れおなぎ 進捗「俺、婚約者がいるんだよね」
「………………は?」
青天の霹靂とはまさにこの事で、玲王は突然頭を思いきり殴られたような衝撃を受ける。
凪は、今、なんて?
「………………ッ、」
どういうことだ? なにが、なんだって?
玲王と凪は確かに恋人同士で、αとΩで、番で、将来は勿論結婚をするつもりで、それが玲王の中では当たり前の未来予想図だった。
なのに、凪に、婚約者?
「えーと……、レオ、」
「……どういう……」
「レオ?」
「……どういうつもりだよ、凪……」
怒りで、声が震える。こんな経験はじめてだった。つまらない日々の中に現れた凪という色彩。欲しいと強く渇望して、手に入れた宝物。玲王がαで、凪がΩで、そんなことすらも驚く程に都合がよくて、玲王は凪のすべてを手に入れたのだ。
なのに、婚約者?
男か? 女か? 愚問だ。どちらにせよ相手はαで、Ωの凪は抱かれる側になるのだから。
「レオ、」
玲王を見つめてくる大きな黒曜石の双眸を、こんなにも憎らしいと思ったことは無い。怒りと、苦しみで、どうにかなってしまいそうだった。何かを言いたげなその瞳から視線を逸らして黙り込んだ。それでもまだ視線で訴えてくる凪に苛立ちを隠せないでいると、凪がびくりと肩を震わせた。番とはいえ、気が立っているαのそばに居ることはΩの性質的にあまり望ましい状態では無い。凪を怯えさせてはいけない、こんなことをしてはいけないと心のどこかで確かに思っているはずなのに、ひとつもコントロールできない。今、玲王の心は情けないほどにぐちゃぐちゃだった。
「……レオ、俺、先にベッド行くね。……待ってるから」
「……」
パタンと閉じられた扉の音が、重々しく耳に響いた。凪はきっと、玲王に何かを伝えるつもりだ。待っていると言われても、これっぽっちも聞きたくない。
いったい何を言うつもりなんだよ。
凪を手に入れて、番になって、すべてを自分のものにできたと思っていたのに。だって、番契約は何よりも重い。凪は一生、玲王のものだ。交わりながら項を噛んだあの日、凪は恥じらって泣きながらも玲王を受け入れてくれたのに。
凪は、玲王のΩだ。玲王の、玲王だけの。
だったら、どうすればいい?
玲王の合理的な思考が導き出した最適解。凪は、玲王のものだと、証明すればいい。ただそれだけの話だ。
答えが出てしまえば、迷いも躊躇いもない。幼き頃から叩き込まれた、支配する側としての教義と精神性、鋭利な頭脳、そして玲王が有する絶対的なαとしての本能が、冴え渡っていた。
寝室の扉を開けると、ほのかにだが凪の甘い香りが鼻腔をくすぐった。これは、今となっては玲王だけが感じ取れる凪の香りだ。誰にも渡さない。渡すものか。
「凪……」
ベッドの上で大きな体を丸まらせて眠っている凪の姿は、あどけなく、幼気だ。まるい頬をなぞれば、伏せられていた長い睫毛が、ぴくりと動く。ゆっくりと開かれていく瞼の奥から現れる、黒い宝石のような瞳。
「ん……、レオ……、ごめん、ねてた……」
「……」
「レオ……?」
小さな顎を捕まえてくちびるを寄せれば、黒曜石の双眸が玲王を見つめたまんま、とろりと溶けはじめる。玲王の番は、こんなにも愛らしい。
「ん、ぅ……、れお……」