以下58字のプロット(晩秋 11月)
山姥切であるということ。
物でなく、動物でなく、正真正銘の化物切り。得体の知れないものを切ってしまえるほどの鋭さと穢れのなさ。
「俺こそが長義が打った本歌、山姥切だ。聚楽第での作戦において、この本丸の実力が高く評価された結果、こうして配属されたわけだが、……さて」
「…ふむ。そうだな、早速だけど何か要望はある?部屋割りとか呼び名とか」
「では、俺のことは山姥切、と」
「わかった。では山姥切、これからよろしく」
……………………………………
「山姥切くん!」
「なんだ燭台切」
「ちょっと買い出し頼まれてくれない?」
聚楽第の時からわかってはいたが、あいつは『山姥切』と呼ばれているらしい。
(偽物の分際で)
…………………………………
(初冬 12月)
どん、
「えっ、うわ、ちょっ…!」
「がう」
「………虎?」
「あっ虎くん!大きくなったんだからのしかかっちゃダメって言ったじゃないですか〜…!」
「こいつは、君の?」
「あっすみません、すみません!」
「いや別に何ともないからいいよ。…君は虎に関する逸話でもあるのかい?」
「えと、僕、五虎退って言います。五匹の虎を退ける、と書いて五虎退です。……でも、その。本当は退けてなくて。そういうふうに、お話を付けられた、というだけなんです。修行で、『本当に五虎を退けたら』ぼくはもっと強くなれるかもと思ったんですけど…結局、出来ませんでした」
「……」
「でも僕、主様の刀として、きちんと強い…つもりなので。だから僕はやっぱり五虎退、です」
……………………………
(冬 1月)
ゴロゴロしてください
「おや、猫殺しくん」
「うげ…山姥切。何の用だよ」
「いや、……そういえば君、号なんだっけ」
「にゃんせ…南泉だ!!」
「冗談だよ。にゃんせん一文字君」
「腹立つなおまえ…」
「君、前に俺の心が化け物だとか言っただろ」
「あ?あぁ〜言ったけど。それが?」
「……名は体を表す、と言うだろ。名は物の本質を表す。君は南泉だから猫を斬った。俺は山姥切だから山姥を斬った。そういうふうに思っていたんだが、どうやらそう単純ではないらしいよ」
「……ふぅん。今更だにゃ」
「五虎退とは話したかい?虎を連れてる」
「あ〜あいつか…」
「彼は虎を斬ってない。では彼の名は五虎退ではないだろうと言われるとそうでもない。それでも彼は五虎退なんだそうだ。……よくわからない」
「………。簡単だろ。呼び名はそのものを表すけど、必ずしも真実ではない。そんだけだ…にゃ」
そうだ、それを許してしまえば、俺はあいつを認めることになってしまう。
「やっぱり俺にはよくわからないな」
…………………………
戦闘 (晩冬 2月)
「それでは主様、行って参ります」
「行ってらっしゃい。気をつけてね」
この本丸の山姥切国広は聚楽第の頃には修行を終えていた。だから顔を隠すこともないし、ボロ布も纏っていないし、俺と自分を比べることもない。…古参だからか、『山姥切』として刀剣男士たちからも頼りにされている。
『俺の名前で名を売っているんだろう?』
『……名は俺達の物語の一つでしかない』
『……は?』
『もっと大事な事があるのだと思う…すまない、まだ考えている』
「戦闘を開始します」
「ぶった斬る!」
(チッ、避けられた。仕留めきれていない)
「斬る!」
「!」
「…これで全てか」
「偽物くん。俺の獲物だ、横取りはどうかと思うね」
「すまない、配慮が足りなかったか。善処しよう。…それと俺は写しだ。偽物じゃない」
「…クソッ」
俺が一撃で斬れない敵をあいつは斬れる。それは練度に差があるからだ。
そうでなければ、
……………………………
近侍手伝い (初春 3月)
「書類仕事は刀の仕事じゃないと思うんだが」
「本丸の仕事だな。そして審神者の仕事であり、主のお仕事であり、臣下である俺たちの仕事だ」
「面倒臭いな君…」
「わかってないな山姥切。刀剣男士として現界したんだ、俺たちは斬るしか出来ないモノじゃない」
「……だからといって俺が手伝う理由になるか?」
「何事も経験だろう?」
「失礼します。ごめんね、任せっぱなしで」
「主。お早いお帰りで。畑の方はどうなりました?」
「取り敢えず解決はした。もう私も仕事戻るよ。ついでにお菓子光忠にもらってきたから食べよう」
「それでさ、結局大量のトマトだけが残されることになった。暫くはトマト祭りだね」
「いやなぜ…」
「これだから長船派は」
「俺も一応長船派なんだが」
「意外と山姥切も光忠みたいに野菜に話しかけそうだけど」
「……(ないとは言えない)…君は。燭台切を光忠と呼ぶんだね」
「うん?まぁそうだね。彼、格好良いものが好きだから」
「でも光忠は号ではないだろう。個体の識別として意味をなさないのでは?」
「おい山姥切」
「いいよ。そうだね、それで言ったら長谷部も号じゃない。この二人はなんというか、あまり号で呼ばれたくなさそうだったからさ。山姥切にも最初聞いたでしょ?」
「…ああ」
「……号なんてのは結局、人間が俺たちに箔をつけるために付けたものだ。個体の識別のためではない。……名前はお前をさすが、お前は名前をさすのではないだろう」
「……」
「私が呼ぶ分にはいいんだよ、どんな名前でも。長谷部でもへし切でも、まんばちゃんでも山姥切でも、私が名を呼んで君がそれを受け入れてくれるなら名前はなんだっていいんだ。君は、君だからね」
「チッ。偽物くんと似たようなことを…」
「主の御前で舌打ちをするな」
「はいはい。……じゃあへし切はなぜ俺を山姥切と呼ぶんだ」
「そうだな、敢えて言うなら『似合うからだ』」
……………………………
馬当番 (春 4月)
(似合うから、ねぇ…)偽物くんのことも山姥切って呼ぶだろあいつ
「あ、長義さん!もう、サボらないでくださいよ」
「物吉。…君も確か兄弟刀がいたか」
「?はい!亀甲さんと太鼓鐘くんですね」
「貞宗か…。貞宗は何というか、あまり一緒につるんだりはしないんだね。粟田口なんかは凄いだろう」
「そうですねー。あ、でも仲が悪いわけではないんですよ!どちらもボクの大事な兄弟です」
「太鼓鐘は燭台切に貞宗と呼ばれてるだろ。アレ、物吉はどう思う?」
「あぁ、『貞ちゃん』ですか?仲良しですよね。ボクも確かに貞宗ですが、ボクらの中で貞宗と呼ばれるのは燭台切さんが太鼓鐘くんを呼ぶ時だけですから、特に支障はないです!…あ、そうなると山姥切さんの呼び方が難しいんですね。長義さんも山姥切だし、堀川くんや山伏さんも国広で…うぅん迷っちゃいます」
「…君も、アイツを山姥切と呼ぶんだね」
「……。山姥切さん、とお呼びしましょうか?」
「……………君の、好きなように呼ぶといい」
………………………………
廊下? (晩春 5月)
「やぁ見ない顔だね、新入りかい?」
「兄者、こいつが顕現したのは3ヶ月以上前だ」
「ありゃそうだっけ」
「髭切に膝丸、だったか」
「うんうん。ちゃんと覚えていて偉いねぇ。えっと…」
「山姥切長義だ、兄者」
「そうそう山姥切長義。へぇ、山姥切かい?凄いね」
「そういう君は確か鬼切だろう」
「まぁ、そういうこともあったね。お前も何か斬ってなかったっけ?」
「あぁ、土蜘蛛だな。そんなわけで蜘蛛切とも呼ばれていた。他にも色々あるが…まぁ今は膝丸と呼んでくれ」
「……膝より土蜘蛛の方が良くないか…」
「名のカッコ良さがか?まぁそれはそうかもしれんが…でも膝丸の方が兄者の弟っぽいだろう?なぁ兄者」
「ん?そうだね、えっと…」
「膝丸だ……………」
「そうそう。で何の話だったっけ?」
「…どう呼ばれたいのかという話だ」
「うん?うーん…どう呼ばれても僕は構わないけど。名前なんて忘れちゃうしね」
「そのようだが…君はいいのか?」
「あぁ…まぁ、兄者は俺が弟だということは忘れたことがないからな。名前は忘れても俺を忘れたわけではない。そういう刀なんだ兄者は」
「…そうか」
……………………………
『俺を形作らないのなら』
『真実ではないのなら』
『意味すらないなら』
『もしも山姥切をなくしたら』
『俺は、俺は、俺は』
『あいつより弱い俺は、一体何であればいい?』
ーーーーーまさか、写し(おまえ)に山姥切(おれ)が
否定されるとは思わなかったよ
(血痕)雨粒 雨でもいい
(ここまでで表情だんだん見えなくなってください)(焦りとか振れ)
………………………………
(梅雨 6月)
手入れ(何か近未来的な全自動手入れ。ふわふわしてる。剥き身の刀身が置いてあってぽふぽふされてください)
「…これでよし、と。暫く安静にしててね」
「ああ。修復に入る」
「すぐ直してこよう」
「あ、鶯丸お茶いる?」
「後で構わん」
「そっか。じゃあ失礼します」
ぱたん
「……」
「……」
(回想)
「…おまえは確か長船派だったか?」
「あっ、ああ。そういう君は古備前だね」
「まあな。父と呼んでくれてもいいぞ」
「…遠慮しておくよ…」
「はは。純粋な長船派というには些か相州伝の影響が色濃いか」
「……」
「山姥切国広の本科でもあるんだろう?役が多いことだ。混乱しそうだな」
「己のことだ。別に今更混乱はしないよ」
「それは良かった。あまり似ていないのだな、おまえたちは」
「………アレは堀川派だからな。さっきから何が言いたいんだ」
「なに、年寄り特有のお節介だ。聞き流せ。先の戦闘、太刀筋に少々ブレが見えた」(お茶空振る)
「…忠告痛み入るよ」
「しかし間違えるなよ。人の姿を得たおまえが昔なら抱かなかった感情や迷いを感じたなら、それは決しておまえの弱さ故ではない」
「……」
「その変化はおまえの可能性、自由の証だ。何でもないことは恐ろしいことじゃないさ」
「…知ったように」
「一応これでも刀剣男士としては先達だからな」(お茶空振る)(2回目)
「……」
「………ふむ、やはり話すと喉が渇いていかんな。手入れが終わったら茶でも淹れてくれ」
「はっ?俺がか?!」
「父には優しくするものだぞ。おまえの方が手入れが終わるのが早いだろう」
「なんで…」
「お前も飲むか?いいぞ」
「話を聞け」
「まんば」
「主。本歌は…」
「軽傷だよ、心配しなくていい。…君の心配はそっちじゃないか」
「…俺の、せいだろうか。本歌が不調なのはわかっているが、どうしたらいいのかわからないんだ。あいつが悩むことが想像出来ない」
「そう。…心配?」
「心配……いや。あいつは強くて綺麗な刀だから、心配というか…俺が何かしたのかと……」
「まんばは本歌が絡むとやっぱりちょっとネガティブだな」
「う……」
「君、心配してないのか。なら大丈夫だ」
雨が上がる
…………………………
草むしり(畑当番) (初夏 7月)
「なぜ真作の俺が草むしりなど…いつまで経ってもやはり解せん」
「まったく同意だね」
「…まぁおそらくこの組み合わせ、主の差し金だろうけどね。だからといって草むしりはないだろう…。何か俺に聞きたいことがあるんじゃないかい?」
「……君は虎徹の真作。贋作の彼とは反りが合わなかったと聞いている。偽物と1つ屋根の下はどんな気分だい?」
「そりゃあ不愉快さ。そして今も反りは合わん。が、愉快なだけが刃生ではないだろう」
「……」(気づく)
「まぁ写しと贋作は厳密には違うが、あなたの気持ちは分からなくもないね。あなたにとっての『山姥切』、俺にとっての『虎徹』、気高く鋭いもの。それを貶めることが許せない。名を騙るのが許せない。俺達がそれに誇りを持つからこそだ」
「……」
「しかし決して過去は変わらない。事実は変わりようがなく、故にこの感情が消えることは無い。そしてあまり俺たちが騒ぎ立てては却って品格を損なうことになる」
「……君はどうしたんだ?」
「目指すものを考えた。俺は一体どうしたいのか?とね。俺たちは人間のように寿命は無いが、永遠でもない。時間は限られている。ならば俺は虎徹の真作としてこの刃生を駆けたいんだ。虎徹とはこれほどまで美しく鋭いものだと、胸を張って」
「……君の怒りはどうなる」
「俺はこのままでいいと思っているよ。このままを受け入れてくれるようだから。まぁ俺が真作である事は紛れも無い事実だし、アレが自分から虎徹を名乗った訳でも無いだろう。刀に口はないからな」
「……あいつが『山姥切』と呼ばれているとどうにも腹が立って仕方がない。しかしあいつは確かに『山姥切』と名が付いていて、そしてこの事を気にしているのは俺だけなんだろう。まったく腹立たしいことにね!」
「腹が立つ、か…。すっかり人間のようだね」
「……ただの刀だった時から付喪神に感情はあるだろう?」
「ふふ。しかしそれに名前を付けて、言葉で処理しようとするのは人間だけだよ。腹が立つなら壊せばいい、気に食わないなら斬ればいい、俺たちは今自分の意思で使える身体がある。でもあなたはそうせず、俺もそうしない。何故だ?」
「…………色々あるが、美しくない、し、主に、迷惑がかかるから、かな」
「俺は弟の為も付け加わる。…俺たちは誇りに縛られるには、それ以外にも大事なものがありすぎる」
……………………………
(夏 8月)
「君の銘?」
「あぁ。とても長いんだが、知ってるかい」
「知ってる…けど覚えてはないかな…。本作長義なんとかかんとか…ってやつでしょう」
「本作長義天正十八年庚寅五月三日ニ九州日向住国広銘打、長尾新五郎平朝臣顕長所持、天正十四年七月廿一日小田原参府之時屋形様従リ下シ置ル也、だ。勉強不足じゃないか?」
「すみません…」
「まぁいいよ。それで最近初心に帰ってこの銘を見返してみたわけだけど、どこにも俺が『山姥切である』『本科である』とは書いていない。俺を証明するのに、山姥切本科であることは必要ないらしい」
「…ふむ。しかし政府は君を『山姥切長義』と登録した。銘があるんだから丸々でも良かったかもね?」
「はは、そしたら君は銘を覚えていたかい?」
「………いや、…うん」
「わかりやすいのは君の美点だね。どうせ省略されて本作長義とかで通称されるよ。……ねえ主は、俺の何に価値を見出す?」
「私に力を貸してくれること。戦えない私の代わりに戦に出てくれる、事務仕事が出来る。あと字が綺麗で、説明が上手。なのにまんばが絡むとボキャ貧になってて可愛い」
「はぁ…こんなのが今代の主かぁ…」
「評定が優だったから仕方ないねー」
「可愛いなんて随分と他人事じゃないか」
「人間だからなぁ。まあ覚えていてよ、山姥切がどんな刀でも私の大事な刀剣男士なのは変わらないって」
「……」
「あるじさーん、あっパピコ食べてる!ずるーい!」
「やべ見つかっちゃったか」
「俺のを食べるかい?」
「いーの、それは長義さんが貰ったやつだもん。今度はボクと半分こしてね」
「うん」
……………………………
「おい!三日月、手合わせだ!今日こそ勝つ」
「ははは、良いぞ。元気なのは良いことだ」
「……俺もあのくらい馬鹿だったら良かったのかな」
「ははは!微妙にリアクションしづらいコメントだな」
「貶しているわけではないよ。ただ俺は複雑に考え込む性質のようだから。……俺は逃げているのだと思う?」
「さあな。向き合い方にも色々あるだろうさ。のんびり、順番にやればいい。結局は己だけしかいないんだ」
「向き合い方……まあ、でも、うん。何にせよ避けては通れないよな。ああ……嫌だな」
「それは何に対して?」
「はは、誰が教えてやるものか」
あれに失望されるのが。
(晩夏 9月)
「偽物くん。手合わせしないか」
「…あぁ、構わない」
間。
「……ッは、あー…取られた。君の勝ちだ」
「……」
「やはりそう簡単に勝てるものではないか…。君はここに来て何年になるんだっけ」
「3年目だな。修行に出たのも1年前か。…本歌ももう少しで1年じゃないか?」
「そうだね」
「……」ソワァ
「………話に聞いていた山姥切国広は俺の写しのくせしてウシウジと陰気臭い大嫌いなタイプの刀剣だったんだが。…いざ来てみれば君みたいなのがいるだろう。肩透かしをくらった気分だったよ。…君に、落胆するところなんて一つもなかったんだ。だから困ってしまってね…修行したなら知ってるだろ。『どちらが真に山姥切なのか』」
「…『わからない』。それが真実だ」
「そう、か…。君のあの言葉、名は物語のひとつに過ぎない、だっけ?偽物のくせして俺を憐れんだのか?」
「……いや。俺の見つけた事を、ただお前に聞いて欲しかったんだと思う。本歌は俺の憧れだからな」
「ふーん…まだ考え中かな?」
「あぁ。この刃生で答えが出るかはわからないがな。それでもまぁ、俺が俺だということがわかっていればいい」
「…偽物くん、出血大サービスだ。君の言いたい事を一つだけ、後輩として素直に聞く」
「言いたい事…。……本歌を一目見て、美しいと思った。お前が俺を認めなくても、がっかりなんてしなかった。…あなたが、俺の本歌で良かった」
「…有難く受け取っておこう、先輩。…さて出血大サービスは終了だ、俺も言いたいことを言う。写しとしてしっかり聞け。まず俺はお前がやはり心底気に食わない。今確信した。俺が下手に出てやったのに言うことが感謝とは、俺とは似ても似つかん。故に今後も偽物くんと呼ぶ」
「……あ、」
「今気づきましたみたいな顔やめろ。本当に馬鹿だな君は」
「……まぁ、俺は俺だ。次の出血大サービスまで気長に待つことにしよう」
「……(イラッ)。次は勝つよ。また手合わせしてくれ、偽物くんが相手だと殺る気が出る」
「……写しと偽物は違うぞ」
「知っている。嫌がらせだ」
……………………………
(初秋 10月)
「主、今いいかい?」
「どうぞ。どうしたの山姥切」
「俺の呼び名だが、長義でもいいよ」
「……妥協?」
「無理に山姥切とよぶ必要はない、という話だ。きみに不便をかけてまで拘り続けるのも、本意じゃない。どうせきみ、名前に大した意味なんて考えてないしな」
「山姥切は納得している?」
「山姥切は強く誇り高く鋭いもの。今でも俺に相応しいものだと思っている。しかし分霊のひとつ、いまだ写しにも勝てない未熟者であるのも事実。拘りをひとつ置いて、強くなれるなら俺はそちらをとる」
「そうか。ではきみに返すまでこの名は私が預かろう。それで構わない?」
「ああ。必ず、取りに来るよ」
「楽しみにしているよ。改めてよろしく。長義」
「や、ハロウィンの」
「ハロウィンのはやめろ……」
「うはは、久しぶりだな。政府ぶりか?」
「いや別個体だろ」
「なんだつれないな。愛しの写し殿とひとつ屋根の下は?」
「……」めっちゃ嫌そう
「そうかそうか!仲良しなようで何よりだ!」
「あれは……俺から生まれたものだけど、俺とは違う。それに芯をそこには据えなかった」
「そうだな。……淋しいか?」
「は、まさか。何百年生きたって、不変になんてなれやしないってだけだよ」
初秋 銀木犀の頃に(10月)
「山姥切」
「加州か。どうかしたか」
「大丈夫?この間アンタの本科が来たでしょ」
「…?」
「何か敵視されてるんじゃないの?アンタがずっと気にしてた本科だし、憧れてるんだと思ってたんだけど?」
「加州。昔の俺を覚えているか」
「昔って…修行前?」
「あぁ。卑屈を極めていた俺だぞ、本科には絶対に嫌われているだろうと思っていた。嫌われパターンは一通り想像済だ。卑屈もたまには役に立つな」
「えぇ…。でもさぁ、いくらなんでも自分を慕ってる奴にあの態度は何か…気に食わない」
「…まぁ俺も思うところがないでは無いが、でも、嫌えないんだ。この身が生まれた瞬間から、ずっとあいつに憧れているんだから」
「そっか。……長義はさ、たぶんアンタに居場所を取られたと思ってるんだろうけど、でも、アンタがいた所は誰が代われる所でもないと思うからさ、だから…」
「ふ、優しいなぁお前。本当に、意外と大丈夫なんだ、自分でも驚いている。きっと納得してしまったんだ、あの刀を見た時に」
「……」
「綺麗だった。写しとか偽物とか気にしていたが…あれは張り合う物じゃないな。適う気がしない」
「ふぅん。ま、アンタがいいならいいけど」
「あぁ。…ありがとな、加州」
「どーいたしまして」