「あう……」
困りきった声が聞こえて、フェイスはヘッドボードに預けていた上半身を起こした。
「グレイ? どうしたの?」
視線を向けた先、床に置かれた大きくて柔らかいクッションで、六つ年上の恋人が俯いて震えているのが見える。つい先ほどまで真剣な顔でゲームをしていたはずなのに、一体何があったのだろうか。
「大丈夫?」
言いながらベッドの上から身を乗り出すと、そろそろと顔を上げたグレイが、あう、と小さな呻き声を零した。切れ長の目にはうっすらと涙が浮かんで、形のいい眉がへにょりと下がっている。本人は何か大変な様子だが、いかにも憐憫を誘うその顔は、フェイスにとっては少し目の毒で、もっと正直に言うならばかわいくて仕方がない。
流石にその心情を言葉にするのは憚られたので、どうかしたの、と何気ない風を装って聞くと、グレイはさらに眉を下げて困りきった顔をした。
「あ、あし……」
「足?」
「あし、しびれちゃって……」
うごけない、と言う声は涙混じりに震えていた。
見れば、足が不自然な体勢で固まっている。なるほど、ずっと同じ姿勢でゲームをしていたから、足が痺れてしまったらしい。
柔らかくて大きなクッションの上に、女の子座りのような形でぺたんと座り込み、片方の足を尻の下に敷くような形だったから、その敷いていた方の左足が痺れたようだ。
立てた右膝に半ば突っ伏すように縋って震えるグレイに、フェイスは思わずくすくすと小さく笑い声を零した。とたんに、へにょりと眉を下げたグレイが恨みがましい目を向けてくる。
「わ、笑わないで……」
「アハ、ごめんごめん。大丈夫?」
「うぅー……だ、いじょうぶ」
半泣きで返すグレイに、ぐ、と身を寄せる。いつもだったらこのくらい距離を縮めると真っ赤になって身を引かれるのだが、今はそれどころじゃないようで、グレイは涙目でこちらを見つめてくるだけだった。
それににっこり笑い返して、こてりと首を傾げてみせる。
「左足?」
「え? う、うん……」
「ふうん」
言いながら何気ない仕草で手を伸ばしたフェイスは、そのまま小さく震えているグレイの左足を、ぐっと掴んだ。
「ひゃっ!?」
素っ頓狂な悲鳴を上げたグレイが、信じられないという顔でフェイスを見る。
「な、なんで……!?」
もっともな疑問には答えず、にこにこと笑ったまま足を揉み続ける。グレイは身をよじって逃げようとしているものの、ただでさえ力が入らないところに足を掴まれているから、その抵抗は猫が引っかくよりも弱い。
びくびくと体を震わせて、床に爪を立てて堪えるグレイに、いたずら心がむくむくとこみ上げてくる。
「や、やめてっ……ひゃっ」
「アハ、ごめんごめん。触ってもみほぐしたら早く治るかもって思って」
「そ、そうなの……?ひっ、あっ、だ、だめ……!」
しれっとした顔でそれらしいことを言うだけで、今にも泣きそうな顔をしながらもグレイは信じようとしてくれる。なんて純粋で、可愛い生き物だろう。かわいそう、と思うのと同じくらいに、もっと必死な顔が見たい、と思ってしまう。
知り合った当初は、いつも不安げで暗く硬い表情をしていたから、大人しいタイプだと思っていた。暗くて話が弾まないタイプだと。だが、親しくなってみると、控えめで穏やかな面もあるけれど、一つ一つの反応は大きくて面白いし、感情も豊かでわかりやすい人だということがわかった。ついついちょっかいを出して、色んな表情を見たくなるような。
某メンターに、性格がひん曲がっていると言われるように、フェイスは好きな子ほどいじめたくなる性格だ。特に、グレイのように可愛らしい反応を見せるタイプには。
フェイスの適当な発言を信じて健気に耐えるグレイを見て、フェイスはチェシャ猫のように口の端を上げた。
ふるふると小刻みに震えながら、真っ赤な顔でぎゅっと目を瞑る姿は、フェイスの中の情欲に火をつける。
(……えっろ)
内心だけで呟いて、戯れにやわやわと指を動かし続ける。
「ふぇ、ふぇいすくん、こ、これっ、ほん、とに、なおるっ……!?」
「あー、うん。もうちょっとマッサージすれば」
たぶん、という適当な一言は心の中だけで。
けろりと笑って答えるフェイスの言い分を疑う気力もないらしいグレイは、あう、と可愛らしい呻き声を零して、フェイスが満足するまでなされるがままになるのであった。