アシュルク1　今日は家に誰もいない。

父はいつも仕事だけれど専業主婦の母は友人の家へ、面倒を見てくれている居候の幼馴染はまた別の幼馴染に会いに行くのだと今朝言っていた。常であれば誰かが何かをしている生活音が耳に届くはずの大きく広い屋敷には今、アッシュとルークだけが居た。
　そんないつもと違う家の、いつもなら一緒にいないはずの二人は今、屋根裏に用意されたかつての二人部屋の決して広くはないソファの上で額を突き合わせていた。

　傍から見れば随分と近しい関係なのだろうと思えるだろう。事実二人は昵懇の仲と言えたし、そもそも双子の兄弟であったから、生まれる前から一緒にいたのだし、生まれた後とて一緒にいても大した驚きはないだろう。……第一それがなかったとしても彼らは所謂ところの恋人同士であった。
　双子の兄弟で、とか同性で、とかまあそんなことは些末な問題であると今は片隅に追いやるが、そんな彼らが誰も居ない二人きりの部屋で居れば、自然と距離が近くなるのは当然のことで、どちらかがどちらかをと言うよりも、稚戯にも似た意地の張り合いで緩く触れあいをはじめた。

　先まではそれぞれがゲーム機だの本だのを弄っていたはずのその手はいつの間にかソファに平を押し付け、お互いの指先だけを重ね触れあうように折り重なって、一通りの擦りつけ合いで飽きたのか額は離れ、まるで示し合わせたかのように互いの鼻梁を擦れ合わせる。犬猫のするマーキングめいたその行動はそのまま、自然な形で僅かに相手の纏う空気を吸い込んだ。この匂いが好きだと互いに言い合ったのは何時のことだったか。同じ人間、しかも双子なのに、肌の匂いの濃淡が違うと驚いたのは記憶に新しく。そうして微笑が揺らめけばその形そのままに自然な形で触れあう場所が唇へと変わった。

　一秒も触れず、一秒を離す。何を怖がるわけでもない、一瞬だけの味気ない触れ合いは触れたいの気持ちを加速させるだけで、二度、三度の合間に、そうした触れる時間と離れる時間は逆転し、まるで先までの離れてしまっていた時間を取り返さんとせんばかりに時間は長く長くなっていく。そして触れあう唇は互いの皺の一つ一つ、凹と凸とがぴたりとはめ込まれるような不自然な安定感を教え、そんな体を構成する分子が互いを同一と認識し、結合でもしているのではないか、もしかしたらずっとずっと長い時間触れたままならば溶けあえるのではないかと思える程だった。

　触れられているのが自分なのか、触れているのか自分なのか分からないような沖融たる気持ちに身を任せる。このまま一つになれたら、なんて気散じた感想を胸中で持ち僅かに下顎を動かせば唇はそれに従い感触を楽しむように相手の唇を優しく挟む。くすぐったいのか相手が笑い、頬に連動して上に上がった唇はそれに合わせて僅かばかりにその肉を薄くさせ、少しだけ柔らかさが無くなった。笑みを嬉しくは思うも、感触も大事とばかりにそれを嗜めでもするように重ねていた指先でもって指の股を擽るように摩る。

　キスの合間「こら」と怒られる。勿論本気ではないし、可愛い悪戯と相手も思っているのが伝わる。綺麗な手のその筋張った部分の間、最初こそ簡単に摩れていたのに、興奮が末端にまで伝わったのか僅かに汗ばみはじめ皮膚がつっかかる。唇を離せば、まるで本当に癒着でもしてしまっていたかのように肌が引っ張られた。

　ちらりとお互いを見れば言葉なく、どちらともなく瞼がおろされる。それが決まりごとのように顔を右へと傾ければ僅かばかりの空気を取り込むようにと薄く唇が開き優しく触れあう。くっ付くその瞬間に感じた高揚感は幼い頃にこの部屋でした初めての夜更かしの時に少しだけ似ていた。興奮そのままにソファへと押し付けた身体は一瞬だけ沈み込み、これから為すことがなにかと思いながら伸ばされた手はお互いの距離をまた、限りなくゼロに近づけて行った。