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    shitan_libra

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    shitan_libra

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    カフェミュウミュウでのバイト後、いちごはキッシュから「見せたいものがある」と声を掛けられる。その表情や声色からは、普段の軽薄さは感じられなくてーー

    キシュいち 旧アニメ設定&りたーん後のお話です。

    #東京ミュウミュウ
    tokyoMiuMiu
    #キシュいち
    quichePosition
    #キッシュ
    quiche
    #桃宮いちご
    ichigoPeach

    メモリア 放課後、ちょうどおやつ時のこの時間、カフェミュウミュウはいつも人で賑わっている。
    「すみませーん、注文いいですかー?」
    「はーい! ただいまー!」
     いちごは客を席に案内するや否や、すぐさまスカートを翻し、次の客のもとへ注文を聞きに行く。カフェの制服はとても可愛く、いちごのお気に入りだ。ふんわりしたハートのエプロンとお揃いのレースのヘッドドレスに、赤いプリーツスカートのワンピース。胸元のピンクのリボンと、スカートの裾に入った、リボンと同じ色の一本ラインがポイントだ。ワンピースの色は一人一人違っていて、各々の魅力を引き出している。
     ウェイトレスのバイトは大変だが、この制服と閉店後の赤坂のケーキがモチベーションを高めてくれている。何せ、いちご一人で何人分もの働きをしなければならないのだ。みんとはティータイムの時間だと言って働かないし、れたすはドジを連発するし、歩鈴は大道芸に力を注ぐし、ざくろは忙しいため、そもそもあまりバイトに入れないのだが、バイトに入るも、無表情な接客で客が怖がるため、いちごができる限り接客を行うようにしている。ベリーが新たに仲間に加わってから負担は少し減ったが、今日はその頼りになるベリーは来ていない。
     カフェの仕事はミュウミュウの裏の顔なのだから、いちご一人で遮二無二頑張る必要はないのかもしれないが、客が来ている以上、放ってはおけない。責任感があると言えば聞こえはいいが、全く損な性格をしていると思う。
     注文を聞き取ってキッチンに伝えたところで、ふう、と一息つく。テーブルには注文の品を乗せたトレーが三枚貯まっている。休む間もなくトレーを手に取りホールに向かう途中、後ろから声が掛かる。
    「今日も大変そうだね、イチゴ。ボクが代わりに持って行ってあげるよ」
    「キッシュ! あんた今までどこに行ってたのよ」
     さも今まで仕事をしていたような顔をして現れた彼は、ひょいといちごからトレーを奪い取る。
    「ちょっとね」
     笑顔で言葉を濁し、軽やかに食事を客に届ける。
    「お待たせしました。苺のガトーフロマージュをご注文のお客様」
     流暢にメニュー名を読み上げ、愛想よく客に接する。敵だった頃の彼からは想像できない姿だ。キッシュは何でもそつなくこなせる質のようで、上手く手を抜きつつ立ち回っている。
    「タルト、そこのテーブルまだ食器残ってるよ。あとそっちも今空いたから、片付けておいて」
     タルトと呼ばれた小柄な少年は、両手の拳を振り上げ、足をじたばたさせて憤慨する。
    「おいこらキッシュ! 面倒な片付けをオイラにばっかりやらせて! 自分でやれ」
    「ボクは別の仕事があるんでね。イチゴ、それ、ボクが持っていくよ」
    「いや、あたしのよりれたすの方が大変そうよ!」
     いちごの前方にいるれたすは、両手に一つずつ乗せたトレーのバランスが取れず、やじろべえの如く右へ左へユラユラと体を揺らしている。いちごはトレーをキッシュに押し付けて慌てて助けに入ろうとする。体の傾きが大きくなり、今にも皿を落としそうだ。もう間に合わないかもしれないと覚悟したところで、トレーがれたすの手から別の人物の手に渡る。
    「両手にトレーを持ったときの失敗率六十三%だ。一つずつトレーを運んだ方がいい」
    「パイさん! すみません、ありがとうございます……!」
     淡々と言い残していくパイの背に、れたすが一生懸命繰り返しお辞儀をしてお礼を伝える。その様子をいちごはほっと胸を撫でおろしながら見守り、同時に微笑ましくて笑みを浮かべる。
     エイリアンたちが地球に戻って来てから、二つの季節が巡った。ミュウアクアの力で、母星が住みやすい環境に変わりつつあるということで、彼らの母星での役割は一旦終わったらしい。役目を終えた彼らは、地球にミュウアクアを返しに来て、そのまましばらく地球に留まることになった。カフェミュウミュウでも共に働くことになり、毎日が一層にぎやかになった。
     エイリアンたちのウェイター姿もすっかり板についている。ウェイターの彼らを目当てに来る女性客もいるくらいだ。
     もともと敵同士だった彼らとミュウミュウのメンバーとの関係は、始めはぎこちなかったものの、今では敵対していたことを忘れるくらいに打ち解けている。共に過ごして、話をして、お互いを分かり合っていって。彼らのことを知れば知るほど、彼らが悪人ではなかったことが分かる。彼らも自分たちの正義のため、仲間を守るために戦っていたのだ。お互いの立場を取っ払って、初めて知ることができた。こんな未来が待っているなんて、誰が想像できただろうか。何気ない日常を、彼らとともに過ごせることがいちごは嬉しい。
     閉店まではまだ時間がある。いちごはもう一息頑張ろうと気を引き締め、足取り軽く、来店したばかりの客を案内すべく動き出した。


     慌ただしく時間が過ぎ去り、あっという間に閉店の時間になる。いちごはゴミ出しのために裏口から外に出た。暖かな陽気が心地よい。ゴミ袋を置き、食事の持ち運びで疲れた腕をうーんと上に伸ばすと、橙色と紫色が溶け合った春の夕暮れ空が目に映る。言葉にならないほど美しいその空を見つめていると、なんだか感傷的な気分になる。
     ミュウミュウになってから二年の月日が過ぎた。色んなことがあったな、と感慨深く思い返す。始めは早くミュウミュウの役目から解放されたくて、白金に反発したこともあった。けれど今では、ミュウミュウとしての自分が当たり前になり、それが無くなるなんて考えられない。仲間たちや、青山や、エイリアンたち。守りたいもの。両手に抱えきれないくらい、大切なものが増えた。
    「イチゴ、どうしたの?」
     気遣わしげな声が背後からかかり、いちごは現実に引き戻される。テノールボイスが優しくいちごの鼓膜を震わす。
    「ううん、何でもないの」
     後ろを振り向きながら、努めて明るく返事をする。声の主のキッシュは、やわらかい笑みを浮かべ、いちごに歩み寄る。
    「遅いから心配しちゃったよ。もうみんな、ケーキ食べてるよ」
     心配、なんて言葉が彼の口から飛び出すなんて。と、感動するのも束の間、キッシュはさりげなくいちごの手を取り、顔を近づけて誘う。
    「それとも、このまま二人でどこかへ行く?」
    「行かない。ケーキ食べる」
    「ちぇっ、つれないなあ」
     パッと手を離し、キッシュは唇を尖らせる。すっかりいつもの調子だ。くるりと後ろを向き、扉へ歩を進める彼に、いちごも続く。キッシュは扉に手をかけたところで、顔だけ振り向いていちごに尋ねる。
    「ねえ、明日、予定空いてる? イチゴに見せたいものがあるんだ」
     表情や声色からは、普段デートしようと誘うような軽薄さは感じられない。明日は土曜日で学校は休みだ。バイトが始まるまでなら時間がある。
    「明日は時間、あるよ」
     戸惑いながら返答すると、キッシュの表情が明るくなる。
    「やったね。それじゃあ、明日の朝、イチゴの部屋に迎えに行くから、待っててね」
    「え⁉ あたしの部屋に⁉」
     いちごの意見も聞かずに決めてしまう。全く自分勝手な男だ。そういうところは出会った時から変わらない。
    「ねえ、見せたいものって何?」
     訝しげに尋ねると、キッシュはもったいぶったように笑い、いちごの唇に自分の指を当てる。
    「それは内緒」
     いちごは一歩後退り、思わず赤面してしまう。やたらと対人距離が近い(いちごに対してだけだが)のも、昔から変わらない。それが無ければ何も問題ないのに、と内心毒づく。
     キッシュはいちごの顔を見つめ、してやったりといった表情を浮かべた。


    ***


     翌日の朝。いちごは目覚まし時計のアラームから三十分過ぎて起床し、ベッドから身体を起こした。イリオモテヤマネコの遺伝子が入ってからというもの、朝起きるのがすっかり苦手になってしまった。
    ――今日はキッシュとの約束があるんだった。
     ぼんやりとした頭で今日の予定を思い出し、ゆるゆると支度を始める。そういえば、具体的な時間を決めていなかったな、と思いながらパジャマのボタンに手をかけたところで、窓の外の見覚えのあるシルエットに気付く。
     カーテンを開けると、宙に浮いたキッシュがそこにいた。悪びれた様子もなく、いちごの顔を見るなり、片手をひらひらと振る。いちごは勢いよく窓を開け、窓の外の相手に辛辣な眼差しを向ける。
    「おはよう、子猫ちゃん」
    「あんたねえ……覗きの罪で通報するわよ!」
    「ひどいなあ、イチゴってば。覗きなんて悪趣味な真似するわけないだろう? カーテン掛かってたから中見えないし」
     全くどっちがひどいんだか。いけしゃあしゃあとよく言う。
    「大体、今何時だと思ってるの?」
    「え? 七時半だけど?」
     何を言っているのか分からないといった顔で聞き返され、いちごはげんなりする。一般的な常識が欠落しているのは、エイリアンだから仕方がないのか、彼個人の問題なのか。時間を決めなかった自分が悪かったと反省する。
    「あたし、今起きたばっかでまだ朝ご飯も食べてないんだけど」
    「じゃあ、ゆっくり朝ご飯食べてきなよ。支度ができるまで屋根の上で待ってるから。準備できたら声掛けて」
     言い終えるなり、ひらりと屋根の上に飛び立つ。
    「人に見つからないようにね!」
     いちごは屋根に向かって声を上げ、慌てて行動を開始する。まずは着替え、と思ったところで動きを止め、振り向いて窓の外を確認する。屋根の上で待つといった彼の言葉通り、そこには誰の姿も確認できないが、着替えは一階の洗面所でしようと思い直す。洋服を選んで手に取り、いちごは階下へ駆け下りた。


    「キッシュ、終わったよ」
     支度が終わったところで、屋根の上にいるであろう彼に声を掛ける。すると、すぐさまキッシュが上から降りてきて、姿を現す。急いで準備をしたが、四十分が経過している。
    (本当にずっと待っていたんだ……)
    「オーケー。下に降りておいで」
     先に地面に降り立った彼に続いて、いちごも玄関に向かい、スニーカーを履く。扉を開けると、にこにことキッシュが出迎える。
    「それじゃ、早速行こうか」
     言うや否や、キッシュはいちごを抱きかかえて宙に浮く。心の準備もないままに突然不安定な体制になり、いちごはひゃっ、と小さく悲鳴を上げる。慌てて、キッシュの服にしがみつき、いちごは目を吊り上げる。
    「ちょっと、いきなり飛ばないでよ! びっくりするじゃない」
    「しっかり抱えているから平気だよ」
    「そういう問題じゃなくて! それに、歩いて行けばいいでしょ⁉」
    「ボクがこうしたいから」
     キッシュはいちごの怒りなど意にも介さない。いつも突然なんだから、と内心悪態をついていると、柔らかい風が頬に当たる。誘われるように視線を前に向けると、すずめたちが視界を横切って飛んでいく。青空が近く、自分も鳥になったような気分になる。眼下には数々の家の屋根やマンションと、その隙間を縫うように、春の陽気に誘われて咲いたばかりの、色とりどりの花々が広がる。普段見慣れているはずの景色が、全く違って見える。
    「綺麗……」
     キッシュはこんな景色をいつも眺めているんだと思うと、羨ましい気持ちになる。
    「地球の春は美しいね。あらゆる生命が芽吹くこの季節がボクは一番好きだな」
     キッシュの言葉から、彼の生まれ育った故郷を連想する。極寒のため植物が育たず、とても生き物が生活できる環境ではなかったという、彼の惑星ほし。初めて地球に来た時、彼は一体どんな気持ちだったのだろう。
    「キッシュの惑星には、もう花が咲くようになった?」
    「うん、たくさん咲いてるよ。野菜も、果実も育つようになった。みんな涙を流して喜んだよ」
     キッシュの表情が綻ぶ。それはどれだけ待ち望んだことだっただろう。彼の嬉しそうな顔を見て、胸が温かくなる。
    「そっか。良かったね」
    「うん」
     普段おちゃらけていて掴めないキッシュが、こうして本心を話してくれることが嬉しい。彼のことをより理解できるように思えるし、それだけ気を許してくれているのだと思えるから。


     だんだん家の数が減り、鬱蒼とした森に近づいていく。こんな人気のないところに何があるのだろうかと疑問を抱き始めたところで、キッシュはゆっくりと下降し、地に足を付ける。
    「あっ……!」
     そこにあったものを目にして、いちごは思わず大きな声を出す。一本の大きな桜の木。記憶の底に沈んでいた出来事が、まざまざと蘇る。それは二年前、青山と二人で見た桜の木だ。そして、キッシュと戦った場所でもある。
     エイリアンの手によって人為的に咲かされた季節外れの桜は、今は自らの力でその生命を謳歌している。薄紅色の花々は今を盛りと咲き匂い、見るものの心を惹きつける。自らの手で一度摘み取ってしまったその命が、今また咲き誇っているのを見られて、安堵する。
    「散歩してたら、見つけたんだ。覚えてる? ここで二人で戦ったこと」
    「……うん、覚えてるよ」
     それはミュウミュウのメンバー五人揃っての初めてのミッションだった。ウイルスの根源となる五本の大木を同時に浄化し、東京を守る。失敗すれば、大気汚染物質が東京に蔓延し、東京にある全ての命が失われてしまう。とてつもなく大きな責任を伴うミッションだった。
     いちごが選んだのは、青山に連れられて一緒に見た一本桜だ。そこに待ち受けていたのは、今目の前にいるこの男だ。攻撃を仕掛けられ、それを咄嗟に交わして彼の頬に傷をつけた。そのことをキッシュは称賛していたけれど、今振り返ると、東京を守らなければという使命感に駆られて身体が動いていたのだと思う。キッシュの妨害に合い、四人から出遅れてしまって一時は頭が真っ白になったけれど、四人が頑張っている中あきらめてはいけないと、無我夢中で東京を守ることができたのだった。
     キッシュは桜の木に歩み寄り、幹に片手を添える。
    「あの日、街を守ろうと必死なイチゴの姿を、綺麗だと思ったんだ」
     花々を見上げながら、キッシュは続ける。
    「……イチゴは優しいよね。あんなに傷つけて、ヒドイことしてきたのに、今こうして、普通に接してくれるんだから」
    「それは、あたしだって……」
     キッシュの言葉がいちごを過去に連れていく。エイリアンたちとの闘いの日々を思い出すと、胸がちくちくと痛む。地球を守るためで、それは正しいことだった。けれど、たくさん傷つけて、傷つけられた。
     もちろん、闘いの日々の中にあるのは、辛い思い出ばかりではない。ミュウミュウの仲間たちと助け合って絆を深めたこと、勝利の喜びを味わったこと、青山が青の騎士となって助けてくれていたこと、戦いから帰ると、白金や赤坂がいつも出迎えてくれたこと――その日々の中には、幸せな思い出もたくさんある。そんな思い出たちはいつも、いちごの心を綻ばせてくれる。
     一方で、生々しい闘いの記憶は、普段は水底深くに眠らせている。それはきっと、無意識に。それでも時々、ふとした時に表面に浮かんできては、心を乱される。
     とりわけ、キッシュには何度も怖い思いをさせられ、命の危険を感じる場面もあった。いちごだけではなく、青山もたくさん危険な目に合わされた。
     それでも、追想の中で、一番いちごの心を占めるのは、ディープブルーとの戦いで、いちごを守ってくれたあのキッシュだ。初めて見せた優しい表情と、「あいしてる」の言葉、その声色は今でも鮮明に脳裏に焼き付いている。
     自分の主君に背いて、命を懸けてまで守ってくれた――それだけの想いを自分に寄せてくれていたことに、胸が熱くなる。同時に、そのまま、一度は命の灯が消えてしまったことを思い出すと、悲しみが押し寄せる。
     キッシュは慈しむように桜の花を見つめている。その瞳からはかつての狂気は感じられず、温かい光が宿っている。邪気に満ちた笑みは消え、代わりに穏やかな笑みを湛えている。幹に添えたその手はもう、血に濡れてはいない。
    「キッシュは変わったよね」
     いちごはぽつりとそう漏らす。最後の戦いを皮切りに、キッシュは変わった。彼から恐怖を感じることは、もう無い。
     ゆっくりとキッシュが後ろを振り向く。
    「イチゴが変えてくれたんだよ」
     一陣の風が吹き抜け、いちごは思わず目を細める。風に乗って無数の花びらが舞い上がる。
     次第に風が弱まり、葉擦れの音も小さくなる。目を開くと、ひらひらと花びらが舞い降りる中、キッシュは優しい笑顔を浮かべていた。あの日、いちごの腕の中で見せたのと同じ、優しい笑顔だった。
    「ありがとう」
     キッシュのその言葉と表情に、胸がいっぱいになる。
     今のキッシュに出会えて良かったと、心から思う。キッシュを喪った時、もっと彼と話をしたかったと思った。もっと分かり合いたかったと思った。あの日、あのまま二度とキッシュに会うことができなくなっていたら、きっと、いちごの心は未だ過去に囚われたままだっただろう。
     いちごはキッシュに満面の笑みを向ける。
    「あたしの方こそ、ありがとう」
    ――こうしてまた、出会ってくれて。

     キッシュがゆっくりといちごに近づく。そっといちごの髪に手を伸ばし、いちごはドキリとする。
    「桜の花びらが付いてたよ」
     そう言って、一枚の花弁を見せてくれる。彼が纏う雰囲気が普段と違うように感じられ、妙にどぎまぎしてしまう。ぎこちなく返す言葉に迷っていると、キッシュは明るい声でいちごに話しかける。
    「それじゃ、次はどこに行こうか?」
     思いがけない問いかけに、いちごは面食らう。
    「え、まだ見せたいものがあるの?」
     キッシュは両手を頭の後ろで組み、おどけた調子で続ける。
    「まだバイトまでは時間があるだろ? デートしようよ、イチゴ」
     へらりと笑い、すっかり普段通りのキッシュに戻っている。先ほどのシリアスなムードから一転し、いちごは固まる。幾ばくか間が空いた後、いつもの調子で返答する。
    「……見せたいものがあるって言うから付いてきただけで、デートするつもりなんてないんだけど」
    「え~。そのために早くイチゴを迎えに来たのに」
     唇を尖らせるキッシュに思わず吹き出しながら、まあ、今日くらいはいいかな、と考え直す。胸に宿った温もりを噛みしめながら。
    「じゃあ、普通にお出かけってことで。友達として」
    「それってデートってことだよね?」
    「違う」
     何でもないやり取りを楽しみながら、いちごとキッシュは一本桜を後にする。途中でいちごは名残惜しく後ろを振り返り、その美しさに思いを馳せる。
    ――また来年も、見に来るね。
     そう、そっと桜に告げて。幸せな記憶も、哀しい記憶も大事に胸に抱きしめて、いちごは歩き出す。
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    shitan_libra

    DONEカフェミュウミュウでのバイト後、いちごはキッシュから「見せたいものがある」と声を掛けられる。その表情や声色からは、普段の軽薄さは感じられなくてーー

    キシュいち 旧アニメ設定&りたーん後のお話です。
    メモリア 放課後、ちょうどおやつ時のこの時間、カフェミュウミュウはいつも人で賑わっている。
    「すみませーん、注文いいですかー?」
    「はーい! ただいまー!」
     いちごは客を席に案内するや否や、すぐさまスカートを翻し、次の客のもとへ注文を聞きに行く。カフェの制服はとても可愛く、いちごのお気に入りだ。ふんわりしたハートのエプロンとお揃いのレースのヘッドドレスに、赤いプリーツスカートのワンピース。胸元のピンクのリボンと、スカートの裾に入った、リボンと同じ色の一本ラインがポイントだ。ワンピースの色は一人一人違っていて、各々の魅力を引き出している。
     ウェイトレスのバイトは大変だが、この制服と閉店後の赤坂のケーキがモチベーションを高めてくれている。何せ、いちご一人で何人分もの働きをしなければならないのだ。みんとはティータイムの時間だと言って働かないし、れたすはドジを連発するし、歩鈴は大道芸に力を注ぐし、ざくろは忙しいため、そもそもあまりバイトに入れないのだが、バイトに入るも、無表情な接客で客が怖がるため、いちごができる限り接客を行うようにしている。ベリーが新たに仲間に加わってから負担は少し減ったが、今日はその頼りになるベリーは来ていない。
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