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    wsms_sousaku

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    wsms_sousaku

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    裕史、街を出る のSS ロトあだげんみ❌ではない

    無題「おう今日も朝帰りかぁ?好かれすぎてンのもつれぇなぁ」
    「冗談言わないでください春菊師匠……」

    その日も落語家らしくないタートルネックをしっかりと首まで着込んで控え室にフラフラと入ってきた裕史。
    昼前からの打ち合わせで、帰って着替える時間もなく昨日と同じ服で先にいた師匠の春菊に茶化される。
    ちなみにタートルネックは「流石にそんな姿でお客の前に出るわけにはいかねぇなぁ」と言われ、上には「ま、多様性ってことで」と師匠の鶴の一声で許されている。ありがたいことだ。

    「頭働いてるか?弁当あるぞ、食うか?」
    「ええはい……打ち合わせはしっかりとやります。
    弁当は……後でいただきます」
    「そうだ今日の打ち合わせ、県外の文芸ホールの方も来るそうだ」
    「そうなんですか。気を引き締めます」

    しばらく待っていれば、ノックの音と共に人がやってくる。
    今日はいつもより少し人数が多い。和服の者も何人かいる。

    「おはようございます。本日はよろしくお願いします」
    「えぇどうも」
    「おはようございます」

    立ち上がった裕史と軽く挨拶を交わし、お茶も出たところで軽く雑談を挟む。

    「遠かったでしょう、県外からいらしたと伺いました」
    「いやぁ、新幹線ですね。オンライン会議とかで済ませられれば良いのですが、この古い業界じゃね」
    「俺とだけでしたら電話でも何でも構いませんよ。はるばるお疲れ様です」

    そんな当たり障りのない会話をいくつかした後、話は本題へと移る。

    「すみません、師匠から本日のお話をあまり聞いてなくて……えっと、どのような案件で?」
    「ああそうでした、本日は伯拍さんにぜひウチの若いのに落語を教えていただけないかと思いまして」
    「俺の推薦だ。お前も偉くなったなぁ」

    昨日戻ったら師匠から話を聞こうと夕飯を食べに出かけた帰りにアイツに捕まって、聞けずじまいだった要件を聞くと、県外にいる若い見習い達に、講習を行ってくれないかというものだった。

    「うちは地域に真打も二つ目も少なく教えられるものも教えきってしまいましてね。
    新しい風、ということで桃楽亭の方に来ていただいて面倒見てやってほしいのですよ」
    「なるほど」
    「一応期間は3、4日ほどを考えています、その間のお世話もさせてもらいますしきちんと報酬もお支払いします」
    「なるほど……」

    聞けば聞くほど面白そうで、裕史もふむふむと聞き入る。
    隣でコソッと師匠が耳打ちをした。

    「おめぇ、最近寝不足そうだしなぁ。
    しばらくこの街から出りゃ、ゆっくり眠れるんじゃねぇの?」
    「!たしかに……!」

    確かに、公演もあるというのにここ最近まともな睡眠を取ってない気がする。
    あまり頭の働かない今の裕史には、たまらない相談だった。

    「俺でよければ、いつでも行かせていただきます!
    なんなら、今からそちらに伺うこともできますよ」
    「おお、ありがたいです。
    夕方の新幹線で帰るつもりだったのですが、もしよければご一緒しますか?」
    「ええ十分です。
    男ですし元々荷物の少ない身、30分もあれば支度させていただきます」

    普段ならばもう少し考えただろう裕史も、毎日毎日気を失うまで激しい運動をさせられて少しハイになっていたのかもしれない。
    向こうが新幹線の席を取っている間に、文化ホールからすぐの家まで帰り適当な身支度を整え、本当に30分後にはその人たちと共に街を出ていったのであった。


    さて、3日後の裕史は頭を抱えていた。
    ホテルの暖かな料理とふわふわの布団で何にも邪魔されずにぐっすりと眠った頭は冴えに冴え切り、街に置いていったあの片目の男の事で何度も警鐘を鳴らしている。

    「ぜってぇ怒ってる、よな……」

    何だかよく分からないが自分にやけに執着し、愛を語る口で恐ろしい脅しを囁いてくるあの男が、何も言わずに出ていって探していないわけがない。
    いつここにくるかも分からないし、家が無事に残っているかも怪しい。

    「いや、でも追おうと思えばアイツならここまで来るだろ。
    来ねぇってことは別のやつ釣れたんじゃねぇか?
    そうかもしれん、元々何の脈絡もなく俺に好き好き言ってくるようになったし、他にも関係持ってるやつたくさんいたし」

    口に出してみるとなんとも納得のいくことだろう。
    自分とはやはり遊びの延長で、少し他よりお気に入りだったのだろう。
    2日3日会わなければ他の人に目が行って、自分には興味もなくなったのだ。
    帰ったら自分はやくざものとも縁が切れ、落語家としても成長し真打に向けてまた一歩踏み出すのだ。
    そんな甘い考えを抱きながら、すっかり仲良くなった見習いの若い落語家たちに見送られ新幹線に揺られる。

    「よう」

    その後のことは知らない。
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