プリズムのきらめき それは、いつものように口喧嘩になった時の事。
「っは、ハッ、クション!!!」
ネロがブラッドリーを問い詰めようと胸ぐらを掴んでいたところで、ポケットに入れて置いたはずの胡椒を落としてしまったのだ。
ブラッドリーの厄災の傷による瞬間移動の後、目を開けると慣れ親しんだ魔法舎のキッチンではなく、別の場所へと飛ばされてしまった。また北の国かと辺りを見回すも、見覚えのない景色が広がっていた。
空へと届くのでは無いかと思うほどの建物や西の国で見かけそうな動く機関車に似た乗り物、そして闘技場かと思うほどの大きな屋根のついた建物がある。
それはまるで、賢者が話していた元の世界と酷似した場所だった。
「ここは…どこだ」
「西の国って訳でもなさそうだよな。見たことない乗り物?もあるし、ムルがなんかやったんじゃねぇだろうな」
人は沢山いるものの、魔法使いの気配はない。ただ、見たこともない手に収まる四角いものを所持している人間や、人が描かれたうちわや光るペンを持っている変わった人間が多かった。
「剣に似た武器を持っている奴もいるが…なんかの祭りか?」
「さあな…戦う雰囲気はなさそうだけどな」
「あのぅ…」
2人で話していると後ろから青年が話しかけてきた。その青年も周りの人間と同じような服を着ており、バッグに丸い何かを沢山つけていた。同じ顔が並んでいるが、なにかのまじないだろうか。
「なんだ、にーちゃん」
「お2人は今日のライブの参加されますか?」
「「らいぶ?」」
「違うんですか?会場にいるからてっきり…。もし良ければチケットもらってくれませんか??友達と3人で参戦だったんですけど急に来れなくなっちゃって…男性のファンってなかなか出会えないから一緒にきてくれたら嬉しいんですが」
青年が見上げた先にあった大きな屋根の建物で「らいぶ」というものがあるらしい。沢山の人々が何列にも並んでおり、多くの人が参加することが分かった。
「らいぶ?ってのは知らねぇが、戦うなら手伝ってやるさ」
「戦う…?あ、グッズですか?!助かります!!個数制限もあるしランダムグッズもあるからどうしようかと悩んでいたんですよ!ありがとうございます」
らいぶとは、人間たちが戦うものらしい。交戦好きなブラッドリーはよく確認せずに受けていたが大丈夫だろうか。
「なあ、ブラッド…大丈夫かよ…あんまり遅いと賢者さん達も心配するし」
「大丈夫だって、俺がいればすぐ終わるさ」
知らない土地で単独行動するのも良くない。しかも現地の人間が案内してくれるならまあいいかと自分を納得させて青年に着いていった。
青年によると、今日はここで「SePTENTORION」というグループがらいぶをするらしい。その彼らの勇姿を見届けるのが青年達の役目というわけだ。つまり。
「俺らは戦わなくていいのか?」
「はい、もう大丈夫です!グッズも目当ての物も買えましたし」
「じゃあ俺の役目は終わりって訳だな」
「これからですよ!!!!」
今までで1番大きな声を出して語る青年は、目を輝かせながら訴える。
「前回逃したPRISM1で一位を取るには、ファンの応援が欠かせないんです!!だからライブでも空席を作りたくなくて、必死にここまで来たんです!」
「お前…」
まっすぐに気持ちを伝える青年に、ブラッドリーとネロがお互いに顔を見合せて頷く。
「分かった。てめえの気持ち、伝わったぜ。最後までしっかりと見届けてやるよ」
「…っ!はい!!」
笑顔で返事をした青年の頭をポンと一撫でをする。しばらく経つと遠くから大きな声で「只今から開場しまーす」と叫ぶ人がいた。
「そろそろ開場時間です。行きましょう!!」
「ああ」
「おう」
指定された椅子に着いて早々、光る棒を持たされた。「多めに持ってきておいて良かったー」と語る青年は使い方を説明して二人に一本ずつ渡した。辺りが暗くなり前方が明るくなった途端、周りから黄色い歓声が鳴り響く。
「なんだ?!襲撃か!」
思わず魔法道具を出す構えをとるが、ネロに制止させられる。
「おい、ここで目立つとマズイって」
「だが、」
「おふたりとも、来ましたよ!!」
青年が光る棒を両手に一本ずつ握りしめながら声をかける。とりあえず敵意が周囲に無いことを確認し前に向き直ると7人の人間が出てきた。
「こんにちは!僕たち、SePTENTORIONです」
「今日も楽しんでいってくれよな!」
声を大きくさせる魔法を使っているのか、何かを口元に当てている彼らの声が遠くの方まで響いている。その挨拶を受けて周りが「はーい!」と返事をしている。一体これは何だ。
「最初はカケルさん!」
青髪の青年に声をかけられたカケルという少年が中央に移動する。ヒラヒラと手のひらを揺らしながら笑顔で答えていた。
「はぁーい、シンちゅわん、紹介ありがとねん!じゃあ、いっくよーん!」
◆
ライブがどんどんと進む中、ネロとブラッドリーは混乱していた。急に歌ったと思ったら海や巨大な魚が出てきたりしたのだ。なんの魔法だと2人が応戦しようとしたが、こちらに危害を加える様子が見られない。さらに隣の青年に声をかけようにも、「カケルさーーん!!ミナトさーーん!」と彼らの名前を呼びながら腕をリズム良く振って叫んでいるのだ。火が吹き出した時には火事かと思って椅子の上を立ち上がってしまったのだが、「ネロさん、それだと後ろの人の迷惑になるのでダメですよ」と諌められてしまった。とりあえず現地の人間がこういうのだから従うまでだ。なにかあればすぐに応戦できるようにだけしておこうと準備だけしておいた。
それからしばらく経った後、照明が暗くなり手元の光る棒以外の光が何も見えなくなる。不安になり警戒をしていると、新たな声が聞こえてきた。
「とびきり贈りたいんだMy Love~♪」
黄色い歓声が響いたと思った時、ステージが明るくなり3人の少年達が舞台の下から出てきた。
「キャー!!ヒロ様ー!!」
「オバレーー!!ありがとう!!」
周囲を見渡すとカチカチと光る棒の色を変えながら叫んでいる。新たに登場した彼らを見ながらまたも呆然とするブラッドリーとネロであった。
「はっ!」
3人が高く飛んで叫んだ。すると異空間が広がり会場を包み込む。
「何だ?!」
その異空間は目の前で起きているかのように鮮明に見える。突然現れる蜂の巣やお尻から蜂蜜壺が出てきたり、掛け声と共に室内であるはずの場所に雲が現れ空から巨大な剣が登場したり、彼方から訪れる電車に乗っていく会場の人間たちや黄色い薔薇たち。訳の分からない二人を置いて、観客たちは「はーい♡」と掛け声に順応している。
「大丈夫なのかよ、これ…」
「まあ、被害が出てねえみてえだし平気だろ」
電車に乗った3人は乗降口から顔を出し観客に告げる。
「家まで送るよ」
「お願いします~♡」
「カレん家直通!トキメキ!オールナイト!」
そうして観客を載せた電車は空へと飛び、彼らは星座となって夜空に輝いた。
「ふう~、ライブ最高でしたね!!ブラッドリーさん、ネロさん、いかがでしたか!!」
「らいぶってやつは、すげえんだな…」
「ああ、賢者さんの言ってた「らいぶ」っつーもんが少し分かった気がするよ」
「良かったー!今度はそのけんじゃさん?も誘ってぜひまた来てください!」
「ああ、また来れたらな」
「俺は遠慮しとこうかな」
以前賢者が話してくれたライブは想像よりも凄く体力の使うものだと分かり、消極的になるネロ。数時間のうちに繰り広げられた情報量に脳も追いつかなかった。
「今日はありがとうございました!おふたりのおかげで楽しいライブになりました!またどこかで会えたら」
「そうだな。またいつか、な」
魔法使いは約束をしない。だが、いつか叶うのであれば、また来てやってもいいと思えるひと時だった。初対面にも優しく接してくれた青年にも感謝している。ネロは予備として持っていた胡椒の瓶を懐から出しながら青年に告げる。
「今度会った時はご馳走させてくれよ!うまいもん作るからさ」
「…はい!ぜひ!」
笑顔に少しの涙を滲ませながら、青年は元気に手を振って見送る。
「っへっくしゅん!!」
胡椒をブラッドリーにふりかけると共にぽんと一瞬で2人は目の前から消えた。さようならも言えずに別れた彼らは幻だったのか、はたまた現実だったのか。幻でもいい、今日来れたのは二人のおかげだ。そう思った青年は、踵を返し歩を進めた。
そして、賢者の元へ帰った二人はカナリアや魔法使いたちに迷惑を掛けたことを言って回るのだが、今日の出来事は2人の心の中に留めておくことにした。またいつか出会ったその時に彼らと一緒にライブを楽しめるように。