虎伏 遊園地「伏黒はさ、遊園地行ったことある?」
「小さい頃五条さんに連れてってもらって何度か…あの人ああいうところ好きだろ」
「あ、なんとなくわかるかも。五条先生一番楽しんでそう。んで伏黒と伏黒の姉ちゃんが連れ回されてんの。合ってる?」
「概ね、そういうお前はどうなんだよ」
「俺も一回だけじいちゃんと一緒に行ったことあるよ。じいちゃん、あんまりああいうとこ好きじゃなくて嫌がってたな…仙台の山の方にあんのよ。中学の時も行ったかな…また行きたいと思ってたんだよね〜なんかテーマパークって独特の雰囲気あるじゃん。俺は好き」
「そうか」
「うん」
今回の任務は遊園地だった。
なんてことないお化け屋敷に巣食った低級呪霊を祓い、現場監督に報告する。報告を聞いた園長から「君たち学生だろ、乗り物なんでも乗っていいよ、お礼ってことで」ということでチケットを2枚もらえることになった。虎杖が「あざース!」と人懐っこい顔で笑った。
「時間的に2、3個ぐらいか?なにから乗る?」
「なんでもいいけど。」
「んじゃ、ジェットコースター!」
「1人で行ってこい。俺はここで待ってる」
「ええー! なんでだよ!一緒に行くって言った!一緒に乗ろ!」
「……お前、俺がこういうの苦手だって知ってるだろ……」
「これはケツが浮かないやつだから大丈夫!」
虎杖が俺の腕をぐいぐいと引っ張る。正直ものすごく気が進まないが、こうなった虎杖は止められないだろう。俺は諦めて、虎杖について行った。
結論から言うと、やっぱり無理だった。ジェットコースターはなんなく乗り終わったが、その直後に始まったコーヒーカップで酔った。バカみたいにコーヒカップを回す虎杖とバカみたいに一緒に回せば回転で酔わずに済んだかもしれなかったなと思った。
「大丈夫かよ」と虎杖が背中をさすってくれたが、大丈夫なわけがない。気持ち悪い。
「だから言っただろ……」
「ごめんて……あ、水飲む? 俺買ってくるよ」
「……いい、俺が行く」
「いや、座ってなって! ここで待ってて」
立ち上がろうとした俺の肩を虎杖が押す。思わず体勢を崩してベンチに座り込んでしまった。ふざけんなよ、と見上げると虎杖はもう背中を向けて走り出していた。そして1分もせずに帰ってきて、俺にペットボトルの水を差し出した。
「はい」
「悪い……」
「ん」
俺は素直に受け取って蓋を開けた。冷たい水が胃に流れていくのがわかる。少しだけ気分がマシになった気がした。しかし油断するとまた吐き気が襲ってきそうなので、とりあえずベンチに深く腰掛ける。虎杖も隣に座り直した。
溢れたポップコーンに鳩が群がっている。ほのぼのとした光景を見ていると何でこんな遊園地で呪霊の騒ぎが起きたんだ…という気さえしてくる。やはり呪いのイメージがなんとなく陰気臭いから遊園地とは無縁だと考えるからだろうか。虎杖の言っていた仙台の遊園地、俺が連れて行ってもらった遊園地、どちらもイメージはそう変わらないだろう。虎杖が仙台にいた十五年間はどんな子ども時代だったのだろう。自分のこともあまり話さないという自覚があるが、虎杖のことも知らないことだらけだ。虎杖の知らないところが出てくると、まだ何も知らないな、と思う反面お互いのことを隅から隅まで知らなくても、何となく相性がいいというのが不思議で心地よかった。
ぽかぽかとした日差しで制服が温まって来た頃、虎杖がおずおずと聞いた。
「……もうちょい休んでくか?」
「いい」
「そっか、じゃあそろそろ帰ろうぜ」
虎杖が立ち上がったので俺もそれに続いた。夜の任務が控えているわけではないが、一日中遊んで帰るというのもどうなんだろう。釘崎が聞いたら「あたしがいないところで遊んでんじゃないわよ!」と意味不明なことを言いながら怒ってきそうだ。
虎杖はあっさりと出口の方へ歩き出した。しかし数歩歩いたところで俺がついてきていないことに気付いたのか、振り返った。
「どした?」
「……いや」
なんでもない、と言おうとしてやめた。今言わないともう言う機会はないだろうと思って、俺は少し迷ってから口を開いた。
「あー……悪かったな」
「え、なにが?」
「……いや、だから……コーヒーカップ……」
「あ、あれか! いや、俺の方こそごめんな。回しすぎた」
虎杖が何でもないようにけらけらと笑う。俺はなんだか気まずくなってしまって、視線を逸らした。そしてそのまま歩き出そうとしたが、それは叶わなかった。虎杖が俺の腕を掴んだからだ。驚いて振り返ると、虎杖はまた笑っていた。
「なんだよ」
「伏黒さ、さっきの話聞いたから今日俺と遊んでくれたんだろ?」
「はぁ?」
「だってそうじゃん、ありがと」
「お前何言ってんだ」
虎杖があんまりにも嬉しそうな顔をするものだから、俺はなんだか照れくさくなった。恥ずかしくなって手を振り払おうとしたが、逆に強く握り直されてしまった。虎杖の体温が伝わってきて、自分より高いその温かさに心臓がどきりと跳ねる。
やっぱり俺は虎杖のことが好きだ。
こうやって再確認するときが一番気恥ずかしい。
「…違う」
「いや違わんて」
「うるさい」
「俺さ、今日すげー楽しかった!また一緒に今度は任務抜きでどっか行こうな!」
「…気が向いたらな」
「うん」
虎杖はとびきりの笑顔で言った。その笑顔が眩しくて思わず目を細める。すると今度は手を引っ張られた。自然と距離が縮まって、身体が触れる寸前の距離になる。鼓動が早くなっているのをバラしたくなくて、平静を装って「なんだよ」と睨んだ。しかし虎杖は全く動じず、むしろ少し照れたように笑っただけだった。
「……なんかちゅーとかしたい気分」
「は?」
「だから……ちゅーとか……」
「……」
俺は呆れてしまったが、虎杖があまりにも真剣な表情で言うものだから笑えなかった。しかし俺が返事をしないでいると、虎杖はあれ、これまずいこと言ったかなというようにそわそわし始めた。あまりそういうことを外ですることに気が進まないと俺が言っていたのを思い出したんだろうか。
別にしないとは言ってない。周りをさっと見回して人がいないのを確認する。こうやっていつも流されてしまっている気がする。まぁ流されているというより、感覚的には流されてやっている、に近いが。
「別にいいけど」
「えっマジで?」
「別にいいけど……するなら早くしろよ」
すると虎杖は迷うことなく唇を重ねてきた。触れるだけの軽いキスだったが、唇が離れていくのを名残惜しいと思った。顔に出ていたのか、俺の顔を見ると、虎杖は笑って、もう一度俺にキスをした。今度は少し長くて、息が苦しくなった俺は虎杖の胸をドンドンと叩いた。それでもなかなか離してくれなかったので、仕方なく背中に回した手に力を込める。するとようやく満足したのか唇が解放された。離れる瞬間にちゅっと軽いリップ音が鳴って恥ずかしくなる。俺は赤くなった顔を隠すように下を向いたが、虎杖も同じく照れているようだったのでまあいいかと思った。言い出したのはそっちなのに照れるなよ、という雑な当たり方をしそうになる。
「あー……幸せってこういうことなんかな」
「そうかよ……幸せが手軽でいいな、そろそろ帰らないと補助監も困るだろ」
「帰るか」
「おう」
そして俺たちは出口に向かって歩き始めた。なんとなく沈黙が続いたが、特に気まずくはなかった。むしろ居心地がいいくらいだ。きっと虎杖も同じことを考えているだろうと思う。俺がちらりと視線を向けると、虎杖もこちらを見ていて目が合ってしまった。お互いに少し照れたような顔をしているのがおかしくて、思わず笑ってしまった。
「なに笑ってんだよ」
「お前こそ」
「俺は別に笑ってねえし!」
「そうかよ」
どうでもいい会話をしながら出口へと向かう。補助監が運転する車が見えたので、2人でそっちに向かうことにした。こんこんと窓を叩き、2人で後部座席に乗り込むと、補助監の女性がバックミラー越しに俺たちを見た。
「お疲れ様でした。」
「遊んじゃってすみませんでした。」
「楽しかったです、な、伏黒!」
「耳元でデカい声出すな」
「いやーまだまだ高校生なんだから遊んどかないとダメでしょ、気にしないでください」
補助監督の女性が耳にタコができるぐらい聞いた、青春至上説を唱えるので大人ってみんなこんなもんなのか?と俺は軽く息を吐いて遠ざかる遊園地を見つめることにした。