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    comecome33123

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    comecome33123

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    しょくさい2展示作品 さめししのお話です。
    村雨さんが獅子神さんの中にある唯一の宝物のような記憶に触れるお話です。

    綺羅星に祈る 真経津の家はまるで玩具箱のようである。その城は、彼の中の琴線に触れたものがぎゅうぎゅうに詰められただけの無法地帯であるのだ。しかし、その好奇心も刹那的な代物であるので、飽きた玩具は箱の隅に追いやられ、埃を被らせることとなってしまう。
     真経津にとってゴミとなったそれらは、倉庫化した一室に溜め込まれている。それも、時折真経津の家に訪れる獅子神や、彼の行員である御手洗が、床のあちこちに散らばった玩具だったものたちを拾い上げては、ゴミの終着駅まで持っていったり、溜まりすぎた倉庫から不要なものを廃棄したりしているのだ。
     そして、今回もそうであるらしい。
     今回の友人達との交流の場が真経津の家へと決定した時点で、村雨はもちろん察しはついていた。
     前回真経津の家で集まったときから、随分と間が開いている。そろそろ彼の部屋のあちこちにはゴミが蓄積されていく頃だ。家主はきっと、友人たちとも遊べて、獅子神さんには部屋の掃除もして貰えてラッキーだと、ほくそ笑んでいることだろう。獅子神も何だんだ文句を言いながらも真経津のその甘えを容認しているし、真経津も受け入れられることを理解しているので遠慮せずにあけすけに獅子神にアピールしている。
     その度に村雨は、あまり甘やかすなと、指摘してやっているのだが、いまいち獅子神当人には響いていないようであった。マヌケめ、とため息をつくばかりである。
     獅子神は真経津の家に着いた途端、散らかった部屋にまず文句を一つ二つほど言い、片付けに取り掛かり始めた。この家に訪れた際には毎回見かけることとなる光景だ。もはや恒例行事である。
     チョロいなあ、と叶は揶揄うように呟く。しかし、案外警戒心が強く臆病者の彼がその手ぬるさと生易しさは発揮させるのは、己を含めたこの友人たちの前だけだと理解できているため、簡単に口にできたというだけである。だからこそ、彼らは獅子神に甘え、そして逆に甘やかすように可愛がってしまうのだろう。
     獅子神は部屋のあちこちを行き来し、時折真経津に声をかけながら、片付けを進めていった。稀になんだこれというものを発掘し、真経津もなんだっけこれと首を傾げるものだから、正体不明の何かまで紛れている始末だ。よくそんなものに触れられるものだと村雨は呆れるばかりである。
     そんな獅子神の奮闘のおかげで、足の踏み場を探しながら歩かねばならなかった部屋は、随分と綺麗に整えられ、まともな一室へと姿を戻したのであった。
     幾分か過ごしやすくなった空間で、残りの4人はゲームをしたり、それに野次を飛ばしたり、持ち寄ったお菓子を摘んだり、と各々で好きに過ごしている。しかし、獅子神の姿だけが視界に入らない。次はゴミの終着駅である倉庫化した部屋を片付けているのだろう。よくやるものだと、彼の献身さには感心させられる。

     その時、ポロン、ポロン、と転がるような音が何処から聞こえてきた。

     テレビゲームから漏れ出る派手なBGMの合間に、それは村雨の鼓膜を僅かに揺らしたのである。
     村雨は鼻が利く。視力はよくないが、ものの見方は他より遥かに優れている。複雑に混じった風味や味を分析する舌も持ち合わせている。身体を通して得られる感覚が通常よりも鋭利なのだ。それは、耳も例外ではない。
     村雨は、天堂が手土産として持参したクッキーを数枚ほど続けて口の中に入れる。バターの風味が口の中だけでなく、鼻の奥にまで広がった。カップの中に半分ほど残った珈琲を飲み干し、クッキーの甘味を中和させる。
     その後、ゲームに熱中する他の友人3人を置いて、村雨はリビングを離れたのであった。

     ポロン、ポロン。

     音の出処は真経津の家の大きなゴミ箱の中からである。村雨はその部屋の前まで向かうと、何の躊躇もなく扉を開けた。
     部屋の中は埃被った香りが充満している。身体に悪そうな空気だ。部屋のあちこちには先程までリビングルームで見かけた、真経津の玩具たちで溢れていた。窓の数が比較的少なく、陽当たりもあまりよろしくないこの場所は、昼間だと言うのに薄暗く感じられる。
     しかし、その薄暗さの中でも、淡い光を灯す金糸が部屋の奥で輝いていた。その持ち主は、部屋の片付けをしている獅子神であった。
     ポロン、と彼の手から、音が一つだけ零れて、そこで止まる。
     獅子神は村雨の来訪に気づいたようで、こちらを振り返った。そして、驚いたように目を丸くさせたあと、それを直ぐにふわりと緩める。まるで、人に懐いた野生の動物のようであった。
     村雨は暗闇の中で光に群がる虫のように、ふらりふらりと獅子神の元へと向かっていった。

    「村雨、どうしたんだ」
    「珈琲が無くなった」
    「そのくらい自分でするか、家主に頼めよ」
    「あの男がまともな飲み物を出せると思っているのか?」
    「いや、それは、うーん……」

     村雨の指摘は正論だったのだろう。獅子神は片眉を寄せて唸り返すしかないようであった。
     ワックスで綺麗整えられていた金髪が少し乱れている。横に流した金髪が目にかかり、彼の泣きボクロを隠そうとしているので、村雨はそれを指で軽く払ってみせた。

    「ん、悪いな。ありがとう」
    「ああ。ところで、貴方は何をしている?」

     そう尋ねた村雨の視線の先には、獅子神の手が軽く乗せられているピアノがあった。
     コンサートやレストランで見かけることのある、立派なグランドピアノではない。それよりも小さなモデルをしたアップライトピアノであった。それも、真経津の玩具だったものの一つなのだろう。
     その鍵盤に獅子神は指を乗せている。少し力を入れて押し込めば、ポロンと音が零れ落ちてきていた。

    「片付けをしていたらこのピアノを見つけてな。試しに音を出してみただけだよ。あ、悪い。もしかして、うるさかったか?」
    「いや、音は聞こえたが、大して気にならなかった」
    「そっか」

     獅子神は悪戯がバレた子供みたいに決まりが悪そうな様子を見せる。まるで、これから叱られるのを待つ大型犬のようだ。その大きな身体を少し縮めて、眉尻を下げていた。
     そんなふうに素直な態度を見せるから、皆は貴方をからかい、構ってやりたくなってしまうのだと、この男だけが自覚がない。そして、村雨はきちんとその自覚があるので、それをわざわざ教えるような優しい真似は決してしなかった。

    「ピアノを弾いたことはあるのか?」
    「んー、あんまりねえな」
    「そうか」

     村雨は鍵盤の上に指を滑らせる。そして、ポロン、ポロンと繊細な音を奏で始めた。独立した音は1つずつ結びつき、広がりをみせ、色をつけて、やがてひとつの音楽となっていく。
     それを耳にした獅子神が「あ」と小さく声を上げた。青の瞳が星みたいにピカピカと瞬いている。

    「お前、ピアノ弾けたのかよ」
    「子供の頃に習ったことがある」
    「へえ、お前の兄さんも?」
    「兄とも一緒だったが、あの人はすぐに飽きてやめてしまった」

     へえ、と感嘆の息を吐く獅子神は素直に感心しているだけのようであった。そこに、卑屈さや妬みなどのマイナスな感情は一切見受けられない。
     本の中の物語を聞くように、ここでは無い別の世界を覗き込むように、そんな無垢さで獅子神は村雨の家族や過去の話にいつも耳を傾けている。その線引きは村雨をほんの少しだけ虚しくさせるのだ。

    「貴方の弾きたかった曲はこれだろう」
    「すげえな。なんで分かったんだよ」
    「貴方は音をひとつずつ鳴らし、確認しながらも、少しずつそれを繋げていっていたからな。その音を聞いて、この曲だと直ぐにわかった」
    「お前はやっぱりすげえなあ」

     ポロン、ポロン、ポロン。
     村雨は鍵盤を叩いて音を鳴らす。
     曲は、『きらきら星』だ。
     幼稚園や保育園、小学校などの教育機関で、誰もが幼い頃に触れた経験のある、馴染み深い曲の1つだ。この日本だけでなく、世界中で親しまれている童謡である。
     だからだろうか。この曲を耳にすると、無意識のうちにノスタルジーに浸され、心の柔らかな部分を優しく撫でられるような感覚に陥る。過去に戻りたいなどとは思わないが、この温かな懐かしさとひと匙程度のもの寂しさは、確かに人の心の棘を削り、優しくさせるものであるのだ。

    「きーらーきーらーひーかーるー」

     獅子神が村雨の引く音に合わせて、囁くような声で歌う。低く、柔らかな声は、1つ1つが丁寧に、繊細に、紡がれている。その音は笑っているようにも、そして泣いているようにも聞こえた。それでも、それは村雨の耳に心地よく馴染んだのである。
     彼の口から奏でられている音は、使い古された懐かしい香りがする。それは、この鍵盤から漏れる音と同じ匂いをしていた。

    「昔、母親がピアノで弾いてくれたことがあるんだ」

     ポツリ、と零された言葉は、珍しくも、彼があまり表に出したがらずにいた過去に関わる話であった。
     村雨は何も口を挟まずに、静かに耳を傾ける。鍵盤を打ち鳴らす手だけは止めなかった。

    「家には、こんな立派なものじゃねえけど、子供用のおもちゃのピアノが一つだけあったんだ。近所の誰かからお下がりで貰い受けたもので、それが小さい頃のオレの唯一の遊び道具だった。でも、音が鳴るだけでその楽しさがよくわかんなくてさ。全然使ったことなんかなかったよ」

     獅子神は笑いながら話す。身体の様子を見ても、無理に引き攣った笑いでは無いことが分かる。心身共にリラックスした状態で、ただ穏やかに笑っているのだ。

    「あの頃は父親も家に帰ってくることはあったし、母親も機嫌がよければ、オレの存在に気づいてくれることもあったんだ」

     鍵盤を打ち鳴らす指が、ほんの少しほど音をずらす。獅子神がそれに気づかなかったのは幸いと言えよう。村雨は知らぬ間に奥の歯を噛み締めた。
     大変憎々しいことに、大変受け入れ難いことに、獅子神の過去は一般的に恵まれたものではない。
     それは、人との接触に慣れておらず、何処か怯えている節があるところだったり、時折彼の中に残さざるを得なかった幼さや無知さの一欠片を拾い上げたときだったりと、彼の普段の様子から見て察せられるものではあった。しかし、その過去の核となる部分に村雨が思いもよらず知ることとなったのは、彼と共に挑んだタッグマッチで、対戦相手の警察官にそれを無理矢理曝け出された事がきっかけであった。

     僕が何か悪い事をしたから、パパとママは何も買ってくれなかったんですか。

     幼い頃の獅子神の途方のない問いかけは、彼が何も与えられなかった環境にいたことを何よりも示している。生きていく上で必要な食べ物も、学ぶための道具も、親から子供へ与えられる温かな愛情でさえも。
     ああ、やはり、この世界はイカレている。

    「母親が、そのピアノを一回だけ弾いてくれたことがあった。この曲を弾いて、歌ってくれた。オレもそれに合わせて一緒に歌ったんだ。嬉しかったし、楽しかったよ」

     獅子神は宝箱の中に大切に仕舞いこんでいたものを、そうっと村雨にだけ見せてくれるような拙さでそれを話した。それだけで、彼がこの唯一の思い出をその大きな体の奥深くで、大事に、大事に、抱え込んでいたかがわかる。愛を知らぬ男が、もしかするとこれは愛だったのかもしれないと願った、正しくキラキラに光る星のような記憶なのだろう。
     空を閉じ込めた瞳は、ここでは無いどこかを見つめて、優しく細められている。下唇を柔らかく噛み、笑みを浮かべそうになっている口元を何とか制しているようであった。
     抱きしめたい、と思った。そのいじらしい口を塞いで、舌で舐めて、そのまま笑ったっていいのだと、教えてやりたいと思ってしまった。

    「きーらーきーらーひーかーるー」

     子供の頃に戻ったかのように、獅子神は無邪気に歌っている。村雨の鍵盤の上を滑る指の動きを楽しげに笑って眺めている。
     その歌をまだ聞いていたくて、彼にもっと笑っていて欲しくて、村雨はピアノを奏で続けた。
     とても、可愛らしいと思った。
     とても、愛おしくも思った。
     そして、少し、泣きたくもなった。

    「よーぞーらーのーほーしーよー」

     幼い彼の横でピアノを弾いた、彼の母親という生き物は、何を思ってこの曲を弾いたのだろう。獅子神のためか、あるいは己の心の安寧のためか。もしかしたらただの気まぐれだったのかもしれない。
     それでも、共にこのきらきら星を奏でた時だけは、その母親も、今村雨が抱いている感情と同じようなものを、獅子神に対して想っていてほしいと、らしくもなく祈りたくなってしまったのである。
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