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    AM68218433

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    ハイヒール履くりんねくんのニキ燐 導入部分です

    燐音くんがとある新商品のイメージモデルに抜擢された。
     新しくできた会社で、当然ながらというかなんというか、僕は名前を聞いたこともないようなところだった。元々は個人名義で活動していた『インフルエンサー』っていうひとが立ち上げたブランドらしい。なんでも燐音くんの大ファンで、どうしても燐音くんにモデルになってほしいと先方から直々にご指名があったのだとか。なかなか奇特なひとだと思うが、まあ燐音くんは黙って立っていれば格好いいし綺麗な顔をしているからモデルにしたいという気持ちも分からなくはないかもしれない。中身が壊滅的だけど。
     燐音くんがモデルとして起用された商品というのも、これまた少し変わっている。
     商品のアピールポイントは『履き心地の良さ』。そして、コンセプトは『走れるヒール』。
     ヒールを履いている女の人が痛がっているところは僕も何回か見たことがある。僕が知らないだけで、世界中にそういう光景はありふれているようだ。そういう意味では『履き心地の良さ』というのはアピールポイントとしてよく見るし、『走れるヒール』というのもかなりありふれたコンセプトらしい。つまり、インパクトが少ないのだ。新商品の売り出しには『インフルエンサー』さんの力だけではまだ足りない、というので、そういう意味で燐音くんに期待されたのは意外性と話題性。
     つまり、女性用ハイヒールのモデルとして燐音くんが選ばれたのである。

    「燐音くん、女の人の靴なんか入んないっしょ」
    「シンデレラの義姉みてェに足削るかァ?」
    「うげっ、想像させないでほしいっす」
     ぐつぐつと煮立つ鍋の中からローリエを抜き取りながら声を上げると、カウンターに腕を置いている燐音くんがけらけらと笑った。星奏館の広いキッチンでも、なんだかんだと燐音くんは傍に近寄ってきてはこうしてちょっかいをかけてくるのが常である。暇なんだろうかと思わなくもないけれど、こうして話をしながら料理をすることに慣れてしまった身としては燐音くんがいないと張り合いがないと思う時があるのも事実だ。絶対邪魔なだけなのに、慣れとは怖いものだ。
     目じりを下げた底意地の悪い顔で、燐音くんはキッチンに立つ僕を見ていた。そういう表情をしなければ悪戯にひとに警戒されることもないと思うのに、『天城燐音』というブランドを大切にしている燐音くんは好き好んでひとに警戒されようとする悪癖を未だ治そうとしない。最初に警戒されることで、燐音くんと一定の距離を保とうとする相手を自分のペースに巻き込むのが得意なのだ。詐欺師か何かだろうか。これまで燐音くんに何度も何度も騙されてきたことを考えると、詐欺師という言葉もあながち間違いじゃないように思う。
     カウンターに肘をついた燐音くんは、前髪の間から楽しげに細めた目で僕を見上げていた。僕を一心に見つめている水色の瞳がきらきらと光っていて、それから目を逸らすように僕もまたお鍋に向き合って燐音くんに背を向ける。
    「今回のは特別製だから。俺っちのジャストサイズで作ってくれるんだってよ。キャハハッ、足が削れたら俺っちのお肉をニキに食わせてやれたのになァ?」
    「食べないって言ってるじゃないっすか。燐音くんのお肉なんか絶対美味しくないしお断りっすよ」
    「美味くない食材でも食えるようにするのが料理人ってもんなんじゃねェの?」
    「燐音くんが料理人の何を知ってるんすか?」
     少し硬い声が出て、ぐつぐつと煮立つ鍋の中に音が落ちていった。嫌な気分になったというほどではないけれど、聞いていて楽しい話でもない。だからそういう声が出たのだ。誤魔化すように、ゆっくりと鍋の中でおたまを回す。
     たびたび燐音くんは僕に食べたがられるような口ぶりをするけれど、冗談にしたって趣味が悪い、というのはわかっているんだろうか。わかっている上で言っているに違いない。
     ただ、燐音くんは燐音くんなので、僕のそんな気持なんか全部無視して笑うのだ。
    「ニキきゅんが俺っち専属の最高の料理人ってことは知ってるんだよなァ」
     それで充分っしょ、と燐音くんが上機嫌に声を弾ませる。誰が専属料理人だ、と言えればいいのに、僕の喉は魚の骨でも引っ掛かったように締まって動かなかった。心の隅っこに現れた、『嬉しい』という気持ちを慌てて放り投げて料理に集中する。燐音くんの言う『専属』なんて『奴隷』と同じ意味合いだとわかっていても、「最高の料理人」と言われるのは嬉しい単純な自分が憎かった。誤魔化すように、鍋の火を止めてから振り返ってちらりと燐音くんの荷物に目をやる。
     カウンターに我が物顔で居座る燐音くんの脇に置いてある、長方形の箱。僕が料理しているところにやってきて、宝物を見せびらかす子供みたいにニコニコにやにや、けらけらくふくふ、って笑いを堪えきれない様で持ってきた、燐音くんの私物。燐音くんが上機嫌である原因の、それ。中に敷き詰められた白い紙の間に収まっている物が見えるように、蓋を開いた状態でカウンターに置いてある。
     ざらざらとした動物の革──おそらくは蛇とかワニの革が、ぴかぴかと蛍光灯の光を受けて輝いていた。本物の革を使っているのかどうかは知らないけれど、磨かれた輝きは下品ではなく、高級感がある。
     高さ十センチのハイヒール。女性用の、黒いパンプス。
     中敷きとでもいえばいいんだろうか、足を入れる部分は目が覚めるような赤に染められているのが目を引いた。燐音くんに似合いそうだ、というのはわかるけれど、やはり女性ものの靴だという感覚が強くてどうにも違和感がある。まあ、その違和感をインパクトにするという話なのだろうから、売り出し方としては正解なんだろう。問題は、それを燐音くんが履けるかどうかだ。
     燐音くんの言う通り、特注で燐音くんの足のサイズで作られているらしいそれは一見僕の足でも入りそうな作りだった。ただ、履けるかどうかと聞かれれば僕なら首を横に振る。
     僕の視線に気付いた燐音くんが、いっそ鼻歌でも歌いだしそうなくらいの空気を纏っていそいそと箱の中からパンプスを取り出した。梱包用に敷き詰められた白い紙を受け取ってゴミ袋に入れてやると、しゃがみこんだ燐音くんがカウンターの向こうに隠れて見えなくなる。
    「本気でやるんすか?」
     はあ、と呆れたような声が出た僕を、姿の見えない燐音くんが笑い飛ばした。
    「本気も本気、当然っしょ。ニキきゅんも気になるなら後で履かせてやるよ」
    「いやいや、燐音くんと僕とじゃ足のサイズ違うでしょ……入んないっすよ」
    「サイズはそんなに変わんないだろ。お前のスニーカー、俺っちでも履けるし」
    「縦のサイズはそんなに変わんないっすけど、横が違うんすよ。言っとくけど、燐音くんが勝手に履いてった後の僕のスニーカー、紐締めすぎてキツいんですからね」
    「ダイエットするかァ? それこそギコギコお前の足削いでやってもいいぜェ」
    「ひい! だからなんで想像させるんすか!? 絶対やだ!」
     ぞわぞわと走る鳥肌に両肘を抱えながら、カウンターからひょいと身を乗り出す。僕が燐音くんの赤い頭を視界に収めると同時に、跪いた燐音くんもまた僕を見上げた。かと思えば次の瞬間にはなんてこともなさそうに、普段とかわりない様子でさっさと立ち上がって見せる。カウンター越しに立つ燐音くんを、今度は僕が見上げる番だった。
     コン、と固いものが床を蹴る音がする。持ち前の高身長に十センチプラスした燐音くんが僕の前に立っていた。
    「撮影までの間に、これで走れるくらいになってねえとなァ」
    「転んでも僕を巻き込まないで下さいよ~」
     「そん時は一蓮托生っしょ」とまた燐音くんはけらけらと笑った。
     普段より更に高い場所にある整った顔はなんだか見慣れなくて、ため息が出そうである。
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