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    sunaba

    @sunabane

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    sunaba

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    【50代 洋三】歳を取ってしみったれはじめた壮年達の話を書きました。読まなくてOKなやつ。特に若い子はに虚無かもしれません。
    50歳としてるけど~60みたいなノリです。一度ジジババ描写の解像度を上げた話を作ってみたかった。3PCD、夜時、YSGIGと同軸設定。他人に見せる文章に慣れていないため、悪文ご容赦ください。

    Knowing our destiny5月22日。水戸洋平は、長らく同棲している三井寿の誕生祝いのために用意した小ぶりなケーキを、照明を落としたダイニングテーブルの上に慎重に置いた。
    シックなバタークリームのアートをまとった直径10センチの美しいケーキ。1カ月前から予約した。特別な日のための特別なものだから、華美さが少し鼻につくくらいが丁度いい。傍らには温めたケーキナイフ、サーブ用の皿。ちょうど50歳の誕生日なので、すらっと長いろうそくが5本。キメ細かいクリームに覆われた美しい表面に付属のろうそくをグイグイと差し込む。毎年、この1分にも満たない時間、素晴らしい手腕を振るった顔も知らぬケーキ職人に、ほんの少しの申し訳なさを覚える。

    早々に帰宅した三井は、テーブルに好物の手料理と酒を見つけて明るい声を出していた。が、席に着き、水戸がケーキのろうそくに火をつけ、それを三井が吹き消し、半分に切ったケーキを受け取るときとき。そこで、少し居心地が悪そうな顔で、声を落として呟いた。

    「…オレもう50だぜ」
    「なに。ろうそく50本欲しかったの」
    そうじゃなくて…と、三井はきまり悪そうに言いよどむ。
    「毎年毎年、料理とケーキ用意して。飽きないよなぁオメーも」
    「そうだね、飽きた事はないね」
    「…まあ、俺は嬉しいけど」
    デリカシーのない発言をしたことに気づき、三井は神妙な顔をしてフォローを付け足す。ケーキを脇に避け、肉を一切れ取り上げる。
    「これ、ほんと美味ぇわ」
    「よかった」


    歳を重ねて迎える誕生日は多少複雑だ。呼び名に込められた華やかさと現実の期待値が釣り合わない。
    三井は料理を選びあぐねている。ジンジャーソースのたっぷりかかったヒレのローストポーク。キャロットラペとグリル野菜。ボリュームのあるブイヤーベース、これはエビの頭と殻を剥いて炒って出汁を取るところから始めるので、メニューの中で一番手間がかかる。それからデパート地下で買い求めた摘まめる総菜と軽めのスパークリングワイン。とっておきのパン屋で買うシンプルな丸パン。
    三井の誕生日に特に腕を振るって料理を作るようになったのは、同棲して2年目の事だった。5月22日、たまたま実家から持って帰って出した肉料理を三井がいたく気に入って誉めそやした。次の日も話題にしていたので、それから毎年作り続けた。レパートリーもだいぶ増えた。

    付き合い出して32年、同棲は28年目
    三井は大学バスケを経てプロリーグに所属し、30歳を過ぎて膝の故障でで引退した。そのあとコーチ業に転身し、現在は大学で指導をしている。
    水戸は高校を卒業した後、業者所属の整備工になった。就業の傍ら融通の利く資格を取り、今は下をまとめるポジションだ。
    同世代の大半は所帯を持ち、そのうちの何割かは子供もいる。俺達にもあんな時代があった、大人たちが繰り返した陳腐な言葉には豊饒な意味があったことに、今更気づく。独り身を謳歌する者も、離婚して身軽になった者もいる。しばらく連絡を取っていない者もいる。久しぶりに集まれば、持病と親の介護と相続の話が幅をきかせる。共通の知人の葬式が3回あった。
    少年達の特権であった何をも恐れぬ輝きと弾むような感性は、あくまで期間限定のもので、大人の経験や分別と入れ替わるように剥がれ落ちた。いまは青き日々の残光がかすかに漂うばかりだ。心はふてぶてしく鈍重になり、惰性と妥協を許容するようになった。皮膚は乾き、身体の各所が軋みだす。



    「美味ぇけどさ、やっぱこんなに手間かけなくてもいいんだぜ。俺はプレゼント渡すだけなのに、お前、律儀だよな。あっこれもうめー。」
    「もうライフワークだからなぁ、やらなきゃ落ち着かないっつうか…俺も食べるの楽しみだし。なぁ、酒、他のも出そうか?」
    「イヤ、今はいいや」
    「そう」
    すでにキッチンで散々料理の味見をした水戸は早々に箸を置き、三井の食べっぷりを眺めながら静かにワイングラスを傾けていた。
    足りない栄養をチェックして、三井の皿の上に料理を追加する。

    「…あのよぉ…50って丁度キリが良いだろう?それにもう時効っつうことで」
    「うん?」
    「ずっと気になってたこと聞くけど」
    聞きたかったことがあるらしい。
    「お前さぁ…俺が現役の時、浮気するかもって思ってなかった?」

    それは三井のなかでうっすらわだかまっていた、約20年越しの疑問だった。水戸の目がほんのわずか見開いたのを見て、三井は当時の勘が当たっていた事を確信する。

    「気づいてたんだ、まいったな…。まぁ、そうだね。してたかな、浮気の心配。」
    「なんでだったんだよ。俺、結構ちゃんと付き合ってたつもりだけど」
    「いや三井サンはそのつもりでもさ。うーん…。あの頃のアンタ、周囲の人間関係がすごかっただろ。チームには俺より良い身体してる爽やかなスポーツマンが揃ってたし、会場ではあっというまに女性ファンに囲まれるし、メディアに出てから有名人の知り合いもいたし。普通、恋人がああいう環境にいて心配しない方がおかしいんだよ。男は浮気する生き物なんだからさぁ」
    とにかく華やかだったのだ。三井も、三井の周囲も。

    「ほかの男はするかもしんねーが、俺は浮気しねーっての。バカにすんなよ、お前を選んだのは俺だろうがよ」
    「ゴメンって。降参降参。俺の方に自信が無かったんだよ。」
    水戸は両手の平を三井に向けた。
    三井は風評被害だぞこのバカとブツブツ零す。風評被害は少し違う。

    「そんなことが、ずっと気になってたんだ」
    「おうよ。ずっと気になってた。はースッキリしたわ。」
    水戸は一つ笑って三井を見つめる。
    「…いい機会だから俺も三井サンに確認しときたい事あるんだけど」
    「お?いいよ聞けよ。俺ぁ後ろ暗いことなんてなにもないぜ」
    「現役引退する時さぁ、なんでそうなったのかは知らないけど、俺に捨てられるって落ち込んでなかった…?」

    問い詰められて視線が泳ぐ。

    「…やっぱりね」
    「なんでわかった」
    「俺がアンタを捨てるって思ってたんだ」
    「だってそれはしょおがねぇだろ!お前!付き合い始めからバスケしてる姿に惚れたって何万回言ってたよ?!そんな事言われ続けたら、バスケばっかしてたヤツがバスケやめたら一体どうなるんだって不安になんだろうがよ。ありゃお前のせいだよ」

    三井がまくし立て終わると、水戸は、はぁ…、とため息をつく。妙に芝居がかっている。
    「説明するからちゃんと聞いててね、三井サン」
    「おうよ」
    「これ言うの何回目か忘れたけど、アンタは昔っから極端な結論出し過ぎなんだよな。しかも一人で悩む。誰かに相談した方がいい時ほど相談しない。そんで平気なフリしてる。」
    「うぐ」
    「アンタいつもそう。何回痛い目見れば学習するの。もういっそ、そういう趣味なのかもって思ってるんだけどね俺は。好きにすればいいけど、結局俺が毎回フォローすることになるのどうおもってんの。もしかして自覚してないの」
    「うぐぐ…」
    「引退決めたあたりから時々ベッドの中で涙ぐんでたろ。どうせ変な想像してたんだろ。あれこっそり隠れたつもりみたいだけど全然隠せてなかったからな。できれば動画保存したかったよ。俺が気づいてるってバレたら、俺の知らないとこで泣かれるから我慢したけど」
    「み… 「引退の不安を俺に相談しなかったのもその悩みのせいだったんだろ。他人経由でアンタの相談が耳に入ってきたときの俺の気持ち想像できる?あん時はよく堪えたよ。馬鹿はそっちじゃん。そんなときに支えてやれないなんて恋人の意味ねぇじゃん。バレてることバレないようにしながらアンタをフォローしながら他人経由の相談にのるの、ほんっとう面倒くさかったんだからな」

    追撃は容赦がない。耐えかねた三井が顔を真っ赤にして呻く。
    「ううううっせー!!お前だってあんときゃ浮気の心配しすぎて酒の量が増えてたろうがよ!!!!酒豪ぶってたけど、飲まなきゃやってられなないくらいストレス溜まってたんだろ!この格好つけ!」

    突然失態を指摘をされ水戸は硬直した。完璧に取り繕っていたはずなのに。こんな隠し玉を持っていたとは、三井サンのくせに。

    「…………………」

    リビングに沈黙が落ちる。テーブルの上に鎮座した料理が動揺する男たちを眺めている。クロスカウンターが決まり、2人のライフはもうゼロだ。

    「…やめようぜこの話」「…やめようか、喧嘩すんの」
    言葉が被って、気の抜けた笑みがこぼれる。
    「なぁ、もう、被んないでよ」
    「俺達、かなり長いからな。しゃーねぇ」


    その時の2人の懸念は、三井が引退し環境が変わったことで、双方一旦解決し、そのままそれぞれの胸にしまわれる事になった。恋だの仕事だの酒だので右往左往一喜一憂、ずいぶん無駄な体力があったもんだと呆れる。
    機嫌を直した三井がまた料理を口に運ぶ。何も言わないが口元が蕩けている。それを眺めると、調理の煩雑な手間なんてあっという間に報われる気がするのだ。
    「わりぃな毎年。俺は外食で済ませるのに」
    「俺のライフワークなんで。来年も食べてよね」
    三井は得心したように頷く。

    「…もう浮気するかもなんておもわねぇけど」
    「んむ」
    「俺はさぁ、今でも少し不安だよ。この前ショップのおねーさんにLINEのアドレス渡されたろ。学校の職員にも三井選手のファンはいるし、ちょっと会話したバスケ知らない子も試合応援に来ちゃうし。あれなんなの」

    三井が眉を顰める。箸を置いて口の中の料理を飲み込み、酒を一口飲んでから水戸に向き合う。
    「あのさ、どんだけ浮気相手の候補がいても俺はお前なの。お前がいいの。お前じゃないとダメなんだよ。お前に飽きられたら、俺に次はもう無ぇの。だからもう疑うんじゃねぇっての」

    恋を知ったばかりの若者が使うような、だが真剣な思いのこもった言葉だった。

    「…フン。50の男にこんな事いわれるの、重いって知っちゃぁいるけどな」
    「いや、う… … 」
    水戸の息が止まる。

    水戸は聡い少年で、早々から自分を含めたこの世界が、人が、容赦なく変わっていくのを知っていた。
    三井はどうなるのだろう。少年時代の水戸が惚れた眩しくてアンバランスな少年。少年時代の水戸に恋をした少年。三井の中にいる彼もいつかは変質して、大人になった三井の懐かしい思い出となるのかもしれない。
    ふと浮かぶ不安はあまりに遠く糢糊としていて、他人に開示するのは躊躇われた。だが無視も到底できなかった。だからずっと、予防線を張るように、衝撃を和らげるクッションのように、少しづつ、腹の底で諦念を用意していたのだった。

    だから、三井の告白に、まず心が震えた。

    「…嬉しいよ」
    しっかりと声に出す。心臓、軽く止まってたな。歳をとってもこんな風になるんだ。発した言葉に追いつくように、脳内に喜びがじわりと沁みだす。


    「言っとくけどよ。お前はよぉ、自分では物わかりのいい人間のつもりかもしれないけど、かなり扱い辛いからな。」
    断言する三井の眼差しに、水戸はだまって首を竦める。
    「お前が狂犬って呼ばれてたの忘れんなよ、未だに怖えぇ時あるし。どんなに寛容な女だってキレたお前を見せたら逃げてくぞ。まぁ実際、俺くらいなもんだろうよ、一緒に暮らしていられるのは」
    なんという言い草。しかし脅迫と嘆願を含んだその可愛らしさに、水戸は思わず吹き出した。

    「ははっ…。それじゃぁ…三井サンに捨てられないように気をつけないとな…」
    「おう、これからも懇意にしてやらぁ」
    昔と変わらぬ表情で破顔する。

    「2人でクソ頑固ジジイになるのも悪かぁねえな」
    「老後は湘北に戻って名物爺さんになろうか」
    「それいいな。革ジャンとグラサンで海辺の道をハーレーかっ飛ばそうぜ」
    「あはは、そのコスプレは逆に面白いわ」
    海に行ける通りになんでもいいから小さな店を構えて、ゴールポストを置いて、でっかいビンテージバイク並べて。
    三井がまくしたてる際限のない夢想に頷く。そろそろケーキ食おうぜと三井が宣言して。水戸はエスプレッソマシンにカートリッジをセットする。



    三井は、自らが犯した自暴自棄に、抱えた故障に、傷んだ経歴に、愚直に対峙し続けた。戒めを己に課し、そこから目を逸らすのを許さなかった。常に切迫していたその眼差しが変化したのはいつごろだったろうか。
    脈打つような痛みは時を重ねて薄れていく。いまだ端正である顔は、しかしもうシワを隠しきれない。引き換えに、ずっと頑なだった眉間は緩んで柔らかくなった。大きな手は肉が落ち、節と血管が浮いている。その手が、固く乾いた左膝の傷跡を慈しむように撫でる。痛みは心の深いところに優しく仕舞われた。
    水戸も変わった。狂犬と渾名された苛烈な一面はいつしか手懐けられ、微睡の中でくつろいでいる。恩師には丸くなったと驚かれ、親戚連中には会うたびに茶化された。旧友の話題に上る武勇伝は他人の作った昔話のようだ。いつの間にか歳を取ったもんだ、三井より先に白髪交じりになった頭を掻く。今年職場に入った新人には、陰でクソジジイと呼ばれているらしい。それで反抗したつもりでいるので、今の若者はお行儀がいいと笑う。長いものに巻かれるのも愛想笑いも、苦痛ではなくなっていた。

    幼い頃に圧倒されていた世界は、いまや広さと瑞々しさを失い、しみったれた喧噪とせせこましいしがらみで飽和している。2人で、足並みそろえて歳を取った。おもえば遠くへ来たものだ。視界は霞み、先の見通しにも焦点を合わせられず、くたびれた予定調和だけが確約さている。

    三井の、空高く掲げられた恒星の輝きはもうない。
    ただ、地に降りたあともその情熱は驚くような温かさで、彼に近づく人を鼓舞している。


    水戸は追憶する。水戸が三井と出会った日。三井が何もかもを終わらせようとして、それすらも失敗し、膝をついた日。彼の前で一度閉じた扉が、再び開かれたあの日。あの日から三井はずっと、世界に対して献身を続けてきた。しかしその恩恵を最も受けたのは、もしかすると、傍で見守ることを許された水戸ではなかっただろうか。

    だから水戸も彼に倣う。
    彼の生まれた日に、これからまた1年の間、心に灯りをかざしつづけるような一日を。思い出の料理と美しいケーキを。戯れの約束を。クローゼットには未だ開けられていないプレゼントがある。今年はコインキャッチャーが傷んでいたので新しい物を探した。プレゼントは邪魔にならないものを。ずっと傍に置いておけるものを。
    おぼつかない未来に道を渡すための飛び石を敷く。
    ありきたりで、それゆえ尽きることのない祝福を、彼に贈る。



    2024/01/20 @sunaba
    (2024/01微調整)
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    sunaba

    DOODLE【50代 洋三】歳を取ってしみったれはじめた壮年達の話を書きました。読まなくてOKなやつ。特に若い子はに虚無かもしれません。
    50歳としてるけど~60みたいなノリです。一度ジジババ描写の解像度を上げた話を作ってみたかった。3PCD、夜時、YSGIGと同軸設定。他人に見せる文章に慣れていないため、悪文ご容赦ください。
    Knowing our destiny5月22日。水戸洋平は、長らく同棲している三井寿の誕生祝いのために用意した小ぶりなケーキを、照明を落としたダイニングテーブルの上に慎重に置いた。
    シックなバタークリームのアートをまとった直径10センチの美しいケーキ。1カ月前から予約した。特別な日のための特別なものだから、華美さが少し鼻につくくらいが丁度いい。傍らには温めたケーキナイフ、サーブ用の皿。ちょうど50歳の誕生日なので、すらっと長いろうそくが5本。キメ細かいクリームに覆われた美しい表面に付属のろうそくをグイグイと差し込む。毎年、この1分にも満たない時間、素晴らしい手腕を振るった顔も知らぬケーキ職人に、ほんの少しの申し訳なさを覚える。

    早々に帰宅した三井は、テーブルに好物の手料理と酒を見つけて明るい声を出していた。が、席に着き、水戸がケーキのろうそくに火をつけ、それを三井が吹き消し、半分に切ったケーキを受け取るときとき。そこで、少し居心地が悪そうな顔で、声を落として呟いた。
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