか。
    「じゃあ、出発するよ」
    「はーい。信号待ちとかにちょっかいかけてやる〜」
    「運転中じゃないところが偉いね」
    「いや、運転中はフツーに危ねーから……ってそうじゃない〜!」

     いつからか彼のことを考えている内に、好きになってしまっていた。どうせ今だけ、物珍しさで懐いてくれているだけだろうと、意識しすぎないように気を付けていたつもりだったのに。気が付けば深みに嵌っていた。格好良くて華やかで、困ったところも多々あるけれど、彼が自分の楽しい道を突き進む姿は輝いて見えた。
     脈があると確信したのは、ひと月前のバレンタイン。
     それまでも、もしかしてと思うことは度々あったけれど、俺は勘違いをしないようにあまり深く受け止めずに流してきた。
     けれどあの日、何でもなさそうに他のチョコに混ぜて手作りのものを贈ってくれて、他の人から貰ったお菓子に対して嫉妬を見せてくれて。
     野暮だとかそういうことを思う間もなく突っ込んで聞いた時点で、強い否定をされなかったことから両想いであることはほぼ確実だろう。しかし俺は自らが口にした『ホワイトデー、期待してて』という言葉に縛られて未だ正式に彼を恋人に出来ていない。だから今日。ちょっと早いけどお返しとしてその言葉も言おうと心に決めている。……けど。
    (無防備だなあ……)
     赤信号で車を停めたタイミングで、ちら、と助手席を見やる。車の動き始めこそスマホをいじっていた彼は、今は目を閉じてすぅすぅと寝息を立てている。行儀良く伸ばされたままの姿勢はシートベルトで固定され、顔だけを真下に向けて。首を痛めてしまうだろうから起こしてあげたいけれど、こんなにも安心しきった態度を見せられると何だか悪い気はしない。
     そもそも今日、彼をどこに連れて行くかだって言っていないのに、訊かないまま乗ってくれているのもおかしな話だ。これはきっと俺相手だから……だと、自惚れたって良いだろう。
     ──愛おしいな、という気持ちが自然と心に湧く。
     出会いは散々だったはずなのに、何故か彼は俺を気に入ってくれて、たくさん構ってくれるから、俺は自分に自信が持てるようになってきたんだよ。
     ──きちんと伝えよう。言葉で、態度で。
     目的地まではまだ遠い。俺は眠る彼を起こしてしまわないよう、いつもよりずっと安全運転を心がけた。

    「マナー君、起きて。着いたよ」
    「……ん、む……」
    目的地に車を停め、未だ助手席で眠っている華奢な肩を軽く揺する。するとマナー君は目を擦りながら起きて、シートベルトを外す。それから後部座席を振り返ると、「やべ」と一言呟いた。
    「え、何が……って、ウワーッ!土だらけ!」
    「ごめんなさい、俺寝てたからグールを固めるチカラが解けてたみたいで」
     今直しますから〜と、彼はあくびをしながら後部座席に向けて手をかざす。するとシートの上でぐしゃぐしゃに崩れていた土の山は、発車前に乗っていたのと同じ形のグール達になった。彼は何でもないことのようにやっているけれど、よくよく考えるとグールの生成と使役って高等吸血鬼ならではの恐るべき能力なんだよな。それを普通にこなしている彼は畏怖すべき高等吸血鬼で……まあ、普段やっていることと言えばしょっぱいいたずらばかりだけれど……だからこそ本当に不思議に思う。どうして俺を?
    「さ~て、兄ィは俺をどこにさらってきたんですか~?」
    「人聞きの悪い事言わないで」
     助手席の扉を開けて外へ下りるマナー君に続くように、再生成されたグール達も自分たちでシートベルトを外して車外へ出ていく。俺も同じように下車すると、深夜の少し肌寒い風が頬を撫でた。
    「……何ここ?もしかしてこれホントに誘拐ですか?」
    「誤解!だから!!」
     エーンッと泣きながら弁明するが、正直そう思われても仕方がない。ここは市街地から離れた、郊外にある自然公園の駐車場だった。周りをぐるりと雑木林で囲まれており、街頭の心細い灯りがポツポツと照らすだけの、暗い場所。
    「えーと、説明させてください」
     マナー君は、改まった態度をしてみせる俺の話を聞いているのかいないのか分かりにくい態度で、辺りを見渡しながら軽く歩いている。後を追うグール達も物珍しそうにキョロキョロと見回して主人に続く。
    「君と二人きりになれる場所を考えたら、こういうしか思い付かなくて……街はどうしても誰かに会いそうだし……」
    「あっ、ベンチありますよ!話すんなら座って話しましょ~!」
    「ウッ……ウン、そうだね……」
     今、結構勇気を出して言ったんだけどな!?軽い調子で流されて、思いのほかダメージを受けている自分に気が付く。ばつの悪さに頬を小さく掻いてから、マナー君が見付けたベンチに並んで座る。
    「つーか兄ィは……二人きりになったぐらいで俺が喜ぶとでも思ってたんですか?安く見られたもんだぜ!っていうか全然二人じゃね~し!」
    「イー!」「イー!!」
    「わっ、ちょっと、コラ!!」
     急に背中をよじ登られる感覚。マナー君がグールをけしかけてきたのだとすぐに分かるが、俺は口で制すだけで手は出さない。マナー君の生み出すグール達だって彼を形作る大切な要素の一つなのだから、実質二人きりと変わらないだろう。そう思えば、背にくっつくその小さな重みすら愛しく感じた。
     それにもう、こんなのもとっくの昔に慣れたし、全然嫌じゃないしで。
     俺は背中が僅かに砂や泥でざらついてきたのも気にせず、隣に座る彼に向き合う。
    「マナー君、聞いて。先月のバレンタインチョコ、改めてありがとう」
    「きゅ、急に改まるな~っ!」
    「期待してて、なんて大見得切っちゃったくせに結局こんな感じでごめん。だからせめてこれは俺に言わせてほしいんだけど」
    「……」
    「俺はマナー君のことが好きです」
     背中に乗って俺の髪やら耳やらを引っ張っていたグールの動きが固まった。目の前のマナー君は、辺りの暗さで見えにくいけれど耳の先まで赤くして俯いている。
    「これから先、俺が見つける幸福の中にマナー君がいてほしい。俺の幸せを君と分かち合っていきたい。……俺を君の恋人にしてもらえませんか」
     白くすらりとした手を取って両手で優しく握り込めば、マナー君は真っ赤な顔をゆっくりと上げて、目と目が合うと、こくんと頷いた。


    「……ごめんね、お返しは何かプレゼントで考えてたんだけど……今まで貰ってきた分に見合う物が思い付かなくて……」
     告白をして、受け入れられて、その後しばらくこれからの事を話して。
     折角だし記念にここの土でグール作っていきましょう!と張り切ったマナー君が一クラス分ほどのグールを生み出そうとするのを慌てて止めたりしながら、時は進んで。
     夜が明ける前に帰ろうと再び乗り込んだ車内で、告げておきたかった謝罪をする。すると今度は当たり前に助手席に乗り込んだマナー君から、キョトンとした顔が向けられる。
    「もう十分貰ってますよ」
    「えっ?俺、マナー君に何かあげたっけ……?」
     俺が呆けた声を出せば、彼はその態度に何か面白さを見出したのか、ニィッと口角を上げて笑う。細められた赤い瞳と、唇の間から見える牙が、彼が人ならざるものであることを思い出させる。後部座席からもグール達の楽しげな笑い声が響いてきて、この場で俺だけが置いていかれている。
    「ヒミツ」
    「ええ……」
     もやもやとしたものが胸に残る。けど彼は相変わらず楽しそうに笑っているし、自分でも知らない内に彼の喜ぶ何かをあげられているのなら、それで良いような気がした。
     シートベルトを締めて、助手席の彼もきちんと締めているのを確認してからエンジンをかける。
     バックミラーで後部座席を見る。結局一体だけ新たに加わったグールは、どこか俺と彼に似ていた。


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