お題→ https://shindanmaker.com/587150
『瞳は雄弁だ、』
猛禽類が獲物を狙うが如く、ぎらぎらと光る黄金が静かに燃えて俺を見下ろしている。この瞳が何を語るのかなど、種子島を通さずとも明らかだ。
けれども。
「駄目だ」
待てをくらった彼は不満げに眉を寄せた。
「ちゃんと、おまえの口で言え」
俺は、杉谷善住坊は、雰囲気で流されるほど安くはない。
挑むように見上げると、瞳が一際大きくなり、そして慈しむように細められた。ころころと色を変える黄金に目が眩む。
「──ああ、杉谷!」
屈託なく彼が笑う。
「そんな杉谷だから、吾は、おまえが欲しい」
……及第点だな。内心で呟いて、ふっと瞼を閉じて。
そこから先は、あまり覚えていない。
『聞こえなかった告白』
「杉谷、──」
彼の紡ぐ言の葉を、耳は正確に拾えど脳が理解することを拒む。
認めたくなかった。「失敗した男」である俺を、彼ほどの男が欲しがるという事実を。
認めてしまえば、俺はその事実をきっと自らの自尊心を満たすためだけに消費するだろうから。
どろどろと醜い感情を抱いたまま、「俺自身」と向き合ってくれる彼に応えるなど、許されるはずもない。
「……さあ、聞こえないな」
だから、俺は今日も罪を重ねる。
果たして今の俺は笑えているだろうか。
『ずるいずるい、可愛い』
図書館をぐるりと巡って、書を見繕う。たまたまプトレマイオスが陣取っている椅子の近くに来たため、何を読んでいるのかと覗き込んでみる。
「……寝てんじゃねえか」
読書好きな彼らしく、書を開いたままだ。月のようにきらめく彼の瞳は、今は瞼の奥に隠されている。
髪がひと房、顔にかかっていたので手を伸ばして払ってやれば。
「……!?」
不意に大きなてのひらで手を包まれる。悪戯っぽく黄金色がちらりと覗いて俺を捉えた。
「……起きてんのかよ」
「たまにはいいだろう?」
手に頬をすりよせられ、胸がぎゅうっと痛くなる。
──ああ、全く、こいつは!
『消えた足跡』
彼は。プトレマイオスを唯一愛称で呼ぶ彼は。何もかもが曖昧だ。その存在も、自分との縁も。いつかふっと消えてしまいそうで。永遠に腕に留めておきたいが、許されぬことだ。そもそも彼は自分から出ていくだろうから。
だから今は。強く抱いて、首の傷をなぞった。彼が彼で在ることを確かめるために。
『生存確認』
テュフォンの繭をブチ抜いたその光が、一縷の糸となり、やがて跡形もなく消えた。彼が果たしてどうなったのかなど、考えるだけ野暮だ。
──ああ、プトレマイオスよ。
我らの旅路が間違いでなかったことを。
我らの夢は決して潰えぬことを。
……さあ、あいつに教えてやろうじゃないか。
『それが恋とも知らないで』
彼の背中に爪を立ててしがみつき、思いっきり肩に噛み付いた。そのうつくしい身体に、俺という傷を少しでも刻むために。
俺を突き動かす思いの源は果たして。己と真逆の、大成した男が羨ましいからだろうか。恨めしいからだろうか。
──ああ、それとも。
『愛されてるのに、気付いてよ』
ああ、マスター。ちょうどよかった。いやなに、プトレのことなんだがな。マスターも気を付けた方がいい。人肌恋しい……のかどうかは知らねぇが、やけに距離が近くってよ。腰に手ぇ回してきやがったり、顔を覗き込んできたりすんだよ……ん、なんだその微妙な顔は……。
『悪天候はむしろ、好都合』
「……降ってきたな」
杉谷が舌打ち混じりに呟いたのと同時に、鼻頭へと雨粒が落ちた。
「マスターはプトレのローブに入っとけ」
こちらへの許可は取らずに、杉谷はぐいぐいと服の中にマスターを押し込んでくる。服の中からごめんね、と小さく笑う声がした。
「ね、プトレマイオス。そっち、空いてるよね」
くすくすと笑うマスターは、きっと吾と同じことを考えている。
先をゆく杉谷へと腕を伸ばし、ぐいと引っ張り、マスターとは反対側に閉じ込めた。
「お、俺はいいって……」
ささやかな抵抗は、彼を強く抱くことで封じた。
じわりと感じる、愛おしい者たちのぬくもり。
(──ああ、失ってたまるものか)
自然と両の手に力が籠る。
「あそこ、雨宿りできそう!」
マスターの声に合わせ、皆で一斉に駆け出した。
『結局は、君に辿り着く。』
どこにでもいるような、なんの変哲もない男だ。カルデアには古今東西の英雄が集まっているのだから、彼でなければならない理由はひとつもない。
「プトレ」
ひたひたと彼の穏やかな声が積み重なって。慈しむように細められた瞳が焼き付いて離れなくて。
──ああ、気づけば、手を伸ばしてしまうのだ。
『キミ専用口説き文句』
「杉谷はいい男だナ」
「……なあ、もしかして、それ、ただの褒め言葉ってだけじゃねぇ、のか?」
彼は少し頬を染めてこちらを見上げている。
……なんだ、今更気づいたのか。
『良い子、でしょ』
「あの時、おまえの言葉に、吾は確かに救われたんだ」
などとあいつが真面目に言うものだから。俺だって少しでもきれいなものになれるんじゃないかって、勘違いしてしまいそうになるけれど。
……ああ、忘れてはいけない。忘れるはずもない。
──俺のてのひらは、もう、血にまみれているのだと。