旧友かくして、俺は元の世界に戻ることができた。
霧を抜けた先が違う県だったことを除けば、安全安心に家に帰った。まあ、違う国に飛ばされるよりマシか。
家や周りに変わった様子はなく、俺がいなくても案外平気に日常は回ることを知った。
「……う」
無事に戻れた。めでたしめでたし。
……なんてことはなかった。
あの忌々しき小鬼のせいでこの一ヶ月間にあったこと全ての記憶を持って帰ることになった。
もちろん、あそこで出来た友人とも言える関係を綺麗さっぱり忘れていたらと思うとよかったところもあったかもしれない。
だが、あのホテルで体験した数えきれない「死」を、そのまままるごと覚えたまま日常生活に戻されたのだ。
首を引きちぎられたこともあった。生きたまま齧られたこともあった。全身火だるまにされたこともあった。ぺしゃんこにされたのだって数えきれない。
なるべく思い出さないように目を背けているが、平穏な日常を送れば送るほどあの生々しい「死」が俺の肩を叩いてくる。
「51円のお返しです。ありがとうございました!」
「どうも……ッ、すみません、トイレ貸してもらってもいいすか」
「どうぞー」
「ゔ、おえぇぇっっ!!うっ、うっ……」
にこりと笑いかけられただけで、あの店員も実はモンスターで俺を殺すんじゃないかとか、奥から化け物が出てきて彼女もろとも殺されるんじゃないかとか、馬鹿げた思考が頭を支配して吐き気がする。
あいつらは今でも俺の気なんか知らないで呑気にホテルで笑っているんだろう。
何もかも気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い!
平穏に生きようとしているだけなのに、生命の糸を簡単に千切られる感覚が忘れられなくて気が狂いそうだ。
あれから数ヶ月が経った。いや、数日だっけ?
結論から言うと、いくらか精神は落ち着いた。
死のにおいはいつまでもこびりついたままだが、それでもなんとか折り合いをつけることに成功した。
その証拠にほら、あのときの友人と交わした話を思い出して電話までかけている。
「……ああ、もしもし?エイナリの番号で合ってるか?
ああいや、合ってるならいいんだ、お前は何も言わなくていいよ。
あの、さ。元気?
俺は、はは、いや、元気だよ。
実はさ、頼みがあって」
軽く近況報告をして「お互い頑張ろうな」と電話を切る予定だった。
それなのに口をついて出るのは本当に俺の言葉だっけ?
「俺、勘違いだったら悪いんだけど、アンタって"普通"の奴とは違うなって思ってて。
もし、さ、馬鹿げたお願いだけど、もしよかったらさ、俺のこと」
頭が冴え切っているはずなのにもやがかかったように重い。
でももう心の奥底ではこのことをずっと考えてたんだと思う。
「俺のこと、初めから存在なんてなかったってくらいに殺してくれない?」