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    ゆる🌙🎏の進捗。終わる気がしない。

    進捗(起)
     肩が重い。もうずっと、一週間近く。
     原因は分からない。目に見えない何かが肩に重くのしかかっているような、気落ちするような。とにかく不快な症状がずっと続いていた。

     鯉登はノートの上を滑らせていたペンを置くと、ぐうっと伸びをした。凝り固まっていた身体がバキバキっと音を立てる。そのまま今度はズシリと重い肩を優しくさすった。こうすると肩の重みが少しだけ和らぐ気がした。
     机の上に置かれた小さな時計を見る。時刻は午後十時。大学生の鯉登にとってはまだ寝るには早い時間であるし、明日が提出期限の課題は終わっていない。しかし日に日に酷くなっていく肩の痛みは確実に鯉登のメンタルを削っていた。現に今、あと数ページの課題を終わらせる気力すら残っていない程に。


     これは一度諦めて寝てしまった方が良さそうだ。決めるが早いか、鯉登はノートを閉じると明かりを消してベッドに入った。ベッドサイドのランプをつけ、薄ぼんやりとした視界の中でスマートフォンのタイマーをいつもより一時間ほど早くセットする。

     そこでふと気になって、鯉登は端末に初期搭載されている検索アプリを開いた。検索ワードは「肩が重い 原因」。案の定、画面に表示されたのは肩こりの原因記事やその解消法、それから有名な整体院のサイト、etc…。解消法は以前調べた時と同じくどれも眉唾物の記事ばかりだ。
     しかし何度も言うが、そんなものにも縋りたくなってしまうくらいに鯉登は気疲れしていた。普段ならこんなもの、と一蹴するはずであるのに、この時の鯉登は素直に「なるほど、身体の不調はプロに見てもらうのが良いかもしれない」と考え、整体についての検索を続けた。
     まずはアクセスのしやすさ、それから施術に対するクチコミの良さ――それらを加味しながら画面を見つめ、じっくりと検討を進める。そして、インターネットの海を探るうちに、ある一つの整体院が鯉登の目に止まった。

     ――どんな身体の不調でも治してみせます。

     どこにでもありそうな安っぽい煽り文句。トップページに映し出されたその一文が鯉登の心にぐさりと突き刺さったのだ。
     サイト自体は至ってシンプルで普通だった。分かりやすいがこれといった特徴もなく、奇抜で特段目を引く訳でもない。施術内容だって一般的に整体と聞いて想像するようなポピュラーなものである。けれども何故だか鯉登はこのサイトを見た瞬間に、ここなら治してくれるだろうという強い確信を持った。
     己の直感を信じるのも悪くない。そうして善は急げとばかりに、鯉登は藁にもすがるような思いで来院予約をしたのだった。



    (承)

    「……なんというか、それ。すごいのをつけていますね」

     自らを「月島」と名乗った男は、鯉登の肩の辺りをじっと見つめてから苦々しく呟いた。決していい意味で言われたのでは無いと分かる口調と視線。鯉登はムッとして、思わず眉根を寄せた。

     そもそも初対面からどこか失礼な奴だった。店のドアをくぐり抜けた先、受付カウンターで顔を合わせた途端、鯉登の姿を見た月島は大きく目を見開いて明らかに顔を顰めたのだ。あまりの態度に来店しただけなのに嫌な顔をされるなんておかしいだろう、とその場で文句を言ってやりたかった。
     しかしあくまで初対面。鯉登が顧客、今しがた失礼な態度をとったあちらが接客をする立場であるといえど、初めて会った人間をいきなり問いただす趣味は無い。苛立つ心をぐっと抑えて「十七時に予約していた鯉登です」と簡潔に述べると、月島は「少々お待ちください」と言って受付に備え付けられたタブレットを操作し始めた。
     その後は至って普通の流れだった。予約内容の確認と所要時間の確認。詳細はあちらの部屋でしましょう、といった簡潔で淡々とした接客がなされ、鯉登は速やかに中へ案内された。が、依然としてこちらに対する警戒心は消えていないようで、鯉登の前を歩く男は終始真顔であった上に最低限の言葉しか投げかけてこなかった。

     聞き取りやすい低音の声でつらつらと述べられていく説明を聞きながら、鯉登は月島を観察していた。坊主頭で強面、風貌から察するに鯉登より年上。口調は丁寧だけれど厳格さも混じっているように感じる。きっと仕事は真面目に淡々とこなし、公私混同などは一切しないタイプの人間なのだろう。
     彼について特出すべき事項を挙げるとするならその身体付き。低身長に見合わず、備わっている筋肉量が凄まじい。彼より幾ばくか身長の高い鯉登ですらどこか威圧感すら感じるのは、おそらく風貌のせいだ。ガタイがよく、半袖から除く腕がはち切れそうなほど筋肉が発達しており、その上すっきりとした坊主頭。はっきり言って堅気に見えないのである。
     しかしその方が信頼出来る。鯉登を一週間も苦しめている肩の不調はきっと並大抵の人間じゃ倒せない。カルテを掴む手あの太い指先は、凝り固まった患部を解すのに最適だろうと感じていた。さて、素人自分では治せなかったこの不調、そのプロの腕できっちり治してもらおうじゃないか!
     ――と、第一印象とは打って変わって期待したのに。

     その直後、突然鯉登の身に降ってきたのは、あの「すごいものをつけていますね」というよく分からない発言と訝しむような視線であった。



    「それはどういう意味だ」

     鯉登が負けじと不審な目を向けると、月島は意外にも驚いた表情を見せた。

    「……まさか、気づいていらっしゃらないのですか」
    「気付く?何のことだ?」
    「肩のそれに、です」
    「肩?一体何の話をしているんだ」

     月島は指先で自らの右肩をトントンと叩きながら何かを訴えているが、何のことだかさっぱり分からない。試しに手で触れてみるも、気慣れたTシャツの生地の柔らかい感触だけが伝わってくる。

    「ならどうしてうちに来院なさったんです」
    「ネットで色々と探していた時、ここのサイトが目に入ったからだが」
    「……はあ」
    「なんだ。はっきりしてくれないか」

     鯉登は目を細め、ジトリと月島を見た。誤魔化されるのも曖昧なのも性に合わない。匂わせるくらいならはっきりしてほしい。
     その意思が伝わったのであろう。月島は少しだけ考え込んだあと、観念したように小さく息を吐いた。

    「それもそうですね。すみません。では単刀直入に……鯉登さん、あなたの不調は霊障が原因です」
    「………………は?」
    「あなたの肩にべっとりと張り付いているその…何人、ですかね。複数の霊が見えるので、きっとそのせいで肩が重く感じるんでしょう」
    「いや、待っ……霊?本気で言っているのか?」
    「ええ。本気ですよ」

     月島が小脇に抱えていたタブレットを操作し、あるページをこちらに示す。目を凝らしてそれを見れば、表示されているのはこの整体院のページ。

    「ここです」

     意図が理解できずに目を瞬かせていた鯉登に、月島は人差し指で画面内のある一箇所を指さした。

    「どんな身体の不調でも治してみせます……これがどうした?」
    「その下です」
    「下?……通常の施術のほか、霊障に関する事象はお任せください………!?こんなの書いてなかったぞ!?」
    「書いてありましたよ。あなたが読み飛ばしていただけでしょう」

     そんな訳があるか。鯉登は自らのスマホを取り出し検索窓に「鶴見整体院」と入力した。当然一番上にヒットするのは現在鯉登がいる整体院。手早くリンクをタップして先程と同じサイトのトップページを上から下までじっくりと見る。が、結果は月島の言う通り。そこにはしっかりと通常の整体のほか、霊障とやらを専門とした怪しげな整体院である旨が記載されていた。

    「てっきり霊障の解決を目当てに訪れたのだと思っていたのですが」
    「馬鹿を言うな!霊だと?ありえない!生まれてから二十一年間、私は一度たりともそんな非科学的な存在見たことがない!」
    「そうは言いますけどね……」

     月島はまた、じいっと鯉登の肩越しに“何か”を見た。まるでそこに誰かいるような、何か存在しているような眼差しにぶるりと身体が震える。

    「その視線やめてくれないか。気分が悪い」
    「すみません。つい癖で………あの、どうしても信じてもらえませんか」
    「逆に聞くが、なぜ信じてもらえると思うんだ?」
    「……。分かりました。この方法は取りたくなかったんですが、少々失礼します」

     そう言って立ち上がった月島が鯉登の背後に回る。何を、と聞く間もなく大きな手のひらが首元の辺りに触れ、触れられた部分がピクリと反応を示した。そこからすうっと横に肩をなぞるように移動し、それから――

    「ムンッ!!!!」
    「キェエエエエッ!!!!!」

     突然肩に沈む固い親指の感触。全身をゾワゾワとした感覚が巡り、めり込んだ指の痛みを感じる前に今度は勢いよくその手が離れていく。鯉登は何が起こったのか分からずに呆然とした。そこに残ったのは触れられた部分からじわじわと広がる、遅れてやってきた痛みだけ。

    「き、貴様!いきなり何をする!」
    「肩」
    「はァ!?!?」
    「軽くなっていませんか。少し動かしてみてください」
    「……え?」

     あまりにも月島が真剣な顔をして言うので、その気迫に押されるがまま鯉登はぐるりと肩を回した。すると彼の言う通り、先程まで鯉登を悩ませていた不快感や重だるいといった症状は身体から消え去っていた。それも、最初から不調などなかったかのように綺麗さっぱりと。
     俄には信じ難い。鯉登はおそるおそる視線を月島に向けた。月島は何事も無かったかのように施術台の周りを整えている。もう彼の言う鯉登を説得する方法とやらは、すべて終わったということだろうか。

    「それで、信じていただけたでしょうか」

     この部屋に通してすぐの頃のように、月島は鯉登の足元に膝をつけて座った。覗き込まれるようにして問われ、そこでやっと己の置かれた状況を理解する。
     これは現実なのだ。今しがた起こったよく分からない現象も、すべて本当の出来事で目を背けても仕方ないのだ。鯉登はゴクリと唾を飲み込んだ。そして、山ほど聞きたいことがある中で一つだけ、たった一つだけ優先して聞くべき言葉を絞り出す。

    「いや、信じるも何も……今、その…いったい何をしたんだ?さっきの霊?ってやつを消したのか?」
    「あー……ちょっと違いますね。俺にそう言う能力はないです」
    「?」
    「端的に言うとあなたから引き剥がした…といった感じでしょうか。応急処置のような…除霊というのが一番近いですね」
    「除霊…」

     鯉登が首を傾げる。言っていることは何となく理解できるが、現実離れした単語が自分と結びつかない。
     疑問ばかりが残っているのを察したのか、月島は続けて鯉登に一から霊に関する一般常識のような事柄を説明した。
     まず、ざっくりとした霊に関する知見。この世ならざるものの存在とその影響。この世ならざるものと、この世に確かに生きている生き物。それぞれ異なる存在であるから、現実世界の人が霊的なそれから影響を受けることはほとんどない。
     しかし、現実世界にはあちらの存在を“認識”できる人間がいる。そして霊視認をできる人は限られており、それ故に干渉されやすい。干渉されれば影響が出る。人にぶつかられたらその場所が痛むように、霊に干渉されればその箇所から歪み、何らかの不調が起こってしまう。
     鶴見整体院はそういった身体の不調を見極めて、訪れた人の悩みを解決するところ。担当者が解決できなくとも、業界に太いパイプがあるためその筋では有名とのことだった。
     
    「月島さんも視える人、ってことは霊とやらの存在に好かれやすいのか?」
    「いいえ。俺はむしろ嫌われていますね。ですから受付を任されることが多いんです」
    「ふぅん。…そういえば、月島さん以外に従業員を見ないな。他に人はいないのか?」
    「今日はいませんね。基本は一人体制ですので…。ここは予約制ですし、霊障被害で整体を訪れるなんてそうそうありません。たまに表の張り出しを見てふらっと来られる方もいますけど、予約がある時は断って、ない時には受け入れるような形をとっています」

     それで経営が成り立つものなのか、と鯉登が問えば、そこは料金にも反映されていますし上の方がしっかりしているので、と随分と明け透けな答えが返ってきた。実家が太い上に今日初めて整体に訪れた鯉登は、まだここの施術料が他の整体の相場と比べて1.5倍ほど高いことに気付いてはいなかった。
     その後も鯉登の質問は続いた。気になったらとことん追求したい鯉登に対し、月島は懇切丁寧に対応した。
     先程の話から派生して、詳しい理由までは分からないけれど鯉登は霊を寄せ付けやすい体質であること。同時に取り憑かれやすく、影響も受けやすい。けれど視認はできないから気付かない。非常に稀なケースだということも説明された。

    「鯉登さんが訪れた時は驚きました。俺を見てもここに足を踏み入れてもちっとも反応しない霊を連れていて……正直怖かったですよ」
    「そんなに珍しいものなのか?」
    「ええ。大抵の霊は俺を嫌うかここの空気を嫌がりますし…何よりあなたが気づいていない風なのが珍しくて」
    「…そうかあ?月島さんだって霊を視認できるけど嫌われるんだろう?」
    「そうですけど……それが何か?」
    「だとしたら、私みたいに視認はできずとも好かれやすい体質、という人間がいてもおかしくないじゃないかと思うが……」

     月島が目をきょとんとさせて鯉登を見る。反応の意図が分からず、鯉登は首を傾げた。
     
    「それは確かに。盲点でした」

     やけにあっさり認めた月島に鯉登は思わずふっと笑った。初見で感じていた苛立ちなどもうとっくに消えていて、そこから少しだけ世間話も交えて会話をした。気付けば鯉登がここを訪れてからもう30分程は経過しただろうか。壁にかけられた時計を見た月島が、ハッとしたように口を開いた。

    「…っと、すみません。少々話をしすぎましたね。そろそろ施術に入ってもよろしいでしょうか」
    「こちらこそ質問ばかりしてしまってすまない。……というか、普通の施術もするんだな」
    「当たり前じゃないですか。ここは仮にも整体院ですよ」

     初対面と比べて柔らかい雰囲気の月島に、不思議と鯉登は心を開き始めていた。普段は疑り深いというか人に靡くことのない、どちらかといえばツンとした態度の目立つ鯉登にとっては珍しいことだった。
     やがて始まった施術。期待していた通り月島の指圧は心地よくて、鯉登は気付けば自然と瞼を閉じて眠ってしまっていた。



    「終わりましたよ」と声をかけられて、鯉登はやっと微睡みから目を覚ました。ゆっくりと覚醒していく視界に薄く汚れた白い天井が浮かぶ。

    「痛いところとか辛いところは無いですか」
    「…ああ。怖いくらいに身体が軽い」
    「それは良かったです」

     身なりを軽く整えて個室を後にする。先に出た月島に次いで受付に向かうと、そこにはひとりの人影があった。
     黒髪のオールバックに髭を蓄えた、いかにもダンディな雰囲気を纏った紳士。鯉登が次に予約しているお客さんかと思っていると、月島が「あっ」と小さく声をあげてその人影に駆け寄った。
     
    「あれ、鶴見さんいらしてたんですか。予定では明日と伺っていましたが」
    「ああ。月島に急ぎ依頼したいことがあって…っと、今は接客中だったか」

     鶴見と呼ばれた紳士の視線が動く。向けられた視線に、鯉登は何故かドキリとした。緊張だろうか。この人は只者ではないという直感と圧倒的なオーラに飲み込まれそうになる。

    「あとは会計だけですので、中で待っていてください」
    「分かった。…そちらの方は初めて拝見する顔だが、ご新規のお客様だろうか」
    「はい。本日霊障の件で伺われたようです。ご本人は全く自覚されていなかったようですが」
    「ほう……」

     さらに深く見つめられる。ついには居た堪れなくなり、鯉登がペコリと頭を下げれば彼は笑顔で同じように小さく会釈を返した。

    「では鯉登さん、お会計をしますのでこちらに」
    「ああ」
    「……おや、鯉登さんと仰るんですか」
    「…?」

     珍しい名字だからだろうか。思わぬ横入りに驚く鯉登に、さらに鶴見は言葉を続ける。
     
    「もしや、お父様は平二さんという名前では?」
    「え?……あ、はい。そうですけど…」
    「鶴見さん、お知り合いなんですか」
    「ああ、ちょっとした顔見知りでね。彼のお父様にはお世話になっているんだよ」

     会計処理を終えた月島からカードを受け取る。何やら自分のことを話しているらしい二人の様子を横目に、鯉登は財布を鞄にしまった。
     おそらく先ほど会話した時のように、自分の珍しい体質について話しているのであろう。頷きながら月島の話を聞く鶴見の表情は真剣だが同時に何かを考えているようにも見えて、鯉登は二人から目を離せずにいた。

    「そうか、なるほどなあ……だからその体質か。しかも随分とまた厄介な形になっているな」
    「おそらくここを出たらまた三日と経たず何らかの干渉はされてしまうでしょうね」
    「えっ、そうなのか!?」

     衝撃の事実である。鯉登はてっきり月島の行った除霊とやらですべて解決したと思い込んでいた。
     しかし、そんな簡単な話では無いらしい。本来癖毛の人間が縮毛矯正やストレートパーマで直毛を手に入れたとしてもそれは一時の効果でいずれまた元の癖毛に戻ってしまうのと同じように、その人が持つ体質とは変え難いもの。鯉登も今は一時的な対処をしたに過ぎず、生まれ持った体質によって受ける影響は、この先ずっと避けては通れない道であるのだ。

    「じゃあ私はどうしたら……頻繁にまたここへ伺ってどうにかしてもらうしかないのか?」
    「それも難しいでしょうね。鯉登さんは結構な大物を連れていましたし、対処が遅れたら大変なことになっていた可能性だってあります。それに、この危険を検知できない鯉登さんは非常に危ないかと」
    「そんな……」

     突きつけられた現実に、鯉登は肩を落とした。
     どうしてこんなことに。大変なこととは何だろうか、もしや生死に関わることだろうか。まだ二十年ほどしか生きていないのにあんまりじゃないか。これからもっとやりたいことも、目標も、未来だってあるのに……。と、鯉登が最悪の結末を想像していると、鶴見が強ばった肩をポン、と優しく叩いた。

    「大丈夫。ここで出会ったのも何かの縁、私たちできちんと対処を考えますよ」
    「本当ですか…?」
    「もちろん。……なぁ、月島?」
    「…あの、もしかしてまた何か碌でもないことを考えてます?」
    「ふふ、失礼だな。でもいいことは考えてるぞ」

     顎に手を当てて何かを考える素振りの鶴見に、月島は訝しげな視線を向けている。お互いの考えが分かっている様子の二人を前に、一人取り残された状態の鯉登は彼らをただ静かに見守っていた――の、だが。

    「月島、彼の家の近くに引っ越しなさい」
    「「はぁ!?!?!?!?」」

     はっきりと耳に届いた突拍子もない提案に、鯉登は思わず声を出していた。同じく驚いた月島と声が重なる。

    「そ、そんたどげんこっ……?」
    「そうですよ。一体どうしてそんな話になったんです?」

     今しがた会ったばかりの人、それも立場も目上であろう人に対して失礼だが、何を考えているのかさっぱり分からない。引越す?月島が、自分の家の近くに。なぜ。そもそも月島とは今日が初対面で、なんなら2時間ほど前まで他人である。やっぱり鶴見の意図することがわからず、鯉登の頭に疑問が浮かんでは消えていく。

    「だって彼は霊に好かれやすい体質なんだろう?それに対して月島は嫌われる体質なんだし、抑止力としてちょうどいいじゃないか」
    「そういう効率的な話じゃなくて…あまりにも突飛すぎます!それに彼の事情だってありますよ」
    「何も共に暮らせと言ってるわけじゃない。用心棒としてそばにいてあげたらいいじゃないかと提案してるんだ。……鯉登さんは嫌かな?」
    「……あ、いや……別に、嫌では無いです、かね」
    「えっ、鯉登さん!?」

     本当に不思議なことだが、鯉登は鶴見の提案を断りきれなかった。有無を言わさぬ圧というものが彼にあるとでも言おうか。つい先刻まで冷静な判断というか、鯉登の胸中は「よく分からない」で占められていたはずなのに。どうしてか鶴見の言うことが最善なような気がして、流れに任せるように肯定の意を述べていた。そして、まだ問いただしたいと言った様子の月島は置き去りに、鶴見は口角を上げてにっこりと笑った。

    「ならばいいじゃないか。彼のお父様とは今後も良い関係を築きたいからね」

     かくして、鯉登は初めて訪れた整体で冗談のような不思議な縁を結ばれてしまうのだった。
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