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    のちのちおねショタになる予定

    お🦊コイト様 天高く生い茂った枝葉の隙間から照りつける太陽が、肌を痛いほどに劈く。
     今朝、出掛けにチラリと見えたテレビの天気予報では、最高気温は三十五度を越えると言っていた。もはや人間の平熱。馬鹿馬鹿しいほどの猛暑だ。額にじわりと滲んだ汗が、頬を伝って顎からポタリと地面に落ちた。
     陽光を反射して輝く川の水面も、緑いっぱいの大自然ののどかな風景も、月島の目には憂鬱に映った。ジワジワとうるさく喚く蝉の音が鬱陶しくてたまらない。
     何が豊かな自然だ、何が癒しを与えるだ。一人になりたくて獣道を越えてまで山奥に来たのに、これではあの家の喧騒と変わらないじゃないか。



     月島基、十歳。夏。
     一学期の終業式を終えてすぐ、彼は生まれ故郷の離島をはなれて本州のとある田舎へ越してきていた。
     理由は簡単な話、親の離婚による引越しだ。正確に言うとまだ離婚の成立はしていないのだが。

     月島の両親の夫婦仲は、彼が物心ついた時から既にあまり良いとは言い難いものだった。態度の横柄な父親、その父親の顔色を常に伺っている弱気な母親。典型的な支配の構図である。
     亭主関白といえば多少の聞こえはいいだろうが、要は父親の独裁政治によって月島を取り巻く環境は成り立っていた。当然、家庭内の空気は最悪だった。
     あまりの理不尽さに耐えかねて反抗したことだって一度や二度では無い。けれども所詮は大人と子ども。圧倒的な暴力で押さえつけられるたび、元々あってないような家族関係は修復し難いものになっていった。
     いつまで続くか分からない地獄のような毎日に変化が訪れたのは一ヶ月ほど前のこと。母親がついに反撃ののろしをあげたのだ。
     父親の居ない、静かで平和な夜のこと。神妙な顔をした母親は月島に今すぐ荷物をまとめるように言った。
     ――できるだけ身動きの取りやすいように本当に必要なものだけ詰めなさい。
     そう言った母親の傍らには三泊四日程度の大きなキャリーバッグがあった。ここから逃げるのだということは、小学生の身でも十分に理解できた。それから準備をして、まだ辺りも暗くて寝ぼけ眼のなか。誰も居ない荒れた家屋に別れも告げず、始発のフェリーに飛び乗った。
     

     本州へ着き、眩しい朝日を目にした時、これでやっとしがらみから解放されるのだと思った。が、現実はそんなに甘いものではなかった。
     長い船旅を終えて、今度は鈍行に乗り換えて何時間か。最初は満員だった車内からぽつりぽつりと人が減っていき、ついには二人きりになってしまった時。ようやく着いた終点の無人駅にを降りて、さらにバスへと乗り継いで数十分。辿り着いたのは母親の実家だった。
     月島はこの時初めて知ったのだが、母親はあの父親とは駆け落ち同然で結婚したようで、祖父母と顔を合わせたときの彼女の手は震えていた。汗をじっとりとかき、まるで叱られる前の子どものような姿だった。
     結果から言うと、祖父母は涙を流して喜び傷ついた娘を優しく迎え入れたが、父親に似た月島には思うところがあったようだった。娘を奪ったあの男が憎いのだろう。表面上は受け入れる姿勢を見せる中、どこか嫌悪の混じった視線を向けられるのは居心地が悪かった。
     決して父親のように暴言を吐いてくるわけでも、理不尽な暴力を振るってくるわけでもない。娘への愛情と、僅かに存在する可哀想な子供への憐れみから優しくしてくれているだけ。直接的ではなく間接的な恥辱が、聡い月島の心をじわじわと抉った。
     父親に支配されたあの家とは違う、けれども月島にとっては同じほどこの家の空気は息苦しくて堪らなかった。
     それは真夏の暑さも気に留めず、家を飛び出すのには十分すぎるほどの理由だった。


     木陰に腰をかけて数分。無限に湧いて出る汗の量が、異常な暑さを物語っていた。
     目の前に広がるのは山の緑と、チョロチョロと流れる川の青と、それから不法投棄された色とりどりのゴミ。ふと、小学校の掲示板に貼られていた標語ポスターコンクール金賞の絵画を思い出す。自然を守ろう、なんていかにも聞こえはいいけれど、よくよく目を凝らせば「愛すべき自然」も存外汚いものらしい。月島は何だか嫌になって、額の汗を乱暴に拭うとその場に立ち上がった。
     再び道なき道を当てもなく歩く。草木をかき分け、履き慣れた運動靴でしっかりとそれらを踏みつけていく。月島の後ろには、着々と彼が進んできた道が刻まれていった。歩いて、歩いて、どれくらい時が経ったろうか。最初に踏んだ雑草がもう遠くなった頃、少し開けた土地に辿り着いた。

     一歩、足を踏み入れて辺りを見渡す。そこは不思議な場所だった。地面に生えた草花はやけに綺麗で整備されており、樹木は開けた土地を囲うように植えられている。それだけではない。今までと空気が明らかに違う、澄んでいる――端的に言えば、ここだけやたらと涼しいのだ。月島がこの地に足を踏み入れてから、あれほど身体中から噴き出していた汗はピタリと止まっていた。
     異常さに気付きながらも月島は歩みを止めなかった。五十メートル程先に、赤く目立った鳥居のようなものが見えたからだ。足取りは軽く、月島はどこかソワソワとした高揚感に心を支配されているように感じた。恐怖心や緊張感は山の入り口にあった「この先立ち入り禁止」という錆びついた看板を越えたところに置いてきてしまっており、今はもう純粋な好奇心しか残っていなかった。
     遠目に鳥居だと予想していたそれは確かに鳥居だったが、想像していたよりも幾分か古びていた。所々、朱色の塗料が剥がれ落ちてヒビの入った部分があって、両脇には目の細い狐の石像が鎮座している。
     月島は手を伸ばし、ささくれ立った鳥居に触れた。すると案の定、朽ちた材木は脆く、パラパラと地面に落ちた。いつかポッキリと折れてしまうのではないだろうか。そんな不安が頭をよぎり、月島はそうっと鳥居をくぐり抜けた。苔の生えた石畳の先には、これまた年季の入った拝殿が建っていた。
     徐にポケットに手を突っ込む。中身を取り出すと、手のひらには百円玉が一枚と十円玉が五枚乗っていた。月島は十円玉を一枚だけ摘むと、目の前にあった賽銭箱にそれを放り投げた。小銭が箱の底に落ち、カツンとくぐもった音が響く。
     作法なんぞは知らないので、鈴を鳴らして大きく柏手を打つ。願い事は簡潔に、「これ以上ひどい状況になりませんように」とひとつだけ。決して欲張らず、でも切なる祈りだった。そして固く瞑っていた目をゆっくりと開いた――その刹那。
    「…………ぉわッ!?!?」
    「あっ、バカ、危な……!」
     驚きの声と同時にどしんっ!と盛大な音を立てて尻もちをつく。

     ――なんだ!?どういうことだ!?
      何も無いところから、人が出てきた…!?

     突如として月島の目の前に現れた謎の人物。彼は賽銭箱に腰をかけてこちらを見下ろしていた。
     歳は月島と変わらないくらいだろうか。幼い顔立ちに反して切れ長で意志の強そうな瞳、それから眉が個性的で、一度見たらきっと忘れない美しい容姿を持ち合わせている。あと、それから――
    「大丈夫か?」
     トン、と彼が地面に足を着いた拍子に、彼の頭に生えた獣の耳がふわりと揺れた。心配そうな表情とともにぴょこぴょこと動くそれは、明らかに被り物などではなく。
    「……おめ、誰だ」
    「………ハァ?」
     特徴的な眉が怪訝そうに顰められる。
     
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