花より、団子より、
満開の桜の木の下にゴザを敷き、持参した弁当やら和菓子やらを広げる。光風が桜を揺らし、ひらひらと春空に舞っていく。常日頃とは打って変わって、穏やかな、平和な、そんなひととき。
「この稲荷寿司、というものは美味いナ」
「箸の使い方も上手くなっただろう?」
「花見団子……うん、納得できる」
日本式の花見をしたいとごねてごねて仕方なかったから、わざわざシミュレーターを借りて再現してやったのだ。多少骨は折れたが、楽しげに笑う彼の表情を眺めていると小言をいう気も失せてくる。
「……杉谷」
ふ、と目の前に影が落ちる。彼の手が、こちらに伸びてくる。晴天に浮かぶ太陽の瞳が、俺を見つめている。
……あ、だめだこれ。頰に熱が集まってくる。思わずぎゅうっと瞼と閉じれば。
「桜が付いてるぞ」
「……は?」
くすりと小さく吹き出す音に目を開ける。見れば彼の指先につままれている花弁がひとひら。
「吾より桜を見ないと、ナ?」
俺を覗き込むその顔の、なんと得意げなことか!
(風×和菓子)
夜の帷が降りていく
「今日、若い方のおまえと手合わせしたんだ」
吾の肩にもたれかかり、種子島を磨きながら彼は思い出したように呟いた。
「おまえみたくぴかぴか光ってるやつを遠慮なくぶち抜けるってのは、やっぱりいいな!」
今度はおまえともやりてえな、と屈託なく彼は笑っている。裏腹に、吾の心中には小波がたっている。
「杉谷」
ぱたりと手に持っていた書を閉じ、彼を呼ぶ。少し怪訝な顔が振り向いて、開こうとした口を無理矢理塞いだ。舌を捻じ込み、彼のものを責め立てて、さらに深く、深く。
少しずつ熱を帯びていく吐息を飲み込んで。琥珀の瞳がだんだんと蕩けていく。そんな彼から種子島を取り上げるのも、床に押し倒すのも容易なことだった。
「……は、はぁっ、ふ……プト、レっ、おまえ……っ」
必死に酸素を吸いながら彼は言葉を紡ぎ、やがて口角をついっと上げた。
「自分、自身にっ……嫉妬、したのか」
挑発するように、耳を細い指が撫でていく。
「理解しているなら話は早い」
煽る口調に敢えて乗っかり、もう一度唇を塞いだ。
この男の思考の一片たりとも――例え己自身であっても――他の男に譲り渡すつもりはない。
「おまえは吾のことだけ考えていればいい」
……傲慢だな、と、呆れたように彼は笑った。
(思う×夜)
寛仁大度を読み耽る
「……ああ、そうだ。ほら、これ」
何気なく手渡されたのは、丁寧に綴じられた封筒。宛名には吾の名が記されている。
「前に文、書いてくれただろ?」
「……見たのか、あれを!」
文と呼ぶにはあまりにも拙いものだった。恋文でも書いてみようといざ紙面に向き合ってみれば、呆れるほどに言葉は浮かばず、空白は遅々として埋まらない。口でならいくらでも紡げるというのに。
墨だまりがそこかしらに残っているみっともない紙っぺら。渡すなどといった選択肢はもはや失われ、それは引き出しの奥底に封印していたはずだった。
「俺の名が書いてあったんだから、もう俺のもんだろ」
当の彼はどこ吹く風だ。けらけらと笑っている。
「……だから、返事だ。おまえと、もうひとりのおまえに」
よくよく見れば、上質な紙でできた封筒はそれなりの厚みがあった。
「俺は嬉しかったよ。ありがとな、プトレ」
――想像した。彼が静かに紙面へと向き合う様子を。
用事は済ませたからと、踵を返しかけたその手首を咄嗟に掴む。
……ああ、部屋までは我慢できそうにもない。彼が振り返る前に宝具を展開した。
「おい、……っ」
瞬きひとつで景色が変わる。文句が出てくる前に抱き寄せて、拒否権を奪う。この男は案外押しに弱い。
ソファに腰掛け、そっと手紙の封を解く。腕の中の彼は今読むのかと目を剥いていたが知ったことではない。吾の名が書かれているのだから、いつどこで読もうが吾の自由だ。
手触りのいい和紙を広げれば墨痕鮮やかな紙面に目を奪われた。のびやかな筆遣いは、まるで彼のまっすぐなたましいのようで。
(……ああ)
文字をゆっくりと指で辿った。……この男のこころを、少しでも紐解くことができれば、と。
(読む×ポジティブな性格)
飛んで火に入る夏の虫
――夢を見ている。
ちりちりと皮膚が焼けるような緊張感の中、俺は身を潜めていて。やがて獲物に銃口を向ける。スコープから見える姿は魔王ではなく――あいつだ。
――夢を見ている。
現実味を帯びているが、これはやはり夢なのだ。あいつに、生きた時代も場所も違うあいつに、出会うことは決してないのだから。
夢を見る理由なんてわかりきっている。
……俺は、撃ってみたいのだ。この、紅鏡のごとく鮮烈で、氷輪のごとく鋭利な煌めきを。果たして俺は、この光を撃ち堕とすことができるのか。それを試したくて試したくて仕方がない。
ふ、と詰めていた息が漏れる。引鉄に指を掛ける。あいつが、振り向いて、
「杉谷」
名を呼ばれて、は、と瞼を開いた。目と鼻の先には、俺を映す黄金の瞳。
「夢見が悪かったのか」
少し汗ばんだ肌は、きっと先ほどまで行われていた情事のせいではない。
「……いんや、なんでもないさ」
ゆるく首を振ってから、彼の胸元に潜り込む。俺の背に回された大きな手。瞼を閉じても、あの光は消えやしない。
きっと、あの場で仕留め損ねれば、あいつは即座に俺を殺すのだろう。逃げ回ることは許されず、ただ殺される。
俺を追い詰める、一片の感情を持たぬ黄金を想像し――ぞくりと背筋が震えた。恐怖ではない。この苛烈な光に焼かれるのならば、それでもいいと思ってしまったから。
こいつを撃ちたいと意気込む傍ら、その実、こいつに殺されたいと願っている。もはや痛むことのない首の傷に触れる。
……ああ、この男に出会ってからというもの、俺はどうにもおかしい。
大きな手が、ゆっくりと背を撫でていく。俺が眠っていないことを、俺の考えていることを、こいつはきっと察している。そのうえで、こいつは嬉しそうに微笑んでいる。
……まったく、趣味が悪ぃや。
(光×戦う)